2010年10月30日

バイオグラフィーBLOG 46

も、もしもし〜

え、遠藤さんのお宅でしょうか?
あ、あの〜わたくし、も、森井と申しますが
マメ子さん(仮名)は、今ご在宅でしょうか?

あんた誰だ?

も、森井と申します。

だからよ〜
どこに住んでいるんだって聞いてるんだよ!(怒)

じゅ、住所ですか!?
○○町ですが・・・

で、仕事は?

○○株式会社ですが・・・

歳はいくつなんだ?

に、21ですが・・・

21かぁ〜 まだまだ若いな〜
で、ウチのマメ子に何の用なんだ?

よ、用と言うほどのことではないのですが
ちょっと話が出来ればと思いまして・・・

どんな用なんだ?あん?

ど、どんな用と言われましても・・・
(勘弁してよ〜 父親に言える訳ないって!!)

おらん。

はっ!?

マメ子は今留守だ。

る、留守って・・・
こんだけ聞いといてそりゃないよ〜(涙)

それにこの時間に電話をする約束だったから
絶対に居ないハズはないって。

受話器を切られると思った瞬間
受話器の向こうから

ちょっとーお父さん!
もう何やってのよ!!(怒)


お、おうマメ子かぁ
なんだ居たのか?

何言ってんのよ!
朝からずっと一緒に居たじゃないの!
もうっ!!(怒)

ホントごめんね〜
ウチのお父さんはいつもこれなのよね〜

危機一髪のところでセーフ。

まだ携帯電話のなかった時代、
異性とのコンタクト手段は100%「家電」だった。

家族愛が強かった時代。

あの頃の父親は本当にガードが固く
簡単に男からの電話を取り次いでくれなくて大変だった。

こちらとしても当時、寮の部屋には電話はなく
かかってくる電話は全て事務所経由でつながる
システムだっただけに、邪魔者がなく直通で会話が
できるということに強い憧れを持っていたことを覚えている。

それだけに当時、女性の電話番号をゲット出来るということは
マイケルジャクソンのコンサートチケット・・・
いや、それ以上のプレミア(超希少価値)が付いていたんだ。

やっとの思いでつながった電話で
待ち合わせの場所を決める。

じゃあ、10時に駅前で。

気をつけないといけないのは
安易に待ち合わせ場所を決めてはいけないということ。

いったん待ち合わせ場所に向かい外出するということは
その後の交信手段が一切なくなることを意味する。

じゃあ、10時に駅前で。

とは

果たしてそこは何駅なのか?
西口なのか?東口なのか?
遅れた時は何分待ってくれるか?

万が一、ほんのわずかでも待ち合わせ場所に
ミステイクが生じれば、会うことが出来ずに
その日を終えてしまうという悲劇につながる訳で

あの頃、待ち合わせをするということは
修学旅行の準備以上に入念な確認が必要とされたんだ。

ましてや、初対面ならば
服装や髪型、そして名前の確認も
忘れてはいけない。

時計は狂っていないだろうか?
これも大事なこと。

たとえベストを尽くしたとしても
あろうことか時計が狂っていたら
全てがパーになってしまう。

相手との距離が車で1時間もある様な時は
当然ながら交通渋滞や事故で電車がストップ
してしまう可能性もある訳で

そんな時は、軽く1〜2時間は
待ちぼうけをくらう訳で
精神的にはキツかったな。

あと5分したら来るんじゃないか?
いやいや、これはもう絶対に来ないよ。
あと5分だけ待って来なければ諦めて帰ろう。

そんな気持ちを繰り返しながら
結局、いつまでも待ち続ける羽目に。

って言うか、
諦めたところで行く当てがないしね。

待つこと1時間30分・・・・

ごめーん!!
事故で大渋滞だったの〜!!(涙)



いまどこ?

