2012年08月31日

バイオグラフィーBLOG 54

当時日本一、いや世界一とまで言われた大企業で
名もなき一社員として嫌々働き続ける道をあっさりと諦め

夢と希望に満ち溢れた未知なるチャレンジを選んだ僕は、
周りの予想通り、見事、木端微塵に吹っ飛ぶこととなってしまった。

まさに豪華客船の下働きから
小さいながらもモーターボートを手にしたものの、
あえなく沈没って感じ。

物欲で満たされていたハズだった僕の身の回りは
気が付けば何もかもがなくなり、到底お金にはならない
最小限の手荷物と、ポケットには少々の小銭という有様。

情けない程に丸裸にされてしまった僕だったけど、
有難いことに物欲が満たされていたことだけが
せめてもの救いだった。

不思議なもので人間というものは
一旦、物欲が心から満たされていると
たとえ今がどんなに物質的に貧しい状態だったとしても
それほど苦痛には感じられないことを僕は知った。

確かに失敗は辛いことかも知れない。

何もかもがなくなってしまった今のこの状況は
けっして喜べるものではない。

だけど大きな失敗を経験するまでの間に
十分なほどに物欲を満たし、

そして満足感、優越感、幸福感、充実感、存在感、
そして仲間の有難さを味わえていたことは、
お金では買うことが出来ない何事にも代えがたいものだった。

あに頃僕は、周りの誰よりも物質的貧しさを
感じていたのかも知れなかったけど
周りの誰よりも精神的豊かさだけは感じていたんだ。

昔から「気持ちが大事」なんてことを
聞かされていたけどホントそうなんだって思えた。

辛く苦しい時だったけど、それまでに蓄えていた
そんな前向きな感情や気持ちが僕を救ってくれたのかも知れない。

それまでずっと物質的貧しさこそが、
そのままイコール精神的貧しさに直結するものだと
思っていたけど、けっしてそうではないことを
僕は身を持って体感したんだ。

負け惜しみに聞こえるかも知れないけど
いろんな経験が出来て精神的には満たされていたんだ。

「今」という目の前の結果だけを見れば
まさにお手上げだけど、でもここにたどり着く
それまでのプロセスを見れば、プラスの面だって
ない訳じゃないんだ。

いくら物質的には豊かでも、毎日の様に「当たり前」を感じ、
常に不平不満を口にしながら過ごしていた、そんな
毎日に比べれば、精神的にはきっと良かったんだと思う。

厳しい状況は、一切の「当たり前」をなくし
「当たり前」がなくなった途端、不平不満は
次第に出なくなって行くのがわかった。

いや、正確には、
出そうにも出せないのが
ホントのところかも知れないけれど。

「当たり前」をなくすということ。
それが「感謝」を生み出すことなんだって僕は知ったんだ。


「物質的豊かさ」と「精神的豊かさ」

人生においてどちらが大切なのかと聞かれれば、
あの頃の僕は迷うことなく後者を選んだに違いない。

物質的にはどんなに貧しくとも
精神的に豊かであれば、きっとどんな困難も乗り越えられる。

逆に物質的にはどんなに豊かでも
精神的に貧しければ、それは幸せとは
呼べないんじゃないかって思えた。

だから何よりも精神的豊かさが大事なんだと思う。

でも待てよ!

その精神的豊かさを作り上げるのは
まず物欲を満たすことにあるなのなら
やっぱ「物」は大事ってことになる。

小学生の頃、「卵が先か?鶏が先か?」で
友達と白熱の議論をしたことがあったけど、
結局、両者共に決定的な答えを出せず、

最終的には

「どちらが先でも、え〜やん」

で終わったことを思い出した。

つまり、結果的にはどちらも大事であり
言い換えれば、何もかも大事ってことになる。

成功だけでは人の痛みはわからない。
かと言って失敗だけでは幸せは感じられない。

どちらも大事。

やっぱ、これが真の正解なんだ!

つまり、つまり
この世にあるもの、自分に起こることは
全て大事なことなんだ!!

それまでの僕には綺麗事にしか聞こえていなかった
有難いお話の数々が、本当に「綺麗な事」だったんだと
初めて思えて来た瞬間だった。

今、僕の目の前にあるこの大きな失敗には
大きな意味があり、必ず必要なものなんだ。

神様はそんなに意地悪じゃない!

神様は何の意味もなく、ただこんな仕打ちをするのではなく
何か大きな意味あるからこそ、目の前のこの大きな失敗を
僕に呼び寄せてくれたんだ。

きっとそうなんだっ!
そうに違いないっっ!!

