今から思うと
マンガの様な有り得ない展開だけど
勢いと若さの力で
何と僕は23歳という若さで
いきなり飲食店オーナーとなってしまった。
無謀な賭けと取るか?
絶対的、成功哲学と取るか?
考え方は人それぞれだけど
僕は後者を選んだんだ。
まずは勉強して、お金を貯めて
修行して、経験を積んで、自信をつけて
そして初めてオーナーになる!
っていうのが
一般的な流れなのかも知れない。
ただ何の経験も、何の取り柄もない僕が
そんな正当派(スタンダード)な道を歩んだとしても
一生かかってもお店なんて持てるとは思えなかった。
どれだけ勉強したらいいのか?
いったいいくら貯めたらいいのか?
それまでに何年の歳月が必要なのか?
「きっと叶う」という保障もない夢のために
僕のモチベーションがいつまでも続くとは到底思えなかった。
まず勉強して・・・という第一段階で
ギブアップするのは目に見えていた。
だから「まず店を手に入れてしまう」
という真逆からのスタートに賭けてみた。
確かにリスクはある。
でもチャレンジしないことにだって
リスクがない訳じゃないんだ。
明確な目的も理解せず、ただやりたくもない仕事を
続けながらいたずらに時間を過ごしていたって
人生のメリットは少ない。
どんなに優秀で立派な人も、どんなに健康なスポーツ選手も
あと何年は確実に生きられるという「命の保障」はないだけに
もしかしたら1年後にはアッサリとこの世から
いなくなってしまっているかも知れない僕の人生
目の前のチャンスに賭けてみない手はない!!
ムチャかも知れない。
だけど、いきなり夢を手にしてしまうことで
必死に勉強して、必死に頑張るしかない。
必要なものは土下座してでも
必死になって集めるしかない。
今月中にマスターしなければいけないことを
何としても今月中にマスターし
今週中に用意しなければいけないものを
何としても今週中に用意をし
今日、しなければいけないことを
確実に今日実行し
明日、用意しておかなければ
ならないものを忘れずに用意しておく。
自分で店を持ったことで
雑用という仕事は一切なくなった。
テーブルを拭くこと、割り箸を用意すること
全てがなくてはならない大切な仕事であることに気づいた。
たかが割り箸かも知れないけど
割り箸がなければお客さんは食べれない。
たかがテーブル拭きかも知れないけれど
汚いテーブルだったら、すぐに帰られてしまう。
一見すると、直接お金にはつながっていない
と思える簡単な仕事の中にこそ、本当に大切なものが
隠されていることを僕は知った。
そうやって1つ1つのことを本気で取り組むことで
初めて物事は動き出して行くことを僕は知ったんだ。
もしもオーナーではなく、ただのアルバイトだったら
この年齢でこの感覚はきっとなかったに違いない。
オーナーだからわかることがある。
考えてみれば今までの僕は
家のお手伝いからバイトに会社での仕事まで
これまでに経験して来た仕事はどれも全て
やらされている仕事だった様に思う。
生まれて初めて経験する
自分から進んでする仕事に
仕事ってこんなに面白いんだ!!
ってことを僕は知ったんだ。
やらされる仕事は全然楽しくなんてなかったけど
自分から進んでする仕事ほど楽しいものはないって思った。
窓を拭くこと、割り箸を用意すること
ネギを切ること、火加減を調節すること
1つ1つの仕事に十分な意味があり
その1つ1つの仕事が融合することで
初めて売上につながって行くことを理解出来たことで
雑用とは自分自身で作り出したものであって
本当は世の中に雑用なんてものは存在しないんだ
ってことを身を持って知った。
汚れた食器をたくさん洗うということは
それだけ売上がたくさんあったということであり
今までの世の中に対する不平不満が
次第に感謝に変わって行くのが自分でもわかった。
それに気がつくことだけでも
あの頃の僕にとっては大きな財産だった。
2010年12月22日
バイオグラフィーBLOG 51
posted by Morii at 14:35| 日記
2010年12月20日
バイオグラフィーBLOG 50
“サラリーマンでは終わりたくない”
やめたい、やめたいが口癖だった当時の僕に
ある日、いつも食べに行っていた馴染みのうどん屋の大将から
今度、新しい店を始めることになったんだ。
だからこの店を売ろうと思うんだ。
よっかたら、この店を居抜きで買わないか?
と声をもちかけられた僕は
自分の店かぁ!!
今まで考えたこともない世界に
ワクワクする気持ちを覚えた。
何がいるのか?
何が必要なのか?
何もわからず何も考えず
何の経験もないまま
ただただやってみたいとだけ思った。
自分に出来るのか?出来ないのか?
そんなことは一切考えずに
ただやりたいか?やりたくないか?
だけを考えていた。
確かに大企業をやめるのは
もったいないことかも知れない。
でもそれは収入や将来性や世間体を
大切にする考え方であって
ワクワク感やカッコイイ生き方を大切に
する考え方であれば、ここは何としてもトライあるのみ!
工場で働いていたという実績以外
何の経験もない僕だけど
この若さの僕にオファーを出すってことは
自分でも気づいていないよっぽどの隠れた才能があるに違いない。
素直にそう思った僕は
ただ成功することだけを考えて
新しい世界にトライしてみたいと思った。
包丁も握ったことのないお前が
料理なんて出来る訳がないだろう?
商売をするっていうのはなぁ
そんなに簡単じゃないんだぞ。
せっかく大きな日本一の会社に入社したのに
やめるなんて馬鹿げている。
もしも自分が父親だったら、きっと・・
いや間違いなく同じセリフを言っていたに違いない。
今から思えば100%無謀な挑戦だけど
なぜだろう?
あの頃の僕は200%成功すると信じていたんだ。
まだ何もしていない内から
難しいとも簡単だとも分からない
確かに今は何も出来ないかも知れない。
ただ出来ないからこそ、出来る様になるために
トライしたいんだ!
今から思えば世の中をなめている様な考え方だけど、
必死の僕の説得に本気度が伝わったのか次第に理解して行ってくれた。
正式にやると決まれば一気に動き出した。
それまでずっと天引きされ細かい面倒なことは
何もかも会社にしてもらっていた僕は
この時、初めていろんな税金を払わなければいけないことを知った。
組織を離れ何の肩書きもない一個人になった僕は、
面倒な手続きなど一切を自分ひとりでしなければ
いけないということを身を持って経験したことで
入るよりもやめる方が大変だということを知った。
まさにリゾートホテルから
筏(いかだ)で日本海に漕ぎ出してしまった様な
そんな気分だった。
ただ動き出してしまった以上
前に進むしかない。
前に進む以上、前向きな気持ちで
未知なる新しい一歩を踏み出したんだ。
この先に待っていることなど
何も知らずに。
やめたい、やめたいが口癖だった当時の僕に
ある日、いつも食べに行っていた馴染みのうどん屋の大将から
今度、新しい店を始めることになったんだ。
だからこの店を売ろうと思うんだ。
よっかたら、この店を居抜きで買わないか?
と声をもちかけられた僕は
自分の店かぁ!!
今まで考えたこともない世界に
ワクワクする気持ちを覚えた。
何がいるのか?
何が必要なのか?
何もわからず何も考えず
何の経験もないまま
ただただやってみたいとだけ思った。
自分に出来るのか?出来ないのか?
そんなことは一切考えずに
ただやりたいか?やりたくないか?
だけを考えていた。
確かに大企業をやめるのは
もったいないことかも知れない。
でもそれは収入や将来性や世間体を
大切にする考え方であって
ワクワク感やカッコイイ生き方を大切に
する考え方であれば、ここは何としてもトライあるのみ!
工場で働いていたという実績以外
何の経験もない僕だけど
この若さの僕にオファーを出すってことは
自分でも気づいていないよっぽどの隠れた才能があるに違いない。
素直にそう思った僕は
ただ成功することだけを考えて
新しい世界にトライしてみたいと思った。
包丁も握ったことのないお前が
料理なんて出来る訳がないだろう?
商売をするっていうのはなぁ
そんなに簡単じゃないんだぞ。
せっかく大きな日本一の会社に入社したのに
やめるなんて馬鹿げている。
もしも自分が父親だったら、きっと・・
いや間違いなく同じセリフを言っていたに違いない。
今から思えば100%無謀な挑戦だけど
なぜだろう?
あの頃の僕は200%成功すると信じていたんだ。
まだ何もしていない内から
難しいとも簡単だとも分からない
確かに今は何も出来ないかも知れない。
ただ出来ないからこそ、出来る様になるために
トライしたいんだ!
今から思えば世の中をなめている様な考え方だけど、
必死の僕の説得に本気度が伝わったのか次第に理解して行ってくれた。
正式にやると決まれば一気に動き出した。
それまでずっと天引きされ細かい面倒なことは
何もかも会社にしてもらっていた僕は
この時、初めていろんな税金を払わなければいけないことを知った。
組織を離れ何の肩書きもない一個人になった僕は、
面倒な手続きなど一切を自分ひとりでしなければ
いけないということを身を持って経験したことで
入るよりもやめる方が大変だということを知った。
まさにリゾートホテルから
筏(いかだ)で日本海に漕ぎ出してしまった様な
そんな気分だった。
ただ動き出してしまった以上
前に進むしかない。
前に進む以上、前向きな気持ちで
未知なる新しい一歩を踏み出したんだ。
この先に待っていることなど
何も知らずに。
posted by Morii at 16:49| 日記
2010年12月15日
バイオグラフィーBLOG 49
早く大人になりたかった。
早く自由になりたかった。
尾崎豊に強い影響を受けていた僕は
学歴を手に入れることが幸せじゃなく
働いて、お金を稼いで、欲しい物を
手に入れることが幸せなんだと思い
学歴社会に真っ向勝負とばかりに
誰よりも早く社会への扉を開いたものの
常に漠然とした劣等感とコンプレックスがあった。
どんなに給料を手にしても
どんなに車を改造しても
いつもどこか心の中で「学歴」という
コンプレックスと戦っている自分がいた。
そんな僕の劣等感を一掃してくれる
出来事があった。
それはある日、友だち数人と居酒屋で飲んでいた時
たまたま隣に座っていた同年代のグループと意気投合
したことが事のはじまり。
楽しく飲んでいる僕たちに向かい
彼らが発した言葉が今も忘れられない。
で、君たちどこの大学?
