2010年05月29日

バイオグラフィーBLOG 32

晴れて社会人となった僕は
エスカレーター式に社会人寮へと
移ることとなった。

2棟から5棟へという、それまでに経験した
部屋の大移動の教訓を活かし

持ち物のほとんどをキレイサッパリと
仲の良かった後輩たちに譲ることで
身軽になっての移動はホントに楽だった。

バスに揺られること1時間半。

それまでの町並みとは大きく変わって
海に面した見慣れない町が、僕が新しく住む町となった。

117号室。

これが僕に与えられた社会人としての部屋だった。

社会人寮とはいっても
夢にまで見た一人部屋。

ローンという存在を知った僕は
テレビにビデオに冷蔵庫と

今まで手にすることのなかったモノを
次々に大人買いすることで

お〜 大人だぁ〜
と実感した。

どうせならと、一気にステレオまで購入して
僕は夢のシングルルームを満喫した。

あ〜 快適やぁ〜

誰にも気を使うことなく
誰にも邪魔をされることなく

自分だけの時間をくつろげる空間に、僕は
今までに味わうことのなかった幸せを感じていた。

スイッチを押すと瞬時に映り出すテレビの画面に
「お〜 映ったよ〜」 とマジで感動し

オマエは昭和30年代かっ!!

と一人でツッ込みを入れがらも
数年ぶりに見るテレビを満喫していた。

社会人寮には、こまかい規則などなく
全て自由だった。

それぞれが、それぞれの生活をする社会人寮には
「縦のつながり」なんてなく

いちいち挨拶をしなければいけないなんて
ルールはどこにもなかった。

もちろん門限なんてないだけに
脱走する必要なんてこれっぽっちもなく

帰宅は自由。
まさに夢にまで見た自由な暮らしだった。

ようやく社会人になったんだ。
ようやく自由になったんだ。


学生時代からずっと
浜田省吾と尾崎豊に洗脳されていた僕は

親や学校に支配される暮らしから抜け出せたことに
ようやく自由になれた気がした。

何もかも自由になったことで
僕はしみじみと大人になったことを実感したけど

ただそんな生活もしばらくすると
何だか寂しく感じられ

一人で見る心から笑うことのない
超面白いバラエティー番組も
だんだん飽きて来た。

同じフロアなのに廊下ですれ違がっても
誰も挨拶を交わすことのない毎日にも
違和感を覚え始めた。

いじめもケンカもないかわりに
チームもグループも存在することなく
明らかにコミュニケーションは少なく感じた。

帰りが夜遅くなっても誰にも怒られることもなく
誰にも心配されることもない毎日はまさにドライ。

ただ規則がなくなることが
大人で

ただルールがなくなることが
自由なのか?


本当にこれが自由なのか!?
本当にこれが大人なのか!?

思い描いていた理想と現実に
ギャップを感じているそんな僕に朗報が。

夢にまで見た納車日が決定。

ヨッシャー!!!

僕が選んだ車は、クレスタTWINターボ。

もちろん大人買い。(ローン)