それまで「神様」なんてことを
考えたこともなかったくせに
困った時だけ、ホント、都合のイイ性格だ・・・(苦笑)


あの頃僕は、超スーパーポジティブだったのか
それとも単なる現実逃避だったのかは定かではないけれど
いずれにしても前向きだったことだけは確かなことだった。








posted by Morii at 09:34| 日記

2012年08月29日

バイオグラフィーBLOG 53

意気揚々と脱サラを決行し
新しく生まれ変わった僕の夢の様な生活は
2年ももたずしてノックアウトされてしまった。

ボクシングで言えば、2R、TKO負け。

世界戦だと思っていた僕のリングは
蓋を開ければビギナー専用、
観客もまばらな、まさに4回戦の会場だった。

敗因は、若さゆえか、あまりにも
何も考えない行動にあったのかも知れない。

冷静になって考えれば無理がある。

どれを取っても無理がある。

いや、全てにおいて無理があったとしか言い様がない。

だけど、もっと時間をかけて
冷静に考えていれば、成功していたのか?

と、自分自身に問いかけてみても
答えはNOに違いない。

もしも時間をかけて冷静に考えてなんていたら
まず間違いなく行動なんて出来なかったに違いない。

もしも冷静に考えてなんていたら
出来る要素なんて何一つ見つからなかったに違いない。

出来る要素なんかじゃなく
やりたい気持ちだけを考えていたんだ。

行動を起こす前には何も考えていなかったと思う。

いや、正確には
楽しいこと、成功するイメージしか
考えていなかったんだと思う。

失敗すること、最悪の状況なんて
1ミリも考えてなんていなかった。

そんな世界がこの世に存在しているなんて
これっぽっちも思わないほどに
ポジティブなイメージだけだった。

だからこそ
「未知なる行動」を起こせたんだと思う。

いろいろなんて考えていなかった。
ホント、甘かったんだと思う。

だけど、失敗したその瞬間から
僕の「考える人生」は始まったんだ。

なぜ失敗したのか?
何がいけなかったのか?
何が足らなかったのか?
何が必要で、何が不必要だったのか?

自分の長所と短所はどこにあったのか?
世間の評価はどうだったのか?

仕事とは?働くとは?
経理とは?そして経営とは??

誰が本物で、誰が偽物だったのか?
誰を信用し、誰を信用してはいけなかったのか?

どうすれば良かったのか?
あの時、どうすべきだったのか?

「考えるということ」

20年経った今でも
それは変わらない。

僕は「失敗」という重い十字架を背負うことと引き換えに
「考える」という哲学を手に出来たのかも知れない。

今だけを見れば、確かに誰が見ても
間違いなく「失敗」なのかも知れない。

過去は過去で、事実は事実。

過ぎ去った過去や、起こってしまった事実を
どう悔やんでみても誰も変えることなんて出来やしない。

でも本当の失敗とは
失敗を失敗のままで終わらせてしまうこと
なんだと思うんだ。

本当に大切なのは
この失敗から何を学び、
どう活かすことが出来るかなんだと思うんだ。

過去を変えることは誰にも出来ない。
だったら未来を変えるしかない!!

大きな失敗を経験してしまった今、

このまま下を向いて自信なくつまらない人生を
過ごした時、初めて「真の失敗」が確定するんだ。

まだ決まった訳じゃない!
真の評価は未来が決めるんだ!!

大きな失敗を経験してしまった今の僕に
唯一残されたたった一つの道は、

何としても夢と希望に満ち溢れた
明るく楽しい人生を歩むことだけだった。

“今だけじゃなく
これからの僕も見て欲しい”

この最悪の状況下の中
そんなセリフを誰に言える訳でもなく

“頑張れ自分” “負けるな自分”

と、自分で自分を励ましながら

何の望みも感じられない“今”を
僕は懸命に過ごしていたんだ。

posted by Morii at 16:55| 日記

2012年08月27日

バイオグラフィーBLOG 52

前だけを見ていた。

いや、あの頃の僕は
夢だけを見ていたのかも知れない。

失敗するイメージなんて全然わかなかった。

いつだって楽しいこと、楽しくなることしか
考えていなかったと思う。

失敗する直前まで
「楽しいこと」だけを考えていたんだ。

いや、失敗してからも楽しいことだけを
考えていたのかも知れない。

あの頃の僕は疑うことを知らず、
何でも「はい」と全てを受け入れていた。

何もかもわかっていたつもりだったけど
本当は何も分かっちゃいなかったんだ。

正しいことと、間違ったこと。
出来ることと、出来ないこと。

“それ”を
分けることが出来なかった僕は

本当は何が正しいのか?
今、何が出来ないのか?