大学〜!?勘弁してよ!
大学なんて行ってないって。
嘘!
もしかして高卒!?
高卒っていうかさぁ
働きながら、一応ギリ通信教育でね。
働きながら、つ、通信教育?
しかも全寮制!?
“信じられない”という顔の彼らは
正真正銘の大学生だった。
そんな僕たちを物珍しそうに見ながら
ど、どうして大学行かなかったの??
と素直に聞いて来る彼らに、思わず
君たちはどうして大学に行ってるの??
と逆に聞き返してみた。
だってまだ十代だし、
そんなに早くから働きたくないじゃん。
もう少し気楽に遊んでいたいじゃん? 普通。
この世の中、やっぱ学歴っしょ?
結婚や就職とかでも絶対に学歴は必要だし。
(そんなこと言いながらホントは
まだ遊んでいたいだけじゃん。苦笑)
汗水垂らして働くことで初めてお金になり
熱いハートと勇気ある行動力が彼女を作る
ということを身を持って感じていた僕は
決して学歴が結婚や就職の全てを
決めるものではないと思った。
カッコイイと思っている彼らとの
カッコ良くない会話を通して
中身のない学歴だったら
ないのとあんまり変わんない。
ヨシ!これなら学歴なんてなくても
十分勝負出来かも。
大切なのは
カッコイイ学歴じゃなく
カッコイイ生き方なんだ。
社会に入るために勉強をするのではなく
社会に入ってから勉強をし続けるという
僕の挑戦が始まった瞬間だ。
これからの時代は
中身のない学歴よりも
中身のつまったノン学歴。
これこそが学歴社会への真っ向勝負!
だからこそ、学歴がない分
毎日を一生懸命生きなきゃ!!
このことがキッカケになったかどうかは
わからないけど、この頃から会社をやめたいと
強く思う様になったんだ。
上手く大企業に潜り込んだ僕は
地元の友だちたちと比べれば破格のボーナスも有り
収入的には、あり得ないほど好条件だったけど
でもそれは自分の本当の実力じゃない。
いろんな意味で好条件だったそんな会社をやめるのは、
周りからの反対も強く本当に勇気がいった。
確かに収入に文句なんてない。
でも、いくら収入が良くったって
たった一人では一万円も稼ぐことが出来ない
何万人の中の一人でいることに僕はどうしても
満足出来なかったんだ。
ただ、誰もが言った。
今以上の会社なんて絶対にないって。
やめておけ、後で後悔するのは間違いないから。
こんな給料のイイところやめるなんてもったいない。
ってね。
ただ、この若さで「与えられた安定」を
求めてしまう自分がどうしても許せなかったんだ。
何より、やりたくもない仕事を一生やり続けて
1度きりの人生を終えることなんて
僕にはどしても考えられなかったんだ。
まぁ確かに一足先にやめて行った先輩たちの姿は
それ程カッコイイものではなかったけど(笑)
ただ働く方法も、稼ぐ方法も、生きて行く方法だって
きっとこれだけじゃないハズ。
大企業だけに、本音は
後悔はしないだろうか?
と確かに不安だったけど
でも最終的には皮肉にも
必死に説得しようとしてくれた上司の
将来、俺の様になりたいくないのか!?
という全然カッコよくないセリフに
やめる決心がついたんだ。
せっかく入ったのに“もったいない”という
周りの説得を何とか押し切り
無難で素晴らしい未来を捨て、これから先、
自分でもどうなるのか全く想像もつかない未来を
僕は選んだんだ。
人生なんてどうなるものかわからないもので
そんな僕の次のステージは、信じられないことに
何と飲食店のオーナー。
自分でも全く予想だにしていなかった劇的な展開に
気がつけば、僕は必死に大量のネギの千切りに
追われる毎日が待っていた。
それまで一社員として工場で働いていた僕が
”大将”と呼ばれるなんていったい誰が想像していただろう。
間違いなく世界中探してもきっと誰一人もいなかったハズ。
だって自分でも想像してなかったんだから。(笑)
ただハッキリと言えるのは
人生は本当に何が起こるかわからないってこと。
今日と同じ明日が来るのではなく
ただ今日と同じ明日にしていただけだったんだ。
動き出せば、毎日は本当に変わるってことを
僕は知ったんだ。
早く自由になりたかった。
尾崎豊に強い影響を受けていた僕は
学歴を手に入れることが幸せじゃなく
働いて、お金を稼いで、欲しい物を
手に入れることが幸せなんだと思い
学歴社会に真っ向勝負とばかりに
誰よりも早く社会への扉を開いたものの
常に漠然とした劣等感とコンプレックスがあった。
どんなに給料を手にしても
どんなに車を改造しても
いつもどこか心の中で「学歴」という
コンプレックスと戦っている自分がいた。
そんな僕の劣等感を一掃してくれる
出来事があった。
それはある日、友だち数人と居酒屋で飲んでいた時
たまたま隣に座っていた同年代のグループと意気投合
したことが事のはじまり。
楽しく飲んでいる僕たちに向かい
彼らが発した言葉が今も忘れられない。
で、君たちどこの大学?
大学〜!?勘弁してよ!
大学なんて行ってないって。
嘘!
もしかして高卒!?
高卒っていうかさぁ
働きながら、一応ギリ通信教育でね。
働きながら、つ、通信教育?
しかも全寮制!?
“信じられない”という顔の彼らは
正真正銘の大学生だった。
そんな僕たちを物珍しそうに見ながら
ど、どうして大学行かなかったの??
と素直に聞いて来る彼らに、思わず
君たちはどうして大学に行ってるの??
と逆に聞き返してみた。
だってまだ十代だし、
そんなに早くから働きたくないじゃん。
もう少し気楽に遊んでいたいじゃん? 普通。
この世の中、やっぱ学歴っしょ?
結婚や就職とかでも絶対に学歴は必要だし。
(そんなこと言いながらホントは
まだ遊んでいたいだけじゃん。苦笑)
汗水垂らして働くことで初めてお金になり
熱いハートと勇気ある行動力が彼女を作る
ということを身を持って感じていた僕は
決して学歴が結婚や就職の全てを
決めるものではないと思った。
カッコイイと思っている彼らとの
カッコ良くない会話を通して
中身のない学歴だったら
ないのとあんまり変わんない。
ヨシ!これなら学歴なんてなくても
十分勝負出来かも。
大切なのは
カッコイイ学歴じゃなく
カッコイイ生き方なんだ。
社会に入るために勉強をするのではなく
社会に入ってから勉強をし続けるという
僕の挑戦が始まった瞬間だ。
これからの時代は
中身のない学歴よりも
中身のつまったノン学歴。
これこそが学歴社会への真っ向勝負!
だからこそ、学歴がない分
毎日を一生懸命生きなきゃ!!
このことがキッカケになったかどうかは
わからないけど、この頃から会社をやめたいと
強く思う様になったんだ。
上手く大企業に潜り込んだ僕は
地元の友だちたちと比べれば破格のボーナスも有り
収入的には、あり得ないほど好条件だったけど
でもそれは自分の本当の実力じゃない。
いろんな意味で好条件だったそんな会社をやめるのは、
周りからの反対も強く本当に勇気がいった。
確かに収入に文句なんてない。
でも、いくら収入が良くったって
たった一人では一万円も稼ぐことが出来ない
何万人の中の一人でいることに僕はどうしても
満足出来なかったんだ。
ただ、誰もが言った。
今以上の会社なんて絶対にないって。
やめておけ、後で後悔するのは間違いないから。
こんな給料のイイところやめるなんてもったいない。
ってね。
ただ、この若さで「与えられた安定」を
求めてしまう自分がどうしても許せなかったんだ。
何より、やりたくもない仕事を一生やり続けて
1度きりの人生を終えることなんて
僕にはどしても考えられなかったんだ。
まぁ確かに一足先にやめて行った先輩たちの姿は
それ程カッコイイものではなかったけど(笑)
ただ働く方法も、稼ぐ方法も、生きて行く方法だって
きっとこれだけじゃないハズ。
大企業だけに、本音は
後悔はしないだろうか?
と確かに不安だったけど
でも最終的には皮肉にも
必死に説得しようとしてくれた上司の
将来、俺の様になりたいくないのか!?
という全然カッコよくないセリフに
やめる決心がついたんだ。
せっかく入ったのに“もったいない”という
周りの説得を何とか押し切り
無難で素晴らしい未来を捨て、これから先、
自分でもどうなるのか全く想像もつかない未来を
僕は選んだんだ。
人生なんてどうなるものかわからないもので
そんな僕の次のステージは、信じられないことに
何と飲食店のオーナー。
自分でも全く予想だにしていなかった劇的な展開に
気がつけば、僕は必死に大量のネギの千切りに
追われる毎日が待っていた。
それまで一社員として工場で働いていた僕が
”大将”と呼ばれるなんていったい誰が想像していただろう。
間違いなく世界中探してもきっと誰一人もいなかったハズ。
だって自分でも想像してなかったんだから。(笑)
ただハッキリと言えるのは
人生は本当に何が起こるかわからないってこと。
今日と同じ明日が来るのではなく
ただ今日と同じ明日にしていただけだったんだ。
動き出せば、毎日は本当に変わるってことを
僕は知ったんだ。
posted by Morii at 20:40| 日記
2010年11月27日
バイオグラフィーBLOG 48
せっかく奇跡的なミラクルを掴んだにも関わらず
イノシシ先輩と美女との恋は終わろうとしていた。
出会いがあれば
別れがあるもの。
それは仕方のないこと。
ただ、あれほどの美女との恋が終わろうとしているのに
なぜか先輩のホッとしたような顔が気になった。
で、彼女とはどこまで行ったの?