生まれて初めて踏み込んだ
社会人という未知なる世界に期待と不安を感じながら
夢の第一歩をスタートさせた僕だった。














posted by Morii at 07:04| 日記

2010年05月17日

バイオグラフィーBLOG 31

出会いがあれば別れがある様に
始まりがあれば終わりがあるもの。

長かった寮生活もついに終わりの時が来た。

辛くて苦しくて寂しくて
何度もやめ様と思ったりもしたけど
何とか3年間を楽しく乗り切ることが出来た。

入寮当初は1日が34時間くらいに感じ
1年が2年半くらいに長く感じたりもしたけど
終わってみれば、あっという間だったかも知れない。

デンジャラスでバイオレンスなことも
いろいろあったけど、だからこそ
学べたことも多かったと思う。

400名を束ねる権力者を中心に築きあげられた
まさに弱肉強食、男だらけのピラミッド世界。

少年院と自衛隊を足して2で割った様な
厳しい毎日の中では確かにストレスもあったけど

だけど人が生きて行く上においてもっとも必要な
メンタル力(思いやりの精神)と
コミュニケーション能力(世渡り術)は十分に磨かれたと思う。

お風呂は必ず体を洗ってから入ること。
自分一人の汚れが400名を汚すということ。

あらゆる人間関係において挨拶は何よりも大事であること。
そして絶対に時間には遅れないこと。

脱走を繰り返してのナンパ大作戦では
幸せは絶対に向こうからはやって来ないことを学んだ。

壁(フェンス)は乗り越えるためにあるってこと。

ケンカとは、相手に勝つことではなく
自分に負けないこと。

フラれることが恥ずかしいんじゃない
フラれる回数が少ないことが恥ずかしいってこと。

ルールは守るだけじゃなく
自分で創り上げるもの。

決して教科書には載っていない
大切なことを僕はたくさん体で学んだ。

10代というこの時期に経験した様々な体験は
その後の僕の人生に多大な影響を与えてくれた気がする。

ただ、こんなデンジャーな生活が待っていることを
事前に知っていたら、間違いなく200%の確率で
来ていなかっただろうけど。(苦笑)

昔から「知らぬが仏」って諺(ことわざ)がある様に
あまり先のことなんて知らない方がいいんだと思う。

大事なのは、先のことを考えるよりも
自由になりたい!っていう
今、目の前の気持ちを一番大切にすることなんだと思う。

後でも先でもなく
やっぱ「今」なんだってね。

卒業を直前に控え、長かった寮生活が
ついに終わると言うよりも

小学校から始まった12年にもおよぶ
学校教育がついに終了するんだってしみじみと思った。

この12年間の僕の学校教育を振り返ると
国語・算数・理科・社会
本当に勉強の「べ」の字もしなかった様に思い出される。

ただ勉強はしなかったけど
なぜ勉強しなければいけないのか?
は常に考えていたんだ。

なぜ学校はあるのか?
何のために勉強するのか?


昔からあまり規則は守らなかったけど

何のためにこの規則があるのか?
果たしてこの規則は本当に正しいのか?

は常に考えていた。

教科書は読まなかったけど
教科書に書かれていることは真実なのか?
は、いつも真剣に考えていた。

親や先生の言うことを聞くのではなく
親や先生の言っていることは正しいのだろうか?

ばかりを考えていた。

どんなに厳しいことを言う様な恐い先生でも
もしも同級生だったら、きっと今頃
僕たちと同じことをして怒られているだろうなぁ〜

なんてことを、怒られながら思ってた。


明日の朝には、寮を出るという退寮前日の夜に
オマエたちがいなくなると寂しくなるなぁ〜
と、いつもは恐い指導員が僕に優しく話しかけてくれた。

今までずっとバレていないと思っていた脱走も
実はバレバレで、でもいつも見逃してくれていた
という事実を聞かされたことで

マジっすか!?
バレてたんすか!?


と、驚く僕に

当たり前だろ!
オマエたちの考えそうなことなんてお見通しさ。
だって俺は昔「脱走のプロ」だったからな!

マジっすか!?
・・・ってことは!?


そうそう俺もここの寮出身だったんだよな。
昔は俺もよく脱走したっけな〜

何だかオマエを見ているとまだ若かった寮生時代の
自分を思い出してな。

“元気で頑張れよ”

そう言って優しく握手をしてくれたことが
今も忘れられない。

いいか、でも今夜だけは絶対に問題を起こすな。
さすがに今日問題を起こせば卒業は取り消しになるからな。

よほど信用がなかったのか
何人もの指導員にそう釘をさされた僕は

僕を信用して下さい。
今夜こそは絶対に大人しく寝ます!

と固い約束をした。

明日になれば厳しい規則もなくなり自由の身。
しかも待ちに待った車に乗れるっていうのに
問題なんか起こす訳ないっていうの!!

あと一日。
今晩を無事に過ごせば、ついに自由になれる。

ワクワクする気持ちを抑え
今夜だけは早く寝ようと思っていたのに
最後の最後に思いもよらない出来事が・・・それは

「お礼参り」

お礼参りなんて言っても本当にお礼を言われる訳じゃなく
要は僕に恨みを持っていた後輩が最後の最後に
仕返しに来たって訳。

後輩が会いに来たなんて言うから
てっきり花束でも渡されるのかと思いきや

あの時はよくもやってくれたよな。
という後輩を目の前に

今日だけは絶対に問題を起こす訳にはいかないのに
マジでありえねぇ〜(涙)

ちょっと前にあれほど指導員たちと約束したばかりなのに
後輩とケンカなんてバレたら本当にシャレにならない。(汗)

でも何で僕なんだ?
っていうかオマエは誰だ!?