自分の中でそれを
分けることが出来ていなかったんだ。

それが失敗の原因。

人はそれを「経験のなさ」と
呼ぶのかも知れない。


流れていたのか?
流されていたのか?

あの頃、勢いだけで流れに乗っていた僕は
周りの「スゴイ」という視線に有頂天だった。

昔の会社のメンバーたちも
たくさん食べに来てくれ
パーキングはド派手なシャコタンで一杯だった。

他のお客さんが恐がるから
頼むからそんな車では来ないでくれよ〜

と、内心本気で思っていたことが
懐かしい。

近くの野球部の高校生たちが
いつも部活帰りにたくさんで来てくれ
「大将!俺、大盛りで!!」「俺も」「俺も!」と
威勢よく注文してくれることがホント嬉しかった。

毎日食べに来てくれる常連さんたちとの会話にも
余裕が出始め、何もかもが上手く行っている様に思えていた。

女子校生や女子大生をバイトに雇い
シルバーのメルセデスと真っ赤なオープンカーを手にし
まだ若干20代の僕は、青年実業家きどり。

あらゆる物で満たされた僕は
心の中で物欲が満たされて行くのを
リアルに感じられたことが今でも忘れられない。

ただ上手く行くだけの人生なんて
この世にはないもの。

良い時があれば、
必ず悪い時だってあるのが
人生ってもの。

得る物があれば、当然
失うものもある訳で

こんな日々がこれからもずっと続くと
思っていた僕の毎日は、ある日を境に
あっさりと180度変わってしまうことを余儀なくされてしまう。

料理は出来た、接客も出来た
掃除もしたし、何とか人も扱えた。

営業も出来たし、真面目に休むことなく
朝から晩まで一生懸命取り組み
出来ることは出来る限り頑張った。

でも経理がまるっきりダメだった。

現場で頑張ることと
「経営」することは全く違うことを
僕は身を持って知ったんだ。

仕事をすることと、働くこと。
そして経営することは全て違ったんだ。

同じ様に思えるこの3つは
どれも全く違う性質のものだったんだ。

僕が必死に頑張ってしていたことは
経営ではなく、きっと仕事だったんだ。

あの頃の僕は、頑張って
働くことは出来たのかも知れない。

でも経営するなんてことは
まだ到底出来なかったんだ。

商売の厳しさや
経営の難しさとか言う前に
自分の未熟さと愚かさを思い知らされた。

確かにビジネス的には
失敗だったのかも知れない。

でもそんな経験の中でこそ
見つかる本当の自分と出会えたことは
何事にもかえ難いものであり
20年経った今でも貴重な財産と言える。

ただ僕の夢の様な生活は、ある日を境に
他の周りの人たちに多大な迷惑をかけ
それまでとは真逆の方向に進むこととなった。

ただただショックだった。

恥ずかしくて、情けなくて
ただただショックだった。

失敗したということよりも
信じてくれ応援してくれた人の
期待を裏切ってしまったこと。

それがマジ辛かった。

あの頃の僕は
人生で一番のどん底だったかも知れない。

でも心の中だけは
いつも楽しい方、楽しい方へと
向いていたことだけを覚えている。

確かに悲しく辛いことかも
知れない。

でもどん底の時に心まで悲しい方へ悲しい方へと
向かっていたら、きっと生きていけないと思う。

誰かに、怒られても、泣かれても
慰められても、きっと辛かったと思う。

そんなブルーな時は
あえて誰の声も聞かず
自分自身とだけ向き合い

ただただ自分の中で
楽しい方へ楽しい方へと
考えるに限る。

一瞬、ほんの一瞬だけど
生きてても意味がないんじゃないか!?
いや、生きてる価値なんてないんじゃないか!?

ふと沸き起るそんな思いを掻き消しながら
少しでも楽しい方へ楽しい方へと
自分を持っていったんだ。

あの頃の僕は、ホント辛かった。

だけどそんな過去があり
現在(今)がある訳なんだから

長い目で見れば
今だけで全てを計ったりなんてことを
してはいけないと思う。

今、どんなに辛く苦しくても
未来まで辛く苦しい訳じゃない。

今の失敗は未来では貴重な経験に変わるんだ。

だから絶対に今だけの失敗で
人生の全てを評価なんてしてはいけないんだ。

あれから20年経った今
これだけは言える。

過去が未来を決めたりしない。
いつだって今が未来を創るんだ!

これは失敗なんかじゃなく
ナイストライなんだ。

絶対にこのままでは終わらない。
いつかきっとこの借りは返すんだ!!

そう懸命に言い聞かすことで
折れそうな心を必死に繋ぎとめている
僕だった。



posted by Morii at 23:43| 日記