そう尋ねる僕に、先輩は
どこまでって
まぁ手をつないだまでは
上手く行ったんだけどなぁ〜
(手だけ!?)
せっかくそんな美女と付き合うことが出来たのに、
手をつないだだけで終わってしまうなんて
僕にはどうしても考えられなかった。
なぜなんだ?
よくよく聞いてみると、その原因は
「彼女が良過ぎるから」とのこと。
やっぱり俺みたいな男じゃ
あんな可愛い子は釣り合わないんじゃない・・・
バシっ!!
その瞬間、僕のミドルキックが
イノシシ先輩のお尻を直撃した。
なんだよ
痛て〜な〜
なんですか、その理由は!?
せっかくあんなミポリンみたいな可愛い人なのに
手をつないだだけで終わりにしちゃっていいんですか!?
でも正直
これまでの育って来た環境が違い過ぎる気がしてなぁ
実際、何を話していいのか、どうエスコートしていいのか
よくわかんね〜んだよなぁ
誰だって初めから上手く行くことなんてないんですよ。
初めから上手く行く恋なんてどこにもないんですよ。
よく考えて下さい。
彼女との恋を終わらせるということは
二人っきりで過ごす甘い夜を手放して
この全く掃除のされていない、エロ雑誌に囲まれた
万年床の上で、ほか弁を食べながら一人で
テレビを見て過ごすってことを意味するんですよ。
ホントにそれでいいんですか?
・・・・・
ミポリンこと中山美穂とは、当時月9の
人気ナンバー1を誇る大人気女優。
そんな可愛い彼女と、この万年床と天秤にかけて、
あろうことか自分から別れ様としている先輩が
僕はどしても許せなかった。
でも、やっぱり・・・
バシっ!!
最後のセリフを聞き終える前に
2発目のミドルが再び直撃した。
痛て〜な〜
痛て〜な〜じゃないっしょ!!
彼女が先輩でいいって言ってるんだから
そんなの関係ないっしょ!
“やっぱり俺みたいな男じゃ釣り合わない”
なんて言いながら
結局、つき合い方がわからないだけじゃないっすか!
いいっすか?
先輩の活躍にはマジでみんな期待してるんすよ。
先輩の活躍は独身寮に住むみんなの夢なんですよ!!
頑張ればこんな先輩でもこんな美女と
付き合えるってことをみんなに見せてあげて下さいよ!
そ、それって褒めてるのか・・・??
あれ程まで欲しい欲しいと願っていた彼女。
しかも夢にまで見たミポリン。(似)
ミポリンと万年床を天秤にかけて
万年床を選ぶなんてことは絶対に有り得ない。
まともに考えれば先輩がフラれることはあっても
自分から別れ話を切り出すなんてことは有り得ない話だ。
でも現実に、今それが起ころうとしている。
人間はストレスを避ける生き物なんだ。
だから慣れない女性と過ごす時間にストレスを感じるより
自分だけの空間で気楽に過ごしたいんだ。
この時、僕は思った。
世の中には「引き戻りの法則」が働いているってことを。
それがどんなに待ち望んだ素晴らしい暮らしであっても
それに慣れるまでは必ずストレスが発生する。
そのストレスを避けるがゆえに
全くストレスのない万年床を自ら選んでしまうという
「引き戻りの法則」
慣れとは恐いものだ。
でも逆に考えれば
この部屋に居心地の良さを感じている訳だから
人間の持つ適応能力はすごいものなんだと思った。
大事なのは
ミポリンに適応するか? 万年床に適応するか?
だけであって
この適応能力をどう適応させるかが問題なんだ。
換気も掃除もせず、足の踏み場もない
この散らかった部屋にストレスを感じながらも
僕の必死の説得は続いた。
世の中に絶対なんてことはないかも知れないけど
でもこれだけはハッキリと言える
こんなチャンスもう2度とないってね。
そんな僕の必死の説得に
先輩の中の魂にスイッチが入ったのか
その後は先輩なりに必死に頑張ったお陰で
本当なら何もなく終わっていた恋が
1年ほど延長できることとなった。
ただ、最後の別れは予想通り
先輩がフラれるというパターンだったけどね。
恋の素晴らしさを知った先輩はホッとするどころか一転、
悲しい涙に変わったけど、それはそれでイイ恋をしたってことで
素晴らしいことなんだと思う。
ちなみにフラた原因は
それまでとは一転、手の出し過ぎにあったようだった。(笑)
何も手を出さないのは問題だけど
あまりに手を出し過ぎるのはもっと問題になるってことを
見た目だけでなく猪突猛進な先輩の行動から僕は教えてもらった。
簡単に諦めるのはもったいないと思う。
起こした行動に間違いなんかはないと思う。
ただ「必死」になり過ぎるのは
“必ず死ぬ”羽目になるってことを僕は知ったんだ。
イノシシ先輩と美女との恋は終わろうとしていた。
出会いがあれば
別れがあるもの。
それは仕方のないこと。
ただ、あれほどの美女との恋が終わろうとしているのに
なぜか先輩のホッとしたような顔が気になった。
で、彼女とはどこまで行ったの?
そう尋ねる僕に、先輩は
どこまでって
まぁ手をつないだまでは
上手く行ったんだけどなぁ〜
(手だけ!?)
せっかくそんな美女と付き合うことが出来たのに、
手をつないだだけで終わってしまうなんて
僕にはどうしても考えられなかった。
なぜなんだ?
よくよく聞いてみると、その原因は
「彼女が良過ぎるから」とのこと。
やっぱり俺みたいな男じゃ
あんな可愛い子は釣り合わないんじゃない・・・
バシっ!!
その瞬間、僕のミドルキックが
イノシシ先輩のお尻を直撃した。
なんだよ
痛て〜な〜
なんですか、その理由は!?
せっかくあんなミポリンみたいな可愛い人なのに
手をつないだだけで終わりにしちゃっていいんですか!?
でも正直
これまでの育って来た環境が違い過ぎる気がしてなぁ
実際、何を話していいのか、どうエスコートしていいのか
よくわかんね〜んだよなぁ
誰だって初めから上手く行くことなんてないんですよ。
初めから上手く行く恋なんてどこにもないんですよ。
よく考えて下さい。
彼女との恋を終わらせるということは
二人っきりで過ごす甘い夜を手放して
この全く掃除のされていない、エロ雑誌に囲まれた
万年床の上で、ほか弁を食べながら一人で
テレビを見て過ごすってことを意味するんですよ。
ホントにそれでいいんですか?
・・・・・
ミポリンこと中山美穂とは、当時月9の
人気ナンバー1を誇る大人気女優。
そんな可愛い彼女と、この万年床と天秤にかけて、
あろうことか自分から別れ様としている先輩が
僕はどしても許せなかった。
でも、やっぱり・・・
バシっ!!
最後のセリフを聞き終える前に
2発目のミドルが再び直撃した。
痛て〜な〜
痛て〜な〜じゃないっしょ!!
彼女が先輩でいいって言ってるんだから
そんなの関係ないっしょ!
“やっぱり俺みたいな男じゃ釣り合わない”
なんて言いながら
結局、つき合い方がわからないだけじゃないっすか!
いいっすか?
先輩の活躍にはマジでみんな期待してるんすよ。
先輩の活躍は独身寮に住むみんなの夢なんですよ!!
頑張ればこんな先輩でもこんな美女と
付き合えるってことをみんなに見せてあげて下さいよ!
そ、それって褒めてるのか・・・??
あれ程まで欲しい欲しいと願っていた彼女。
しかも夢にまで見たミポリン。(似)
ミポリンと万年床を天秤にかけて
万年床を選ぶなんてことは絶対に有り得ない。
まともに考えれば先輩がフラれることはあっても
自分から別れ話を切り出すなんてことは有り得ない話だ。
でも現実に、今それが起ころうとしている。
人間はストレスを避ける生き物なんだ。
だから慣れない女性と過ごす時間にストレスを感じるより
自分だけの空間で気楽に過ごしたいんだ。
この時、僕は思った。
世の中には「引き戻りの法則」が働いているってことを。
それがどんなに待ち望んだ素晴らしい暮らしであっても
それに慣れるまでは必ずストレスが発生する。
そのストレスを避けるがゆえに
全くストレスのない万年床を自ら選んでしまうという
「引き戻りの法則」
慣れとは恐いものだ。
でも逆に考えれば
この部屋に居心地の良さを感じている訳だから
人間の持つ適応能力はすごいものなんだと思った。
大事なのは
ミポリンに適応するか? 万年床に適応するか?