ボタン一つで直につながり
メールで簡単に居場所を確認できる
今の時代と比べれば

本当に不便でアナログな時代だったけど

それだけに会えた瞬間は本当に嬉しく
いっそう感動的だった。

あの頃の僕たちにとって、待ち合わせに遅れた時に
どれだけの時間を笑顔で待てるかが愛情の証であり

と、同時に

自分自信の本当の気持ちを確かめられる
唯一の瞬間でもあったんだ。

ケータイひとつで何でも出来る今の時代から思えば
超古くさいドラマの様なワンシーンも
あの頃の僕たちには日常茶飯事だったんだ。








posted by Morii at 06:42| 日記

2010年10月18日

バイオグラフィーBLOG 45

九州を完全制覇?した僕は

さよなら〜

心の中で別れを告げて
一気に北上の旅に出た。

ホームグランドの三重を通過し
浜松でうなぎパイを食べ
花のお江戸、東京を抜け
ライダーたちに人気のいろは坂での
コーナーリングを楽しみながら
ついに辿りついた日光東照宮。

ブブー。
ここでタイムアップ。


当時サラリーマンだった僕に
与えられた時間はここまで。

栃木県を頂点に僕の一人旅は
ここで幕を閉じたんだ。

確かに日本一周という目標は達成出来なかったけど
でもそれ以上に出来たことの方が圧倒的に多かったと思う。

大切なのは結果ではなくプロセス。

大切なのは

行けるとこまで行き
やれるとこまでやり
走れるだけ走り切ることなんだと思う。

独身寮に戻るなり
バイクにも乗らない先輩たちからは

そんな無駄なことをして
いったいどんな意味があるんだ?


なんて言われ
まぁ確かにそれはそうなんだけど・・・

でも、それを無駄って言っちゃったら
先輩の新車の後部座席にまで敷いている
座布団だって無駄だし

時代はCDに変わろうとしているのに
いつまでも聞くことのないレコードを
大事にしていることだって無駄だし

彼女もいないのに毎週末ピカピカに
洗車しているのだって無駄じゃん!!

そんなことは思ってても
言えなかったけど(笑)

無駄で上等!
意味なんて必要ないんだ。

僕は意味がなければ動けないほど
まだ年はとっていないんだ。

意味があるから動くんじゃなく
動くことに意味があるんだ!

学ぶことなんてなくったって
感じることは十二分にあった旅だった。

あれから20年という歳月が流れたけど
今でも昨日のことの様に思い出される。

その後、九州の地に足を踏み入れたことは
1度もないけど、今でも僕にとっての九州は
優しくて美味しい街のまま。

旅での様々な出会いや経験が
僕に与えてくれた影響は大きいと思う。

あの旅がなかったら今の自分はないと思えば
そこには十分過ぎる意味があったんだと思う。

意味があるから動くんじゃない。
動いた後に、意味は生まれるんだ。

あの時の旅が20年経った今
僕にそう教えてくれたんだ。

僕にとって最初で最後の
日本一周一人旅編

これにて完結。

(パチパチ〜)