なぜ後輩がお礼参りに来たのか
分からないって顔をしている僕に

今さら忘れたとは言わせないっすよ!
と、後輩のイライラは爆発寸前。

まぁまぁ君も落ち着いてさぁ。
と、何とか話し合いで済まそうと思った僕だったけど

すでに興奮気味の後輩を前に
さすがみこの状況で話し合いで済ませて帰すのは
いくらなんでも可愛そうってもの。

・・って言うか、絶対にムリだし。

え〜い。ままよ!

後先も何も考えず、先手必勝とばかりに飛び掛った僕には
最後の最後に後輩との乱闘が待っていた。

厳しかった指導員との手のぬくもりと
頬に受けたパンチの痛みを味わいながら

優しさと暴力に包まれた僕の波乱の寮生活は
こうして幕を閉じたんだ。



posted by Morii at 20:33| 日記

2010年05月07日

バイオグラフィーBLOG 30

3年になった僕の行動範囲は
それまでよりもグッと広くなった。

同期との横のつながりだけでなく
後輩たちとの縦(下)のつながりに
社会人となった先輩(上)とのつながりと
人的ネットワークは格段に広くなった。

あの頃の僕たちは常に後輩たちに
ご飯をご馳走するのが伝統だった。

自分たちがそうだった様に
お腹いっぱい食べさせてやるのが「先輩」だったんだ。

常にたくさんの後輩たちが
部屋に遊びに来ていた僕は
いつもラーメン&カツ丼貧乏だった。

そんな生活をしていることで
痛感したこと。

それはお金がいるってこと。

確かに給料はもらっていたけど
毎晩遊んでいたあの頃の僕には
いくらあっても全然足らなかった。

愛だの自由だのって言っても
やっぱ先立つモノは必要だって。

いやいや世の中は金じゃない!
お金では買えないモノを僕は買うんだ!!

子供でもなく、大人にもなりきれない僕は
理想と現実の間で葛藤しつつも

やはり生きて行く(楽しむ)ためには
どうしてもお金は必要だった。

権力者と仲の良かった僕たち一部の寮生には
代々「工場内の清掃」というオイシイ仕事があったんだ。

汚い、キツイ、危険

見事なまでに3Kがそろった仕事だったけど
日当12000円、しかも日払いは
あの頃の僕たちにはとても魅力的だった。

バイトに行く前は
12000円♪12000円♪と
テンションが高くても

バイト後は
もう2度とゴメンだぁ〜

そう思えるほどヘビーな仕事だった。

悪臭と戦い、体力を消耗させ
貴重な時間と引き換えに手に入れる12000円。

お金を手にするということは実に大変なことなんだと
しみじみと実感している僕に、ある転機が起こった。

それはある後輩が僕の部屋に遊びに来た時のこと。

先輩
この服、1万で僕に売ってもらえませんか?


それは
パンクロックの帝王「西尾先輩」から
譲りうけたGジャンだった。

(い、一万円!?)

尊敬する偉大な先輩から頂いた
Gジャンだったけど
僕は迷うことなく即売った。

3Kという、あれ程ツライ思いをして
やっと稼いだお金が、ものの1分。

たった服を売っただけで(しかも原価0円)
簡単に手に入ってしまったことで
僕の常識は根底から吹っ飛んだ。

それは僕にとって、生まれて初めて
ビジネスというものを知った瞬間だった。

考えてみれば超封建的な寮生活において
3年生はとてつもなく偉大な存在。

思い起こせば、そんな偉大な先輩の服は
僕だって欲しかったハズだ。

寮には1年だけで400名。
2年と合わせれば800名もの顧客・・・
いやいや後輩たちがいる訳だし

これは売れる!

そんな僕の予想は的中して
僕の服は飛ぶ様に売れた。

去年3000円で買った服に
実に5000円もの値が付いた。

中学の時の服にまで値が付いたのには
ぶっちゃけ驚いた。

カツアゲは絶対に良くない。

でも欲しい物を売ってあげるんだったら
これは合法ってもの。

得意げに売り上げを伸ばして行く中で
僕は「あること」に気がついた。

それは

服そのものに価値があるのではなく
「3年の先輩が着ていた」
という所に価値があるってこと。

事実、どんなにカッコイイ服であっても
同期の友だちには簡単に売れることはなかった。

むしろ、商品としては全然価値のない安物の服でも
喜んで買ってくれる後輩たちがいたことからも

服そのものよりも
そこに価値があるかどうかが大事なんだって思った。

服が売れたんじゃない。
「偉大なる3年という価値」
お金に変わったんだ。

逆に価値がなければ、たとえそれが高価な服であっても
売れる保障はどこにもないってことを僕は知った。

その後も順調に売り上げを伸ばして行ったけど
なかなか1万円を超える値段を付けることは難しかった。

スタートが1万円だっただけに
どうしても腑(ふ)に落ちない。

色はあせ、痛んだ生地に落書きだらけのGジャンだけに
価値としては絶対ないハズなのに

なぜ西尾先輩のGジャンは
いとも簡単に1万円もの値段が付いたのか?