だけであって
この適応能力をどう適応させるかが問題なんだ。
換気も掃除もせず、足の踏み場もない
この散らかった部屋にストレスを感じながらも
僕の必死の説得は続いた。
世の中に絶対なんてことはないかも知れないけど
でもこれだけはハッキリと言える
こんなチャンスもう2度とないってね。
そんな僕の必死の説得に
先輩の中の魂にスイッチが入ったのか
その後は先輩なりに必死に頑張ったお陰で
本当なら何もなく終わっていた恋が
1年ほど延長できることとなった。
ただ、最後の別れは予想通り
先輩がフラれるというパターンだったけどね。
恋の素晴らしさを知った先輩はホッとするどころか一転、
悲しい涙に変わったけど、それはそれでイイ恋をしたってことで
素晴らしいことなんだと思う。
ちなみにフラた原因は
それまでとは一転、手の出し過ぎにあったようだった。(笑)
何も手を出さないのは問題だけど
あまりに手を出し過ぎるのはもっと問題になるってことを
見た目だけでなく猪突猛進な先輩の行動から僕は教えてもらった。
簡単に諦めるのはもったいないと思う。
起こした行動に間違いなんかはないと思う。
ただ「必死」になり過ぎるのは
“必ず死ぬ”羽目になるってことを僕は知ったんだ。
posted by Morii at 08:10| 日記
2010年11月18日
バイオグラフィーBLOG 47
毎月25日になると自動的に振り込まれる
給料のほとんどを車の改造費に当てていた僕は
いつも月末金欠症候群だった。
せんぱ〜い♪
メシご馳走して下さいよ〜♪
寮にはたくさんの先輩たちがいることをいいことに
給料日前になると何かと先輩に助けてもらっていた。
ただ、これも度々ともなると
さすがの優しい先輩たちも渋い顔に・・・
うう。
ま、まずい・・・
このままでは餓死してしまう・・・
そもそもなぜ渋い顔になるのかといえば
いくら僕にご馳走をしても先輩にとっては
お金が減るだけで何のメリットもないからだ。
つまり、逆説的に考えれば
先輩にメリットを与えることが出来れば
ご馳走してもらえるってことに気づいた僕は
何かいい方法はないか?
と、ない知恵をしぼり出した。
同じ会社で同じ寮。
人生経験も多く物持もよく
給料も多く車も僕よりデカイ。
そんな先輩たちにメリットを与え
喜ばせられることと言えば・・・
女!!
そうだ!
彼女を紹介すればいいんだ!
考えてみれば独身寮に住む先輩たちの多くは
酒・車・バイク・パチンコ・競馬以外は
テレビ・音楽鑑賞といった寮内引こもり班。
彼女どころか、女性との会話もない生活を
している人がほとんどだった。
そんな先輩たちに女性を紹介するということは
お金に変えられない価値があり、とても喜んでもらえる
ことだった。
とは言っても、同じ独身寮に住む僕だって
女性には縁のない生活をしていることには変わりはない訳で
そんな僕に唯一残されたラストカードは「ナンパ」
17歳から始めた僕のナンパはこれまで失敗に次ぐ失敗で
断られることなんて数えきれないほどだったけど
断られるたびにその原因を解明し
断られるたびに今までとは作戦を試すことで
自分なりの法則を編み出していったんだ。
その気になれば出会いはどこにでもある、
ということを一人旅という経験で学んだ僕は
「恥ずかしい」というメンタルブロックを突破させることで、
今では僕の成功率はかなり高くなっていた。
今度、みんなでパーティーしようよ!
めちゃめちゃ楽しいから!!
よかったら友達もたくさん呼んでよ!
喫茶店のウエイトレス。
スタンドのスタッフさん。
歯科医院の受付さんなどなど
数少ないワンチャンスを確実に活かし
先輩たちに夢の合コンをセッティングすることで
僕の株は一気にうなぎ登り!
居酒屋なら1回、からあげ定食なら3回
という参加条件のもと
しばらく僕の食費は先輩たちの
お給料から支払われることとなった。(笑)
はじめは毎月の金欠から
ただご馳走してもらうために考えたアイデアだったけど
先輩たちの本気で喜ぶ姿に、いつしか僕も本気で先輩たちを
応援したくなっていた。
ただ、いくら飲み会に参加しても
会話が弾まならけらば意味がないってことで
恋愛経験の乏しい先輩たちを僕の部屋に集め
恋愛ミーティングを開くこともしばしば。
そんな中、奇跡ともいえるある出来事が起こった。
それは、あまりパっとしない、動物で言えば
サイとかイノシシ系にあたる先輩に
なんと中山美穂似の彼女が。
信じられないことに、かなりの美女が
寮内引こもり大臣とまで言われていた先輩を選んだんだ。
まさに「美女と野獣」とはこのことで
世の中に有り得ないことなんて1つもないってことを
僕は先輩から教えてもらったんだ。
そんなイノシシ先輩のクリーンヒットから
やれば出来る!
やらなけらば何も始まらない!!
ってことを学んだ僕は
その後も単なる飲み会で終わることなく
伊勢志摩日帰りドライブツアーや
小型バスをチャーターしての元祖あいのりツアー
男女ペア対抗☆ ラブボウリング大会
原チャリ厳禁! ラブ☆タンデムツーリング大会
などなど伝説の合コンを次々に企画していった。
出会いがあれば別れもあるし
楽しいこともあれば涙することだってある。
男女が織りなすリアルなドラマは、月9と比べれば
全然トレンディーではなかったけど
だけど、よっぽどリアルでドラマティックだった。
人と人が出合う素晴らしさ。
人と人が出合うことで
初めて未来が変わるということを感じながら
ドラマは観るものじゃない。
自分たちで創り出すものなんだ!!
ということを知ったんだ。
給料のほとんどを車の改造費に当てていた僕は
いつも月末金欠症候群だった。
せんぱ〜い♪
メシご馳走して下さいよ〜♪
寮にはたくさんの先輩たちがいることをいいことに
給料日前になると何かと先輩に助けてもらっていた。
ただ、これも度々ともなると
さすがの優しい先輩たちも渋い顔に・・・
うう。
ま、まずい・・・
このままでは餓死してしまう・・・
そもそもなぜ渋い顔になるのかといえば
いくら僕にご馳走をしても先輩にとっては
お金が減るだけで何のメリットもないからだ。
つまり、逆説的に考えれば
先輩にメリットを与えることが出来れば
ご馳走してもらえるってことに気づいた僕は
何かいい方法はないか?
と、ない知恵をしぼり出した。
同じ会社で同じ寮。
人生経験も多く物持もよく
給料も多く車も僕よりデカイ。
そんな先輩たちにメリットを与え
喜ばせられることと言えば・・・
女!!
そうだ!
彼女を紹介すればいいんだ!
考えてみれば独身寮に住む先輩たちの多くは
酒・車・バイク・パチンコ・競馬以外は
テレビ・音楽鑑賞といった寮内引こもり班。
彼女どころか、女性との会話もない生活を
している人がほとんどだった。
そんな先輩たちに女性を紹介するということは
お金に変えられない価値があり、とても喜んでもらえる
ことだった。
とは言っても、同じ独身寮に住む僕だって
女性には縁のない生活をしていることには変わりはない訳で
そんな僕に唯一残されたラストカードは「ナンパ」
17歳から始めた僕のナンパはこれまで失敗に次ぐ失敗で
断られることなんて数えきれないほどだったけど
断られるたびにその原因を解明し
断られるたびに今までとは作戦を試すことで
自分なりの法則を編み出していったんだ。
その気になれば出会いはどこにでもある、
ということを一人旅という経験で学んだ僕は
「恥ずかしい」というメンタルブロックを突破させることで、
今では僕の成功率はかなり高くなっていた。
今度、みんなでパーティーしようよ!
めちゃめちゃ楽しいから!!
よかったら友達もたくさん呼んでよ!
喫茶店のウエイトレス。
スタンドのスタッフさん。
歯科医院の受付さんなどなど
数少ないワンチャンスを確実に活かし
先輩たちに夢の合コンをセッティングすることで
僕の株は一気にうなぎ登り!
居酒屋なら1回、からあげ定食なら3回
という参加条件のもと
しばらく僕の食費は先輩たちの
お給料から支払われることとなった。(笑)
はじめは毎月の金欠から
ただご馳走してもらうために考えたアイデアだったけど
先輩たちの本気で喜ぶ姿に、いつしか僕も本気で先輩たちを
応援したくなっていた。
ただ、いくら飲み会に参加しても
会話が弾まならけらば意味がないってことで
恋愛経験の乏しい先輩たちを僕の部屋に集め
恋愛ミーティングを開くこともしばしば。
そんな中、奇跡ともいえるある出来事が起こった。
それは、あまりパっとしない、動物で言えば
サイとかイノシシ系にあたる先輩に
なんと中山美穂似の彼女が。
信じられないことに、かなりの美女が
寮内引こもり大臣とまで言われていた先輩を選んだんだ。
まさに「美女と野獣」とはこのことで
世の中に有り得ないことなんて1つもないってことを
僕は先輩から教えてもらったんだ。
そんなイノシシ先輩のクリーンヒットから
やれば出来る!
やらなけらば何も始まらない!!
ってことを学んだ僕は
その後も単なる飲み会で終わることなく
伊勢志摩日帰りドライブツアーや
小型バスをチャーターしての元祖あいのりツアー
男女ペア対抗☆ ラブボウリング大会
原チャリ厳禁! ラブ☆タンデムツーリング大会
などなど伝説の合コンを次々に企画していった。
出会いがあれば別れもあるし
楽しいこともあれば涙することだってある。
男女が織りなすリアルなドラマは、月9と比べれば
全然トレンディーではなかったけど
だけど、よっぽどリアルでドラマティックだった。
人と人が出合う素晴らしさ。
人と人が出合うことで
初めて未来が変わるということを感じながら
ドラマは観るものじゃない。
自分たちで創り出すものなんだ!!
ということを知ったんだ。
posted by Morii at 15:40| 日記
2010年10月30日
バイオグラフィーBLOG 46
も、もしもし〜
え、遠藤さんのお宅でしょうか?