やっとの思いで旅を終えた僕に待っていたのは
ある女性との出会い。

ケータイを駆使する今では有りえない
超アナログな爆笑恋愛ストーリーに
ぜひご期待下さい。












posted by Morii at 16:11| 日記

2010年10月07日

バイオグラフィーBLOG 44

風が吹くまま気の向くまま
僕は阿蘇山を目指し再び走り始めた。

誰と待ち合わせをしている訳でもないし
何時までに着かなくてはという制限もないし

そもそもどうしても阿蘇山に行かなくては
ということもないだけに気楽な一人旅だった。

ゆっくりと、時には最高速で
自分のペースを乱すことなく
楽しく走り続けた。

対向するライダーたちとVサインで
合図を交わしながら止まる先々で
多くのライダーたちと交流を深めていった。

当時もかなりレア物だった
僕の火の玉カラーのZ2は

カッコイイっすね〜 と

止まる先々のパーキングでいつもたくさんの
ライダーたちに囲まれ写真をせがまれていた。

やはり本物は違う。

並みのバイクでは絶対にこうはいなかい。

やっぱ、Z2という名車でなければ
こんな経験は絶対に出来ないと思った。

走れば良いという訳でもなく
性能が良ければ良いという訳でもなく
また古ければ良いという訳でもなく

Z2が醸し出すオーラというか
カリスマとでも言うのだろうか

やはり本物は違うと思った。

当時の僕はまだ右も左も分からない
二十歳の青二才だったけど

Z2という名車に乗っていたお陰で
多くのライダーたちから
僕は「名車を乗りこなす青年」になっていた。

事実
「今回は400で来たけど普段は
900ccを乗っているんだ。」

と豪語している人の前には
誰も集まりはしなかったことで

たとえライダーが偽者でも
本物を乗りこなすことで
世間の評価は本物になり

たとえライダーが本物でも
それなりのを乗っていたら
その様に評価されるんだって思った。

誰が乗っているか?

よりも

何に乗っているか?

世のライダーたちにとって
これが全てなんだと思った。

人は、見た目が8割。

昔、母親から

靴を踏まない様に。
ポケットに手を入れない様に。
身だしなみをちゃんとしなさい。

と、口うるさく言われた意味が
ようやく良く分かった気がした。

本物になりたいなら本物に触れること。

現在でも名車と言われるZ2を乗ったことは
20年経った今でも僕の中での強い誇り。

そんな僕の目の前に
意外な人が飛び込んで来た!

あれーーーー!!!!!

それは以前、鳥取砂丘で乗っているバイクが
同じカワサキの750ccということもあり

意気投合して、しばらく一緒に走っていた
カワサキ750FXというバイクのオーナーさんだった。

こんな広い日本でまた会えるとは!!

こんな広い日本だもの、一度別れてしまったら
もう二度と会うことなんて絶対にないと思っていただけに
再び会えた偶然にもの凄い運命的なものを僕は感じた。

と、同時に
世の中に絶対はない!!
ということを僕は知った。

もしかしてこの人は
僕にとって運命の人なのか?

そう思った僕は

ヒゲもじゃでメガネという彼のその顔に

いやいや
やはり運命の人は素敵な女性でしょ!!(笑)


そんなことを思いながら
2台で走りながら今日の寝床を探し始めた。

やはり駅にしますか?
そうっすね!

そんな会話をしながら僕たち2台は
野宿の定番、駅に向かった。

駅に着くなり、何故か5,6人の男性が
待ってたよ〜
と手を振って待ってくれていて

(誰だよ?あんたら?)

と思いながらも彼らに近づくと
彼らも同じ一人旅のライダーたちで
駅で野宿しようと集まって来た連中だった。

考えることは皆一緒なんだ。(苦笑)

一人旅も皆が集まればチームじゃん。

そう言えば、走っている時以外に
一人でいることって案外、少なくて
いつも誰かと一緒だった気がする。

考えてみれば1億2千万人もいる
この島国で一人になんかなれる訳がないと思った。

この世にいる限り
一人っきりだと思い込むことは出来ても

本当に一人っきりになることなんて
それは不可能なんだって
今回の旅が僕に教えてくれた。

全国各地から集まったメンバーと
自販機で買った缶ビールで乾杯をし
一夜限り限定の楽しい夜を過ごした僕は

翌朝、早朝から再び走り出し大分、熊本と
一気に九州各地のラーメンを食べ歩いて行った。

その結果、導き出した僕の答えは
紛れもなく

どの土地のラーメンも
めちゃめちゃ美味いっ!!


という事実だった。

それぞれにそれぞれの良さがあるラーメンたちに
グルメ雑誌の様に簡単にランキングを付ける様な
ナンセンスなことは僕には出来ず

今でも僕にとっての九州ラーメンは全てがNo.1。

でも本当はラーメンの味よりも
“こんな大変な思いをしてまで食べに来た”
という思いが、僕にとってのNo.1だった気がしている。

どの味を食べるか?よりも
どの様な思いで食べるのか?

それが自分にとって本当の味を決めるんだ
ってことを僕は体で学んだんだ。














posted by Morii at 18:55| 日記