2010年06月24日

バイオグラフィーBLOG 34

社内規則を見事に破り、出世よりもファッションを
選んだ僕は、愛車「ジョニー」での通勤を
断念しなければならなくなった。

しばらくは車のない人のために
寮から出ているバスで通勤していたけど

使ってないバイクあるけど
良かったら乗る?


という
ありがたい先輩のお誘いに

もちろん乗ります!!
と超即答!

そうと決まれば気分一新
僕は速攻で自動二輪の免許を取った。

数年間、誰にも乗られずに
車庫に放置されっぱなしの
錆びきった青のCB250Rを見た瞬間

う、動くの? これ??

って感じだった。

キックを頑張ること10回
ようやくかかったエンジン音に無事を確認すると
軽トラの荷台に積んでいざ寮へGO!

錆を落とし、エンジンを磨き、オイルとテールを変え
青のタンクを真っ赤に全塗装することで
見違えるほどに輝きを増した。

名前を「シビ太」と命名。

こうして僕は、シビ太と
運命的な出会いを果たした。

車もいいけどバイクはもっと楽しかった。

エンジンがむき出しのバイクは車とは違い
アクセルを吹かす度に排気音を体で感じることが出来た。

何より風を体中で感じることが出来て
走っている感がたまらなかった。

走行中は永ちゃんのカセットを
聴くことは出来なかったけど、風こそがBGMだった。

若さなのか、あの頃の僕たちは
峠を攻めることに夢中だった。

休日は朝4時に起きて
まだ誰もいない早朝の峠を攻めるのが
当時の僕の日課だった。

今から思えば全く無謀で
今でもよく無事だったなぁ〜と思うことだけど

中一の時に観た草刈正雄主演の「汚れた英雄」と
マンガ「バリバリ伝説」の影響をもろに受けていた僕は

有りえない角度に車体を傾け、有りえないスピードで
コーナーに突っ込むことに命を懸け

ステップが地面と接触するほどにバイクを傾ける
コーナーリングに体中が熱くなっていた。

車と違い安定感の悪いバイクは
ほんの一瞬で転倒してしまうもの。

タイミングとバランス

この2つがこそが全てだった。

ブレーキングのタイミングと
体重移動させるバランスを間違えると
一瞬で転倒する世界は本当にスリリングだった。

コーナーに突っ込む瞬間の緊張感と
無事に曲がりきったという安心感が
何とも言えない爽快感を感じさせてくれた。

ほんの少し遅れても
ほんの少し早くても
ほんの少し強過ぎてもダメで

最高のコーナーリングには
絶妙のスピードと絶妙のバランス感覚が求められた。


ヨシ!今だ!
あの赤と青の服を着た二人組み・・・

あ〜 残念!
先、越されちゃったよ〜


次は・・・よし!
今だっ!!

道行く女性に声をかける
通称「ナンパ」にも

峠を攻めるコーナーリング以上のスピードと
絶妙のバランス感覚が求められた。

下手をすればトラブルに巻き込まれることもあったけど
上手く行けば一瞬で仲良くなれるかも知れないナンパは

社会人になったからといって何の出会いもない
独身寮の僕たちにとって本当にスリリングだった。

若さなのか?

あの頃の僕たちは
猛スピードで突っ込むコーナーリング以上に
道行く女性に熱くなっていたんだ。
























posted by Morii at 16:20| 日記

2010年06月16日

バイオグラフィーBLOG 33

自由を求めて社会人としての一歩を踏み出した僕に
今度は社会という見えないルールが待っていた。


18歳。
念願の自動車免許を取得したあの頃、僕たちの頭の中は
エブリデェイ・エブリナイト車のことでいっぱいだった。

毎日、矢沢永吉のカセットをガンガンに
フルボリュームで聴きながら

車を運転出来る事がただただ嬉しくて
いつも時間を忘れて走り回っていた。

車と言えば、やはりシャコタン。

「車高を短く」と書いてシャコタン。

F-1やフェラーリーの影響からか
車高を低くし、タイヤを太くするというスタイルは
当時、僕たちの一番のステータスだった。

という訳で

車を購入後、僕は迷うことなく
即、サスペンションをカット。

前輪は2巻きカット、そして後輪は1巻き半カット。

サスペンションとは地面との衝撃を吸収してくれる
足回りのバネの部分であり

この部分をカットして車高を下げてしまうことは
イコール乗り心地をかなり悪くすることに繋がったけど

見た目8割の僕たちにとって性能なんかより
見た目(ファッション)こそが全てだった。

さらにフルエアロパーツに
トランクにはド派手で巨大なリヤウイング。

タイヤはちょっと太目のピレリー202。
マフラーは渋めの低音フジツボの90パイ。

ホワイトボディーのボンネットは
真っ赤なファイヤーパターンで決まり!