あ、あの〜わたくし、も、森井と申しますが
マメ子さん(仮名)は、今ご在宅でしょうか?
あんた誰だ?
も、森井と申します。
だからよ〜
どこに住んでいるんだって聞いてるんだよ!(怒)
じゅ、住所ですか!?
○○町ですが・・・
で、仕事は?
○○株式会社ですが・・・
歳はいくつなんだ?
に、21ですが・・・
21かぁ〜 まだまだ若いな〜
で、ウチのマメ子に何の用なんだ?
よ、用と言うほどのことではないのですが
ちょっと話が出来ればと思いまして・・・
どんな用なんだ?あん?
ど、どんな用と言われましても・・・
(勘弁してよ〜 父親に言える訳ないって!!)
おらん。
はっ!?
マメ子は今留守だ。
る、留守って・・・
こんだけ聞いといてそりゃないよ〜(涙)
それにこの時間に電話をする約束だったから
絶対に居ないハズはないって。
受話器を切られると思った瞬間
受話器の向こうから
ちょっとーお父さん!
もう何やってのよ!!(怒)
お、おうマメ子かぁ
なんだ居たのか?
何言ってんのよ!
朝からずっと一緒に居たじゃないの!
もうっ!!(怒)
ホントごめんね〜
ウチのお父さんはいつもこれなのよね〜
危機一髪のところでセーフ。
まだ携帯電話のなかった時代、
異性とのコンタクト手段は100%「家電」だった。
家族愛が強かった時代。
あの頃の父親は本当にガードが固く
簡単に男からの電話を取り次いでくれなくて大変だった。
こちらとしても当時、寮の部屋には電話はなく
かかってくる電話は全て事務所経由でつながる
システムだっただけに、邪魔者がなく直通で会話が
できるということに強い憧れを持っていたことを覚えている。
それだけに当時、女性の電話番号をゲット出来るということは
マイケルジャクソンのコンサートチケット・・・
いや、それ以上のプレミア(超希少価値)が付いていたんだ。
やっとの思いでつながった電話で
待ち合わせの場所を決める。
じゃあ、10時に駅前で。
気をつけないといけないのは
安易に待ち合わせ場所を決めてはいけないということ。
いったん待ち合わせ場所に向かい外出するということは
その後の交信手段が一切なくなることを意味する。
じゃあ、10時に駅前で。
とは
果たしてそこは何駅なのか?
西口なのか?東口なのか?
遅れた時は何分待ってくれるか?
万が一、ほんのわずかでも待ち合わせ場所に
ミステイクが生じれば、会うことが出来ずに
その日を終えてしまうという悲劇につながる訳で
あの頃、待ち合わせをするということは
修学旅行の準備以上に入念な確認が必要とされたんだ。
ましてや、初対面ならば
服装や髪型、そして名前の確認も
忘れてはいけない。
時計は狂っていないだろうか?
これも大事なこと。
たとえベストを尽くしたとしても
あろうことか時計が狂っていたら
全てがパーになってしまう。
相手との距離が車で1時間もある様な時は
当然ながら交通渋滞や事故で電車がストップ
してしまう可能性もある訳で
そんな時は、軽く1〜2時間は
待ちぼうけをくらう訳で
精神的にはキツかったな。
あと5分したら来るんじゃないか?
いやいや、これはもう絶対に来ないよ。
あと5分だけ待って来なければ諦めて帰ろう。
そんな気持ちを繰り返しながら
結局、いつまでも待ち続ける羽目に。
って言うか、
諦めたところで行く当てがないしね。
待つこと1時間30分・・・・
ごめーん!!
事故で大渋滞だったの〜!!(涙)
いまどこ?
ボタン一つで直につながり
メールで簡単に居場所を確認できる
今の時代と比べれば
本当に不便でアナログな時代だったけど
それだけに会えた瞬間は本当に嬉しく
いっそう感動的だった。
あの頃の僕たちにとって、待ち合わせに遅れた時に
どれだけの時間を笑顔で待てるかが愛情の証であり
と、同時に
自分自信の本当の気持ちを確かめられる
唯一の瞬間でもあったんだ。
ケータイひとつで何でも出来る今の時代から思えば
超古くさいドラマの様なワンシーンも
あの頃の僕たちには日常茶飯事だったんだ。
え、遠藤さんのお宅でしょうか?
あ、あの〜わたくし、も、森井と申しますが
マメ子さん(仮名)は、今ご在宅でしょうか?
あんた誰だ?
も、森井と申します。
だからよ〜
どこに住んでいるんだって聞いてるんだよ!(怒)
じゅ、住所ですか!?
○○町ですが・・・
で、仕事は?
○○株式会社ですが・・・
歳はいくつなんだ?
に、21ですが・・・
21かぁ〜 まだまだ若いな〜
で、ウチのマメ子に何の用なんだ?
よ、用と言うほどのことではないのですが
ちょっと話が出来ればと思いまして・・・
どんな用なんだ?あん?
ど、どんな用と言われましても・・・
(勘弁してよ〜 父親に言える訳ないって!!)
おらん。
はっ!?
マメ子は今留守だ。
る、留守って・・・
こんだけ聞いといてそりゃないよ〜(涙)
それにこの時間に電話をする約束だったから
絶対に居ないハズはないって。
受話器を切られると思った瞬間
受話器の向こうから
ちょっとーお父さん!
もう何やってのよ!!(怒)
お、おうマメ子かぁ
なんだ居たのか?
何言ってんのよ!
朝からずっと一緒に居たじゃないの!
もうっ!!(怒)
ホントごめんね〜
ウチのお父さんはいつもこれなのよね〜
危機一髪のところでセーフ。
まだ携帯電話のなかった時代、
異性とのコンタクト手段は100%「家電」だった。
家族愛が強かった時代。
あの頃の父親は本当にガードが固く
簡単に男からの電話を取り次いでくれなくて大変だった。
こちらとしても当時、寮の部屋には電話はなく
かかってくる電話は全て事務所経由でつながる
システムだっただけに、邪魔者がなく直通で会話が
できるということに強い憧れを持っていたことを覚えている。
それだけに当時、女性の電話番号をゲット出来るということは
マイケルジャクソンのコンサートチケット・・・
いや、それ以上のプレミア(超希少価値)が付いていたんだ。
やっとの思いでつながった電話で
待ち合わせの場所を決める。
じゃあ、10時に駅前で。
気をつけないといけないのは
安易に待ち合わせ場所を決めてはいけないということ。
いったん待ち合わせ場所に向かい外出するということは
その後の交信手段が一切なくなることを意味する。
じゃあ、10時に駅前で。
とは
果たしてそこは何駅なのか?
西口なのか?東口なのか?
遅れた時は何分待ってくれるか?
万が一、ほんのわずかでも待ち合わせ場所に
ミステイクが生じれば、会うことが出来ずに
その日を終えてしまうという悲劇につながる訳で
あの頃、待ち合わせをするということは
修学旅行の準備以上に入念な確認が必要とされたんだ。
ましてや、初対面ならば
服装や髪型、そして名前の確認も
忘れてはいけない。
時計は狂っていないだろうか?
これも大事なこと。
たとえベストを尽くしたとしても
あろうことか時計が狂っていたら
全てがパーになってしまう。
相手との距離が車で1時間もある様な時は
当然ながら交通渋滞や事故で電車がストップ
してしまう可能性もある訳で
そんな時は、軽く1〜2時間は
待ちぼうけをくらう訳で
精神的にはキツかったな。
あと5分したら来るんじゃないか?
いやいや、これはもう絶対に来ないよ。
あと5分だけ待って来なければ諦めて帰ろう。
そんな気持ちを繰り返しながら
結局、いつまでも待ち続ける羽目に。
って言うか、
諦めたところで行く当てがないしね。
待つこと1時間30分・・・・
ごめーん!!
事故で大渋滞だったの〜!!(涙)
いまどこ?
ボタン一つで直につながり
メールで簡単に居場所を確認できる
今の時代と比べれば
本当に不便でアナログな時代だったけど
それだけに会えた瞬間は本当に嬉しく
いっそう感動的だった。
あの頃の僕たちにとって、待ち合わせに遅れた時に
どれだけの時間を笑顔で待てるかが愛情の証であり
と、同時に
自分自信の本当の気持ちを確かめられる
唯一の瞬間でもあったんだ。
ケータイひとつで何でも出来る今の時代から思えば
超古くさいドラマの様なワンシーンも
あの頃の僕たちには日常茶飯事だったんだ。
posted by Morii at 06:42| 日記
2010年10月18日
バイオグラフィーBLOG 45
九州を完全制覇?した僕は
さよなら〜
心の中で別れを告げて
一気に北上の旅に出た。
ホームグランドの三重を通過し
浜松でうなぎパイを食べ
花のお江戸、東京を抜け
ライダーたちに人気のいろは坂での
コーナーリングを楽しみながら
ついに辿りついた日光東照宮。
ブブー。
ここでタイムアップ。
当時サラリーマンだった僕に
与えられた時間はここまで。
栃木県を頂点に僕の一人旅は
ここで幕を閉じたんだ。
確かに日本一周という目標は達成出来なかったけど
でもそれ以上に出来たことの方が圧倒的に多かったと思う。
大切なのは結果ではなくプロセス。
大切なのは
行けるとこまで行き
やれるとこまでやり
走れるだけ走り切ることなんだと思う。
独身寮に戻るなり
バイクにも乗らない先輩たちからは
そんな無駄なことをして
いったいどんな意味があるんだ?
なんて言われ
まぁ確かにそれはそうなんだけど・・・
でも、それを無駄って言っちゃったら
先輩の新車の後部座席にまで敷いている
座布団だって無駄だし
時代はCDに変わろうとしているのに
いつまでも聞くことのないレコードを
大事にしていることだって無駄だし
彼女もいないのに毎週末ピカピカに
洗車しているのだって無駄じゃん!!