僕にはどうしても理解出来なかった。

考えても考えても
どうしても答えが分からなかった僕は

そうだっ!!
買った本人に聞けばいいんだ!!


それに気づいた僕は
早速、後輩のもとを訪ね

色あせて痛んだ生地に落書きだらけの
このGジャンのどこが良かったの??

と、聞いてみた。

すると

何言ってるんですか!
色あせて、痛んだ生地に落書きだらけの
ところがカッコイイんじゃないですか!

!?

ってことは
この落書きが良かったって訳!?

ガツンと来た!

マイナスだと思っていたことは
実はプラスでもあることを僕は知った。

だってこんなシブいGジャンなんて
絶対、店屋には売ってないですからね。

絶対に店では売っていない。
そして誰も持っていないオリジナル。

これが10000円もの値段を付けた正体だった。

元は卒業していった先輩のGジャンであり
伝説のパンクロックLIVEで着用していたこと。

何より買った当の本人が
大のパンクロック好きだったことが大きい。

いらないヤツには500円でも買わないGジャンも
欲しいヤツには10000円もの値段が付くってことを
知ることで

商品が値段を決めるんじゃない。
値段は買う人が決めるんだってことを僕は知った。

大切なのは適正価格でモノを売ることじなく
相手が欲しい物を相手が望む価格で売ってあげること。

それがビジネスなんだって僕は思った。

全てのモノが売れる訳じゃない。
価値あるモノがお金に変わるんだ。

考えてみればコンサートチケットだって
期限が過ぎれば何の価値も持たない
ただの紙切れだもんね。

大切なのは
いかに価値があるかなんだ。

そして価値あるモノに
オリジナル要素が入ることで
はじめて価格は上昇する。

価値あるものに
さらに“付け加える”こと。

これが付加価値なんだ。

まさかなぁ〜
なんて思いながらも

試しに僕も落書きやサインを
書いてみたら意外と喜ばれて
1500円くらい値が上がっちゃった。

この時はまだ将来自分で経営をするなんて
夢にも思っていなかったけど
僕のビジネスの原点はこの時にあった様に思う。











































posted by Morii at 18:00| 日記

2010年05月01日

バイオグラフィーBLOG 29

3年になった僕に

弟子にして下さい!

という後輩たちが現れた。

僕の噂を聞きつけた後輩たちから
(どんな噂だ!?)

僕たちもぜひ一緒にナンパに連れていって下さい
と悲願されてしまった。

ちょっと面倒だなぁ〜と思ったものの
一年前の自分を思い出し

見つかったらヤバイぞ。
それでも良かったら一緒に行くか?

ハイ!
お願いします!!


威勢のイイ返事に
即、弟子入りを認めた僕だった。

ヨシ そうと決まれば早速
今夜行くぞ!

いきなり今夜ですか!?
ちょっと心の準備が・・・

ドテッ。

準備するのは心じゃなくて
時間とお金とファッションだって!!

22:30

消灯の合図と共に
僕たちは裏のフェンス前に集合。

た、高いですよね〜!?

フェンスはちょっと高いけど乗り越える時に
鉄格子にさえ気をつければ大丈夫だ。

あとは着地で捻挫をしないこと。

ヨシ 登るぞ!!

モタモタすると指導員にバレるから
早くしろっ!!


ドサッ

鉄格子にジャケットを引っ掛けながらも
必死に鉄格子を乗り越え
フェンスを飛び降りる後輩たち。

オー!!!
自由だーー!!!


両手を夜空に突き上げ大声で喜ぶ後輩に

バカヤロー
大声出したら見つかるだろっ!!

と突っ込みながら

体中で自由を感じた初めて脱走は
僕にとっても今でも忘れられない思い出だった。

じゃ今夜はどこに行こうか?

と尋ねる僕に

マジっすか!?

もしかして行くところは
まだ決まってないんですか!?


驚く後輩たちに

行き先はいつも後決めがルールだって。

・・・ってことは

僕たちはまだ行き先も決まっていないのに
「脱走」っていうリスクを犯したってことですか!?

