2012年10月15日

バイオグラフィーBLOG 61

何もかも失い、読書づけの毎日の僕の耳に
ある知人がフェラーリーを購入したとの情報が入った。

ふぇ・・・フェラーリー!?

フェラーリーと言えば夢のまた夢。
一生かかっても手に届かないであろう
イタリアが生んだ憧れの超高級車。

そんな高級車を手に入れるヤツが
こんな近くにいるなんて!?と

その噂を確かめるべく
僕は母親のママチャリを借り
即行で駆けつけたんだ。

ママチャリとフェラーリーなんて
えらい違いやな!!
なんて一人で突っ込みながら

息を切らして到着した僕は
開口一番

フェラーリーを買ったって
聞いたんだけど・・・ホント!?

ああ。見てみるか?

と、突然の訪問にも関わらず
快くガレージに案内してくれた彼の
真っ赤に塗られたイタリアンレッドの
その優雅なボディーが余りにもまぶし過ぎて
開いた口がふさがらなかったことを今も覚えている。

当時、コルベットを改造した
レプリカモデルが流行っていた時代、思わず

本物か?

と、疑いたくなるほどだった。

考えてみれば、10代の頃、僕たちが
給料の大半をつぎ込み車高を低くしたり、
タイヤを太くしたりと懸命に改造していたのは、
確かに目立ちたいって気持ちもあったけど
少しでもあのフェラーリーに近づけたかったからに他ならない。

その本物のフェラーリーが目の前に・・・

レプリカでもなく、ましてや
国産のシャコタンでもなく
本物のフェラーリーが目の前に。

良かったら乗ってみるか?

という思ってもみない超有難いお誘いを
断る理由もなく、僕は遠慮なく即行で
助手席にもぐり込ませてもらうことに。

生まれて初めて座る
フェラーリーの座席。

そのあまりにも低過ぎる車高に、思わず

ひ、低っー!!

さすがにここまで低くて狭い車内だと
ホント走る以外何も出来ないな・・・なんて(苦笑)
そんな現実的なことを思いながら

車内での会話も困難なほどの爆音を轟かせ、
車なのかバイクなのか分からない大迫力のエキゾーストを
体中にビンビンと感じながらジェットコースターの様な
スタートダッシュに

これがあの夢にまで見たフェラーリーなのか!?

と、しみじみと実感させてもらった。

運転してみるか?

と言うせっかくのお誘いを

いやいや、ぶつけたらシャレになりませんから、と
丁寧にお断りすると同時に、ふと、過去の自分を思い出し

この時ほど「身の丈を知る」という言葉を
思い知ったことはなかった。

確かにフェラーリーは
すごい車かも知れない。

だけど、いくら車がすごくても
ドライバーである本人もそれと同じだけ
スゴイのかと言えば、それとこれとは別問題。

長淵剛主演のドラマ「とんぼ」が大ブレイクしていたあの頃
シルバーのメルセデスは、若干20代の僕の評価を大きく変えた。

でもそれは明らかに僕の評価ではなく
あくまでメルセデスという高級車への評価に過ぎない。

他人は騙せても
自分で自分を騙すことなんて
誰にも出来ない。

たとえどれだけ車が変わっても
あくまで変わったのは乗っていた車であって
運転技術も含め、僕の中身は何一つ変わってなんていなかった。

当たり前の話だけど、車種と人格が
必ずしも比例している訳じゃないということを
僕は身を持って証明したんだ。

僕自身がそうだったから言える。

高級車に乗っている全ての人が必ず高級ではないし
名車に乗っている全ての人が名人って訳でもないって。

中身の伴っていない高級志向は
いつか身を滅ぼす道具でしかないぞ!

人生で大切なのは、
いかに高級を手にするかなんかじゃなく
いかに高級が似合う様になれるかなんだ!

真っ赤なフェラーリーが優しく
僕にそう語りかけてくれている気がしたんだ。

深々と礼を言って帰る
その帰り道

太ももの筋肉を力いっぱい使い
風を切り全速力で走るママチャリに
何とも言えない心地良さを感じながら

「身の丈を知る」

この時ほど、この言葉が
身に染みたことはなかった僕だった。


















posted by Morii at 16:54| 日記