そんなことは思ってても
言えなかったけど(笑)
無駄で上等!
意味なんて必要ないんだ。
僕は意味がなければ動けないほど
まだ年はとっていないんだ。
意味があるから動くんじゃなく
動くことに意味があるんだ!
学ぶことなんてなくったって
感じることは十二分にあった旅だった。
あれから20年という歳月が流れたけど
今でも昨日のことの様に思い出される。
その後、九州の地に足を踏み入れたことは
1度もないけど、今でも僕にとっての九州は
優しくて美味しい街のまま。
旅での様々な出会いや経験が
僕に与えてくれた影響は大きいと思う。
あの旅がなかったら今の自分はないと思えば
そこには十分過ぎる意味があったんだと思う。
意味があるから動くんじゃない。
動いた後に、意味は生まれるんだ。
あの時の旅が20年経った今
僕にそう教えてくれたんだ。
僕にとって最初で最後の
日本一周一人旅編
これにて完結。
(パチパチ〜)
やっとの思いで旅を終えた僕に待っていたのは
ある女性との出会い。
ケータイを駆使する今では有りえない
超アナログな爆笑恋愛ストーリーに
ぜひご期待下さい。
さよなら〜
心の中で別れを告げて
一気に北上の旅に出た。
ホームグランドの三重を通過し
浜松でうなぎパイを食べ
花のお江戸、東京を抜け
ライダーたちに人気のいろは坂での
コーナーリングを楽しみながら
ついに辿りついた日光東照宮。
ブブー。
ここでタイムアップ。
当時サラリーマンだった僕に
与えられた時間はここまで。
栃木県を頂点に僕の一人旅は
ここで幕を閉じたんだ。
確かに日本一周という目標は達成出来なかったけど
でもそれ以上に出来たことの方が圧倒的に多かったと思う。
大切なのは結果ではなくプロセス。
大切なのは
行けるとこまで行き
やれるとこまでやり
走れるだけ走り切ることなんだと思う。
独身寮に戻るなり
バイクにも乗らない先輩たちからは
そんな無駄なことをして
いったいどんな意味があるんだ?
なんて言われ
まぁ確かにそれはそうなんだけど・・・
でも、それを無駄って言っちゃったら
先輩の新車の後部座席にまで敷いている
座布団だって無駄だし
時代はCDに変わろうとしているのに
いつまでも聞くことのないレコードを
大事にしていることだって無駄だし
彼女もいないのに毎週末ピカピカに
洗車しているのだって無駄じゃん!!
そんなことは思ってても
言えなかったけど(笑)
無駄で上等!
意味なんて必要ないんだ。
僕は意味がなければ動けないほど
まだ年はとっていないんだ。
意味があるから動くんじゃなく
動くことに意味があるんだ!
学ぶことなんてなくったって
感じることは十二分にあった旅だった。
あれから20年という歳月が流れたけど
今でも昨日のことの様に思い出される。
その後、九州の地に足を踏み入れたことは
1度もないけど、今でも僕にとっての九州は
優しくて美味しい街のまま。
旅での様々な出会いや経験が
僕に与えてくれた影響は大きいと思う。
あの旅がなかったら今の自分はないと思えば
そこには十分過ぎる意味があったんだと思う。
意味があるから動くんじゃない。
動いた後に、意味は生まれるんだ。
あの時の旅が20年経った今
僕にそう教えてくれたんだ。
僕にとって最初で最後の
日本一周一人旅編
これにて完結。
(パチパチ〜)
やっとの思いで旅を終えた僕に待っていたのは
ある女性との出会い。
ケータイを駆使する今では有りえない
超アナログな爆笑恋愛ストーリーに
ぜひご期待下さい。
posted by Morii at 16:11| 日記
2010年10月07日
バイオグラフィーBLOG 44
風が吹くまま気の向くまま
僕は阿蘇山を目指し再び走り始めた。
誰と待ち合わせをしている訳でもないし
何時までに着かなくてはという制限もないし
そもそもどうしても阿蘇山に行かなくては
ということもないだけに気楽な一人旅だった。
ゆっくりと、時には最高速で
自分のペースを乱すことなく
楽しく走り続けた。
対向するライダーたちとVサインで
合図を交わしながら止まる先々で
多くのライダーたちと交流を深めていった。
当時もかなりレア物だった
僕の火の玉カラーのZ2は
カッコイイっすね〜 と
止まる先々のパーキングでいつもたくさんの
ライダーたちに囲まれ写真をせがまれていた。
やはり本物は違う。
並みのバイクでは絶対にこうはいなかい。
やっぱ、Z2という名車でなければ
こんな経験は絶対に出来ないと思った。
走れば良いという訳でもなく
性能が良ければ良いという訳でもなく
また古ければ良いという訳でもなく
Z2が醸し出すオーラというか
カリスマとでも言うのだろうか
やはり本物は違うと思った。
当時の僕はまだ右も左も分からない
二十歳の青二才だったけど
Z2という名車に乗っていたお陰で
多くのライダーたちから
僕は「名車を乗りこなす青年」になっていた。
事実
「今回は400で来たけど普段は
900ccを乗っているんだ。」
と豪語している人の前には
誰も集まりはしなかったことで
たとえライダーが偽者でも
本物を乗りこなすことで
世間の評価は本物になり
たとえライダーが本物でも
それなりのを乗っていたら
その様に評価されるんだって思った。
誰が乗っているか?
よりも
何に乗っているか?
世のライダーたちにとって
これが全てなんだと思った。
人は、見た目が8割。
昔、母親から
靴を踏まない様に。
ポケットに手を入れない様に。
身だしなみをちゃんとしなさい。
と、口うるさく言われた意味が
ようやく良く分かった気がした。
本物になりたいなら本物に触れること。
現在でも名車と言われるZ2を乗ったことは
20年経った今でも僕の中での強い誇り。
そんな僕の目の前に
意外な人が飛び込んで来た!
あれーーーー!!!!!
それは以前、鳥取砂丘で乗っているバイクが
同じカワサキの750ccということもあり
意気投合して、しばらく一緒に走っていた
カワサキ750FXというバイクのオーナーさんだった。
こんな広い日本でまた会えるとは!!
こんな広い日本だもの、一度別れてしまったら
もう二度と会うことなんて絶対にないと思っていただけに
再び会えた偶然にもの凄い運命的なものを僕は感じた。
と、同時に
世の中に絶対はない!!
ということを僕は知った。
もしかしてこの人は
僕にとって運命の人なのか?
そう思った僕は
ヒゲもじゃでメガネという彼のその顔に
いやいや
やはり運命の人は素敵な女性でしょ!!(笑)
そんなことを思いながら
2台で走りながら今日の寝床を探し始めた。
やはり駅にしますか?
そうっすね!
そんな会話をしながら僕たち2台は
野宿の定番、駅に向かった。
駅に着くなり、何故か5,6人の男性が
待ってたよ〜
と手を振って待ってくれていて
(誰だよ?あんたら?)
と思いながらも彼らに近づくと
彼らも同じ一人旅のライダーたちで
駅で野宿しようと集まって来た連中だった。
考えることは皆一緒なんだ。(苦笑)
一人旅も皆が集まればチームじゃん。
そう言えば、走っている時以外に
一人でいることって案外、少なくて
いつも誰かと一緒だった気がする。
考えてみれば1億2千万人もいる
この島国で一人になんかなれる訳がないと思った。
この世にいる限り
一人っきりだと思い込むことは出来ても
本当に一人っきりになることなんて
それは不可能なんだって
今回の旅が僕に教えてくれた。
全国各地から集まったメンバーと
自販機で買った缶ビールで乾杯をし
一夜限り限定の楽しい夜を過ごした僕は
翌朝、早朝から再び走り出し大分、熊本と
一気に九州各地のラーメンを食べ歩いて行った。
その結果、導き出した僕の答えは
紛れもなく
どの土地のラーメンも
めちゃめちゃ美味いっ!!
という事実だった。
それぞれにそれぞれの良さがあるラーメンたちに
グルメ雑誌の様に簡単にランキングを付ける様な
ナンセンスなことは僕には出来ず
今でも僕にとっての九州ラーメンは全てがNo.1。
でも本当はラーメンの味よりも
“こんな大変な思いをしてまで食べに来た”
という思いが、僕にとってのNo.1だった気がしている。
どの味を食べるか?よりも
どの様な思いで食べるのか?
それが自分にとって本当の味を決めるんだ
ってことを僕は体で学んだんだ。
僕は阿蘇山を目指し再び走り始めた。
誰と待ち合わせをしている訳でもないし
何時までに着かなくてはという制限もないし
そもそもどうしても阿蘇山に行かなくては
ということもないだけに気楽な一人旅だった。
ゆっくりと、時には最高速で
自分のペースを乱すことなく
楽しく走り続けた。
対向するライダーたちとVサインで
合図を交わしながら止まる先々で
多くのライダーたちと交流を深めていった。
当時もかなりレア物だった
僕の火の玉カラーのZ2は
カッコイイっすね〜 と
止まる先々のパーキングでいつもたくさんの
ライダーたちに囲まれ写真をせがまれていた。
やはり本物は違う。
並みのバイクでは絶対にこうはいなかい。
やっぱ、Z2という名車でなければ
こんな経験は絶対に出来ないと思った。
走れば良いという訳でもなく
性能が良ければ良いという訳でもなく
また古ければ良いという訳でもなく
Z2が醸し出すオーラというか
カリスマとでも言うのだろうか
やはり本物は違うと思った。
当時の僕はまだ右も左も分からない
二十歳の青二才だったけど
Z2という名車に乗っていたお陰で
多くのライダーたちから
僕は「名車を乗りこなす青年」になっていた。
事実
「今回は400で来たけど普段は
900ccを乗っているんだ。」
と豪語している人の前には
誰も集まりはしなかったことで
たとえライダーが偽者でも
本物を乗りこなすことで
世間の評価は本物になり
たとえライダーが本物でも
それなりのを乗っていたら
その様に評価されるんだって思った。
誰が乗っているか?