あったりめーじゃん!

いいか、よく覚えておけよ。

「脱走」ってものはなぁ
行くあてがあるから脱走するんじゃない。

“行き先を見つけるために”脱走するんだ。

そ、そうなんですか!?

それに
この先に女性がいたとしても
成功する確率はかなり低い。

っていうか相当低い!

そ、そうなんですか!?(2度目)

そもそも
この先に素敵な出会いが待っている
という保障すらない。

正確には誰もいないかも知れないし
時にはヤバイことに
巻き込まれてしまうかも知れない。

そ、そうなんですか!?(3度目)

ただ一つだけハッキリと分かっていることは
このまま男子寮で消灯を迎えても
120%の確率で素敵な出会いはないってこと。

(一同納得)

そう思えば勝率1%でも悪くないだろ?

いいか、勘違いしちゃいけない。

楽しい夜が待ってる訳じゃない。
自分たちで楽しい夜にするんだ。


ヨシ 行くぞ!!

僕たちは少しでもネオンの明るい方へ
全力疾走して行った。

目の前を通る女性を指差して
よし、じゃあ、あの女性に声かけて来い。

マ、マ、マジっすか!?
そんなのいきなり無理っすよ。

あんな大人の女性を口説くなんて
いきなりそんな自信はないっす!

初めての経験なのに
自信がないのは当たり前だろ。

自信はナンパをした後に付くんだ。

お前にないのは自信じゃなくて勇気だ!

勇気を出してフラれて来い!!

ハ、ハイー!!

1人目
1ラウンド29秒
見事なKO負け。

情けないヤツだな〜
今度は僕が行って来ます!!

2人目
1ラウンド12秒
セリフすら言えずにあえなく撃沈。

世の中はそんなに甘くない。

99敗1勝

これが僕たちのナンパスタイル。

ナンパのコツ。
それはメゲナイこと。

断られるのが当たり前のナンパの世界において
断られるたびにいちいちナーバスになっていたんじゃ
話にならない。

断られても臆することなく
何度でもアタック出来ることが大事。

ケンタッキーで有名なあのカーネルじいさんも
70歳を過ぎてからブレイクしたんだ。

だから続けてさえいれば
いつかきっと素敵な出会いに出会えるもの。

かと言って立て続けに99回も断られると
さすがに精神的ダメージは大きい。

そこで僕が編み出した

精神的ダメージを一切受けずに
楽しく断られ続ける方法


それは「目的のすり替え術。」

目的のすり替え術!?

本当の目的は
もちろんナンパに成功すること。

だけど「ナンパに成功すること」を目的にしてしまうと
「ナンパに成功」以外は全て失敗となってしまう。

だからあえて目的を、本来の
「ナンパに成功すること」から

「見知らぬ女性と会話する」
に目的をすり替えることって訳。

お茶でもいかがですか?

ごめんねぇ〜 
時間ないの〜


「ナンパに成功すること」が目的ならば
本来、失敗で終わっていたナンパも

「見知らぬ女性と会話する」が目的ならば
たとえそれが断り文句であっても会話は会話。

つまり目的達成ってこと!

目的がナンパに成功するのではなく
見知らぬ女性と会話するのであれば

声をかけた結果がどんな結果になろうとも
確実に目的を達成し、かつ精神的に凹むこともない。

これが僕の考え出した
まさに一石二鳥のマル秘アイデア!

一般的に99敗1勝というと
1勝するために99回も負けた
となりがちだけど

だけど僕の中では
小さな99勝と大きな1勝だったんだ。


本当の目的を目的とせずに
あえて違うことを目的に設定することは

プレッシャーに打ち勝ち、失敗時に自尊心を守り
何より継続性を生み出す原動力になった。

120%の確率で出会いのなかった僕たちは
絶対に諦める訳にはいかなかったんだ。

大切なのは諦めないこと。
そして継続して行くこと。

継続して行くことが出来れば
いつか必ずたどり着けるもの。

昔から「失敗は成功のもと」なんて言うけれど
1度や2度の失敗なんて何の自慢にもならず
ただ自信をなくすだけ。

正確には
「たくさんの失敗が成功のもと」
これが正解なんだって僕は思った。

断られることが恥ずかしいんじゃない。
断られる人数が少ないことが恥ずかしいんだ。

2つ、3つの失敗には
大した価値なんてないけど

200、300の失敗には

とてつもなく大きな価値があるってことを
僕は夜の街で知ったんだ。







posted by Morii at 17:06| 日記