き、決まった・・・

眩しいほどのシャコタンに生まれ変わった
僕の愛車は「ジョニー」と命名され
飛びっきりの笑顔を僕に振りまいてくれた。

今から思えば不思議で仕方ないけど

何故かあの頃の僕たちは、どうしても
車高を低くしなければいけなかったんだ。

ウルトラスーパーカッコよくなった
そんな僕の愛車ジョニーだったけど

当時、自動車メーカーで働く僕たちにとって
車の改造だけは絶対にあり得ないご法度で
あることは言うまでもなく

工場長に呼び出しをくらうまでに
そう時間はかからなかった。

君か?あのド派手な
クレスタのオーナーは!?


ダメじゃないかぁ〜
自動車メーカーで働いているのに
車を改造なんてしてちゃあ。

車が泣いてるよ。

は?はぁ。

工場長室に呼び出された僕は
白髪頭でカマキリみたいに線の細い工場長から
直ちにノーマルに戻す様に厳重注意を受けながら

(車はやっぱシャコタンでしょ!)

なんて思いながら

学生時代、教育指導の先生に
職員室に呼び出されていた時のことを思い出していた。

ダメじゃないか!
学生服は標準服って決まっているのに
こんなズボンなんてはいてちゃ。

思い起こせば小学生の時だって
近所におじさんに

ダメじゃないかぁ〜
ここは立ち入り禁止って書いてあるのに
勝手に入り込んで野球なんてしてちゃ。

とよく怒られたものだった。

振り返ると、僕はいつも
怒られていた様に思い出される。

成長したといっても学生服が車に変わっただけで
基本的には何も変わっていない自分自身に思わず苦笑い。

空き地で遊ぶ。
学生ズボンが太い。
車高が低い。


確かに怒られるということは
どれも悪いことなのかも知れない。

だけどそれが「良いこと」とか「悪いこと」
ということが問題なのではなく

ポリシーを持って取り組んでいるか
どうかが大事なんだと思った。


空き地で遊べないからといって、道路で遊んだがために
幼い子供が交通事故にあうことを思えば

“使っていない使用禁止の空き地”で楽しく遊んで
くれた方がおじさんだっていいでしょ♪

イジメを見て見ぬフリをして過ごしたり
他校のヤンキーになめられて終わるよりは

ズボンが少々太いくらいの校則違反なんて
先生たちにとってもどうってことないでしょ!

ルールを守ることも大事かも知れないけど、それ以上に
自分の起こす行動にポリシーと責任を持つことの方が
断然意味がある様に僕は思った。

子供たちに事故やケガがなく
毎日を健全に楽しく遊ぶためのルール違反。

イジメや争いがなく、教師を尊敬させ
皆が思い出に残る楽しい学生生活を過ごすための
校則違反。

日々、歩行者優先を実行し、そして暴走族の出没を減らし
より交通をスムーズにさせるための道交法違反。

規則やルールを守ることだけが
100%の正解だとは僕はどうしても思えなかった。

たとえ同じルール違反でも
“自分さえ良ければイイ”というベクトルの違反もあれば
他人を思いやるルール違反もある訳で

大切なのは、その行いよりも
どの様な気持ちなのか?
が何よりも大事なんだと思う。



ファン ファン ファン。

“前を走っているそこの車
直ちに停車しなさい!”


改造なんてダ〜メじゃないかぁ〜
改造とシートベルトで各減点1な。

マジっすか!?

改造は仕方ないとしても
シートベルトはカンベンして下さいよ〜(涙)

ただ僕の「思いやりのあるルール違反」の数々が
当時の大人たちにあまり理解されることがなかった事実は
今でも残念で仕方がない。
posted by Morii at 14:11| 日記