よりも
何に乗っているか?
世のライダーたちにとって
これが全てなんだと思った。
人は、見た目が8割。
昔、母親から
靴を踏まない様に。
ポケットに手を入れない様に。
身だしなみをちゃんとしなさい。
と、口うるさく言われた意味が
ようやく良く分かった気がした。
本物になりたいなら本物に触れること。
現在でも名車と言われるZ2を乗ったことは
20年経った今でも僕の中での強い誇り。
そんな僕の目の前に
意外な人が飛び込んで来た!
あれーーーー!!!!!
それは以前、鳥取砂丘で乗っているバイクが
同じカワサキの750ccということもあり
意気投合して、しばらく一緒に走っていた
カワサキ750FXというバイクのオーナーさんだった。
こんな広い日本でまた会えるとは!!
こんな広い日本だもの、一度別れてしまったら
もう二度と会うことなんて絶対にないと思っていただけに
再び会えた偶然にもの凄い運命的なものを僕は感じた。
と、同時に
世の中に絶対はない!!
ということを僕は知った。
もしかしてこの人は
僕にとって運命の人なのか?
そう思った僕は
ヒゲもじゃでメガネという彼のその顔に
いやいや
やはり運命の人は素敵な女性でしょ!!(笑)
そんなことを思いながら
2台で走りながら今日の寝床を探し始めた。
やはり駅にしますか?
そうっすね!
そんな会話をしながら僕たち2台は
野宿の定番、駅に向かった。
駅に着くなり、何故か5,6人の男性が
待ってたよ〜
と手を振って待ってくれていて
(誰だよ?あんたら?)
と思いながらも彼らに近づくと
彼らも同じ一人旅のライダーたちで
駅で野宿しようと集まって来た連中だった。
考えることは皆一緒なんだ。(苦笑)
一人旅も皆が集まればチームじゃん。
そう言えば、走っている時以外に
一人でいることって案外、少なくて
いつも誰かと一緒だった気がする。
考えてみれば1億2千万人もいる
この島国で一人になんかなれる訳がないと思った。
この世にいる限り
一人っきりだと思い込むことは出来ても
本当に一人っきりになることなんて
それは不可能なんだって
今回の旅が僕に教えてくれた。
全国各地から集まったメンバーと
自販機で買った缶ビールで乾杯をし
一夜限り限定の楽しい夜を過ごした僕は
翌朝、早朝から再び走り出し大分、熊本と
一気に九州各地のラーメンを食べ歩いて行った。
その結果、導き出した僕の答えは
紛れもなく
どの土地のラーメンも
めちゃめちゃ美味いっ!!
という事実だった。
それぞれにそれぞれの良さがあるラーメンたちに
グルメ雑誌の様に簡単にランキングを付ける様な
ナンセンスなことは僕には出来ず
今でも僕にとっての九州ラーメンは全てがNo.1。
でも本当はラーメンの味よりも
“こんな大変な思いをしてまで食べに来た”
という思いが、僕にとってのNo.1だった気がしている。
どの味を食べるか?よりも
どの様な思いで食べるのか?
それが自分にとって本当の味を決めるんだ
ってことを僕は体で学んだんだ。
posted by Morii at 18:55| 日記
2010年09月23日
バイオグラフィーBLOG 43
再び次の街に向けて走り始めた途端
僕のバイクは急に乗り心地が悪くなってしまった。
あちゃ〜
パンクだぁ〜
仕方なく重たい750cc(ナナハン)を引きながら
修理してくれる店を探す羽目に。
暗くなり始めた時間帯だったけど
運良くバイクショップを見つけて一安心。
すいませ〜ん。
パンクしちゃったんです〜
ようやく辿り着いたバイクショップの店員さんは
すいませ〜ん。
うち、旧車のパンク修理出来ないんですよね〜
と一言。
う、うそ〜ん!!
そうこうしている内に陽も落ち始め
辺りのお店も閉店し始めた。
まだ24時間営業がスタンダードではなかった時代。
暗くなり始めると同時に数軒しかなかった
お店も次々に閉まり始めてしまった。
ま、まずい。(汗)
このままだと、ここで立ち往生してしまう。
取りあえず腹ごしらえしながら
食堂のおばちゃんにバイクショップの場所を聞くと
ここから20分ほど先にバイクショップが
あるという情報をゲット!
急いで食事を済ませた僕は
取りあえず、重いバイクは人目の付かない場所に隠し
いざバイクショップを探しに出た。
だけど全然見つからない。
確かに20分ほど走ったのに
おかしいなぁ〜と思いながら
ある重大なことに僕は気づいた。
「20分ほど先」とは
歩いて20分なのか?
走って20分なのか?
車で20分なのか?
で、その距離は大きく変わるということ。
更におばちゃんと自分の速度感覚も大きく違うハズ。
結果的には車で20分の距離にあった
バイクショップは運悪く定休日だった。
ガーン
こ、ここまで来たのに・・・(涙)
捨てる神いれば
拾う神もいるもの。
辺りが完全に暗くなってしまい
途方にくれて歩いている僕に
ガソリンスタンドのおじさんが
にいちゃん、どうした?
と声をかけてくれた。
理由を説明すると
ばってん
今日はウチの店に泊まっていけばよかたい!
と言ってくれた。
スタッフのお兄さんたちも
腹減ってるだろ?と
店長のおじさんが帰ってから
ビールと食料を用意してくれて
一人ぼっちの僕のために軽い宴会をひらいてくれた。
翌朝、僕のバイクを直すために
近所に住む自転車修理の達人という
73歳のおじいさんをわざわざスタンドまで呼んでくれた。
そのおじいさんは
カワサキ750RSZ2という僕のバイクを見た瞬間
よか バイク乗ってるねぇ〜
ゼッツーかぁ〜 懐かしいねぇ〜
ワシも昔乗ってたばい、と
いろいろ乗ったけどこのバイクが一番よかとよと
懐かしそうに昔話を聞かせてくれた。
本業は自転車修理だし、最近のバイクは
みなチューブレスタイヤだから
バイクのパンク修理なんて本当に久しぶりたい
と言いながらも
73とは思えない手際で見事に
僕のバイクを修理してくれた。
少し腰が曲がり、手足も細く白髪頭のおじいさんが
750ccという大型バイクを手際よく修理している
その姿に僕は「職人」というものを感じた。
この時が僕にとって「手に職を持つ」ということの
素晴らしさを初めてリアルに感じた瞬間だったかも知れない。
おじいさんの後姿は
いつか自分も
いつでも、どこでも、どんな状態でも
リクエストに応えられるそんな職人に
なりたいと僕に思わせてくれた。
ありがとうございます!!
代金を払おうとする僕に
金はいいから、事故だけはしない様に
気をつけて旅を続けて欲しいと言ってくれた。
なんていい人たちなんだ。
あれから20年という歳月が流れたけど
この一件によって
未だに僕の九州人に対するイメージは
有名人でもなく、知事でもなく
この時出会ったスタンドのスタッフと
自転車修理のおじいさんであり
九州=「超優しい人たちの集団」
とインプットされている。
わずか数名の人たちの行動や発言が
何十年もの間、僕の中で九州全域に住む全ての人の
イメージを作り上げているという事実に
その土地のイメージとは
自分の行動や発言で作られていることを知った。
再び走り出そうとした僕は
行くあてのないことに気づき
どこかいい場所がないかと尋ねると
九州という言えば阿蘇たい。
とおじさんが教えてくれた。
阿蘇山ですか?
(どんな山だろ?)
手を振って見送ってくれるスタンドの皆と
お別れをしながら、阿蘇山を目指し始めた僕は
この時、阿蘇での素晴らしき出会いが
かつてないカルチャーショックを与えてくれるとは
この時まだ知る由もなかった。
僕のバイクは急に乗り心地が悪くなってしまった。
あちゃ〜
パンクだぁ〜
仕方なく重たい750cc(ナナハン)を引きながら
修理してくれる店を探す羽目に。
暗くなり始めた時間帯だったけど
運良くバイクショップを見つけて一安心。
すいませ〜ん。
パンクしちゃったんです〜
ようやく辿り着いたバイクショップの店員さんは
すいませ〜ん。
うち、旧車のパンク修理出来ないんですよね〜
と一言。
う、うそ〜ん!!
そうこうしている内に陽も落ち始め
辺りのお店も閉店し始めた。
まだ24時間営業がスタンダードではなかった時代。
暗くなり始めると同時に数軒しかなかった
お店も次々に閉まり始めてしまった。
ま、まずい。(汗)
このままだと、ここで立ち往生してしまう。
取りあえず腹ごしらえしながら
食堂のおばちゃんにバイクショップの場所を聞くと
ここから20分ほど先にバイクショップが
あるという情報をゲット!
急いで食事を済ませた僕は
取りあえず、重いバイクは人目の付かない場所に隠し
いざバイクショップを探しに出た。
だけど全然見つからない。
確かに20分ほど走ったのに
おかしいなぁ〜と思いながら
ある重大なことに僕は気づいた。
「20分ほど先」とは
歩いて20分なのか?
走って20分なのか?
車で20分なのか?
で、その距離は大きく変わるということ。
更におばちゃんと自分の速度感覚も大きく違うハズ。
結果的には車で20分の距離にあった
バイクショップは運悪く定休日だった。
ガーン
こ、ここまで来たのに・・・(涙)
捨てる神いれば
拾う神もいるもの。
辺りが完全に暗くなってしまい
途方にくれて歩いている僕に
ガソリンスタンドのおじさんが
にいちゃん、どうした?
と声をかけてくれた。
理由を説明すると
ばってん
今日はウチの店に泊まっていけばよかたい!
と言ってくれた。
スタッフのお兄さんたちも
腹減ってるだろ?と
店長のおじさんが帰ってから
ビールと食料を用意してくれて
一人ぼっちの僕のために軽い宴会をひらいてくれた。
翌朝、僕のバイクを直すために
近所に住む自転車修理の達人という
73歳のおじいさんをわざわざスタンドまで呼んでくれた。
そのおじいさんは
カワサキ750RSZ2という僕のバイクを見た瞬間
よか バイク乗ってるねぇ〜
ゼッツーかぁ〜 懐かしいねぇ〜
ワシも昔乗ってたばい、と
いろいろ乗ったけどこのバイクが一番よかとよと
懐かしそうに昔話を聞かせてくれた。
本業は自転車修理だし、最近のバイクは
みなチューブレスタイヤだから
バイクのパンク修理なんて本当に久しぶりたい
と言いながらも
73とは思えない手際で見事に
僕のバイクを修理してくれた。
少し腰が曲がり、手足も細く白髪頭のおじいさんが
750ccという大型バイクを手際よく修理している
その姿に僕は「職人」というものを感じた。
この時が僕にとって「手に職を持つ」ということの
素晴らしさを初めてリアルに感じた瞬間だったかも知れない。
おじいさんの後姿は
いつか自分も
いつでも、どこでも、どんな状態でも
リクエストに応えられるそんな職人に
なりたいと僕に思わせてくれた。
ありがとうございます!!
代金を払おうとする僕に
金はいいから、事故だけはしない様に
気をつけて旅を続けて欲しいと言ってくれた。
なんていい人たちなんだ。
あれから20年という歳月が流れたけど
この一件によって
未だに僕の九州人に対するイメージは
有名人でもなく、知事でもなく
この時出会ったスタンドのスタッフと
自転車修理のおじいさんであり
九州=「超優しい人たちの集団」
とインプットされている。
わずか数名の人たちの行動や発言が
何十年もの間、僕の中で九州全域に住む全ての人の
イメージを作り上げているという事実に
その土地のイメージとは
自分の行動や発言で作られていることを知った。
再び走り出そうとした僕は
行くあてのないことに気づき
どこかいい場所がないかと尋ねると
九州という言えば阿蘇たい。
とおじさんが教えてくれた。
阿蘇山ですか?
(どんな山だろ?)
手を振って見送ってくれるスタンドの皆と
お別れをしながら、阿蘇山を目指し始めた僕は
この時、阿蘇での素晴らしき出会いが
かつてないカルチャーショックを与えてくれるとは
この時まだ知る由もなかった。
posted by Morii at 08:46| 日記
2010年09月14日
バイオグラフィーBLOG 42
ついに九州上陸を果たした僕は
念願の長浜ラーメンを口にすることに。
この辺りで一番美味しいラーメン店って
どこですか?
そう尋ねる僕に
ラーメンと言えば長浜たい。
九州ラーメンは長浜たい。
ばってん長浜はいつも満席たい。
誰もが迷うことなく
長浜ラーメンを教えてくれた。
そ、そんなに美味しいの!?
高まる期待に胸を膨らませ
手書きの地図を頼りに僕は長浜ラーメンを目指した。
迷いながらもようやく
長浜ラーメンに到着した僕は
これが有名な長浜ラーメン!??
とビックリした。
誰もがナンバー1というお店だから
さぞスタッフも多く立派なお店なんだろう
と想像していたけど
目の前の長浜ラーメンは
平屋の古くさい感じのお店。
だけど長蛇の列!!
良い意味で僕の期待を裏切ってくれた。
これが噂の長浜ラーメンかぁ・・・
お世辞にもキレイと言えないお店だけど
有りえない長蛇の列に、ただただ
スゲェー
の一言。
たしか30番目くらいだったと思うけど
列の最後尾に並んだ僕は
こんなお店でこんなに並ぶんだから
よっぽどスゴイんだよなぁ〜とワクワクした。
もしかしてアイドル並の可愛い子が
いるんじゃないかと、ちょっと期待も。
待つこと数十分。
さほど広くない店内の端っこに
ようやく座れた僕は
スキンヘッドで恐そうな大将の顔を見た途端
アイドルなんていないことを確信。
店内を見渡すと客でびっしり。
“へい 大盛りいっちょー!!”
威勢の良い声が飛び交うお店の雰囲気に
商売とは見てくれじゃなく
味や腕で決まるんだと思った。
どんな悪条件も繁盛さえすれば
好条件に変わることを知ることで
悪条件だからダメだったなんて言い訳は
絶対に出来ないと思った。
パーキングもなく、決して立地条件も良いという
訳ではない裏通りにも関わらず
これだけ繁盛しているという現実は
小さくても十分やれる。
僕にビジネスの醍醐味というものを教えてくれた。
額に汗をかきながら
忙しくラーメンを作る合間に
にいちゃん、ひとりか?
と大将が声をかけてくれた。
はい!
美味しいラーメンを食べるために
バイクに乗って一人旅でやって来ました!!
という僕に、一言
そうか。
じゃもう一杯食ってけ。
と、気前良く
かえ玉をサービスしてくれた。
決してサービスをしてくれたからって訳じゃないけど
2杯目を食べ始めた途端、恐かったスキンヘッドの笑顔が
もの凄く優しく思えたんだ。
長浜ラーメンを食べたのは
この時が最初で最後だけど
あの時の味と感動は今でも忘れられない。
大切なのは中身。
たとえ店が古くたって
大将の顔がスキンヘッドで恐くたって
本物の実力さえあれば
どんな悪条件でも勝負出来ることを
長浜ラーメンは僕に教えてくれた。
たかが一杯500円のラーメンだけど
遠く離れた町の人から九州一と言われる
大将の腕とハートに僕は心から感動したんだ。
いきなりこんなに美味しくて
どうするんだ!?
次なる九州ラーメンを目指して
走り始めた僕にあるハプニングが・・・
あれあれあれ〜
バイクが動かないぞ〜(汗)
念願の長浜ラーメンを口にすることに。
この辺りで一番美味しいラーメン店って
どこですか?
そう尋ねる僕に
ラーメンと言えば長浜たい。
九州ラーメンは長浜たい。
ばってん長浜はいつも満席たい。
誰もが迷うことなく
長浜ラーメンを教えてくれた。
そ、そんなに美味しいの!?
高まる期待に胸を膨らませ
手書きの地図を頼りに僕は長浜ラーメンを目指した。
迷いながらもようやく
長浜ラーメンに到着した僕は
これが有名な長浜ラーメン!??
とビックリした。
誰もがナンバー1というお店だから
さぞスタッフも多く立派なお店なんだろう
と想像していたけど
目の前の長浜ラーメンは
平屋の古くさい感じのお店。
だけど長蛇の列!!
良い意味で僕の期待を裏切ってくれた。
これが噂の長浜ラーメンかぁ・・・
お世辞にもキレイと言えないお店だけど
有りえない長蛇の列に、ただただ
スゲェー
の一言。
たしか30番目くらいだったと思うけど
列の最後尾に並んだ僕は
こんなお店でこんなに並ぶんだから
よっぽどスゴイんだよなぁ〜とワクワクした。
もしかしてアイドル並の可愛い子が
いるんじゃないかと、ちょっと期待も。
待つこと数十分。
さほど広くない店内の端っこに
ようやく座れた僕は
スキンヘッドで恐そうな大将の顔を見た途端
アイドルなんていないことを確信。
店内を見渡すと客でびっしり。
“へい 大盛りいっちょー!!”
威勢の良い声が飛び交うお店の雰囲気に
商売とは見てくれじゃなく
味や腕で決まるんだと思った。
どんな悪条件も繁盛さえすれば
好条件に変わることを知ることで
悪条件だからダメだったなんて言い訳は
絶対に出来ないと思った。
パーキングもなく、決して立地条件も良いという
訳ではない裏通りにも関わらず
これだけ繁盛しているという現実は
小さくても十分やれる。
僕にビジネスの醍醐味というものを教えてくれた。
額に汗をかきながら
忙しくラーメンを作る合間に
にいちゃん、ひとりか?
と大将が声をかけてくれた。
はい!
美味しいラーメンを食べるために
バイクに乗って一人旅でやって来ました!!
という僕に、一言
そうか。
じゃもう一杯食ってけ。
と、気前良く
かえ玉をサービスしてくれた。
決してサービスをしてくれたからって訳じゃないけど
2杯目を食べ始めた途端、恐かったスキンヘッドの笑顔が
もの凄く優しく思えたんだ。
長浜ラーメンを食べたのは
この時が最初で最後だけど
あの時の味と感動は今でも忘れられない。
大切なのは中身。
たとえ店が古くたって
大将の顔がスキンヘッドで恐くたって
本物の実力さえあれば
どんな悪条件でも勝負出来ることを
長浜ラーメンは僕に教えてくれた。
たかが一杯500円のラーメンだけど
遠く離れた町の人から九州一と言われる
大将の腕とハートに僕は心から感動したんだ。
いきなりこんなに美味しくて
どうするんだ!?
次なる九州ラーメンを目指して
走り始めた僕にあるハプニングが・・・
あれあれあれ〜
バイクが動かないぞ〜(汗)
posted by Morii at 16:31| 日記