2013年09月10日

no-title

20130902_171538.jpg美容院に飾ってもらう
ボード作品が完成しました!

笑顔は
辛い時を
乗り越えるために
あるんだ!!
posted by Morii at 15:03| 日記

2013年06月02日

バイオグラフィーBLOG 64

人生とは本当にわからないもので
たまたま始めたこの居酒屋でのバイトの
一番の収穫は、偶然、座敷で出会った旧友との
懐かしい再会だった。

ようやく仕事にも慣れ、いつもの様に
威勢よく生中を運んでいる僕の足が、
突然、誰かに

パシッ!

っと叩かれた。

一瞬、何で!?
何故いきなり叩かれるの!?

そう思いながら、足元に座っている
お客さんの顔に目を向けると

何とそれは
小中とずっと仲の良かった
友達との再会が待っていた。

おー!!久しぶりー!!!

何年振りだろう?

ホント、久しぶりの再会に
心から嬉しく思えたんだ。

両手いっぱいに生中を担いでいる
僕の足元の座敷に座り
額に汗して働いている僕の顔を
下から見上げながら

い、一体こんなトコで
何やっとんの!?

ま、まぁいろいろあってねぇ〜(苦笑)

それが、数年ぶりに再会した彼との
ファーストコンタクトだった。

全く予想だにしていない突然の再会に、
人生は、いつ・どこで・何が起こるかなんて
本当に分からないってことを僕は知ったんだ。

卒業後、数年間もの間
音信不通だったにも関わらず
この偶然の再会をきっかけに
その後、数年間にも渡る、長い長〜い付き合いが
スタートするとは、この時はまだ知るよしもなかった。

この時、僕は思ったんだ。

決して今日は
昨日の延長なんかじゃないってことを。

昨日までは全くなかったことが
今日にはあっさり起こってしまう。

それが「今日」なんだ。

今日という日を昨日の延長にしてしまえば
今日という日に奇跡(ミラクル)は起こらない。

たとえ、昨日は何も起こらなくても
今日こそは何かが起こるかも知れない。

それが、「今日」なんだ。

決して今日は、昨日の延長なんかじゃないんだ!

何だかんだあって結局、そう長くは続かなかった
居酒屋でのバイト。

ただ、ここで得たものは
接客技術でも、料理法でも、経営理論でもなく
間違いなく数年ぶりの再会を果たした彼との出会いだった。

時間にしてわずか1分。

ほんの一瞬の彼との出会いが
その後の僕の人生を大きく変えてくれたんだ。

良くも悪くも
人生とは出会いで大きく変わるもの。

だけど、ただ人と人が会うことを
「出会い」とは言わない。

人と人が会うことで
ドラマが始まることを
「出会い」ということを僕は知ったんだ。

一瞬の素晴らしき出会いが
一生ものの出会いに変わる。

バイトが終わり、速攻で
彼の部屋に飛び込んだ僕は
さっきまでの仕事の疲れもすっかり忘れ
朝が来るまで二人で語り合ったんだ。





posted by Morii at 19:17| 日記

2012年11月26日

バイオグラフィーBLOG 63

無理をしない、背伸びをしない。
大きく見せない、プライドを持たない。

ただ、
今出来ることを精一杯

それを相言葉に
僕の新しい一歩は始まった。

“働こう”

まさにリスタート。

ゼロからのスタートを始めた僕は
手っ取り早く求人募集の紙を頼りに
居酒屋でバイトを始めたんだ。

3人の高校生を先輩に
4人のチームでオーダー係りを
任された僕は

仕事の仕方をいちいち先輩高校生に
聞きながら、一歩一歩前に進んで行った。

人生のリスタートを切って
初めてのバイトだからって訳ではないけど
この時の扱いの悪さは今でも忘れられない。

分からないから聞くしかない僕にとって
高校生だろうと何だろうと先輩は先輩。

ただイチイチ聞いてくんなよ!的な
高圧的な態度を取られると
こちらとしては非常に困る。

高校生相手にヘラヘラと
教えを乞う僕に

年上なんだから自分で考えろよ!
いい年して何やってんだよ!
情けねぇーヤツだなぁ〜

的な、態度を取られ

悔しいやら
腹が立つやら
情けないやらで

時々、キレそうにもなったけど
よくやく人生のリスタートを切ったのに
いきなり喧嘩してクビだなんて
どんなけ迷惑かければ気が済むんだ!?

と思い直し

これも身から出た錆。
全て自分が撒いた種なんだと思い
笑顔でグッとこらながら

あの〜
サワーの作り方の分量って
いくつでしたっけ〜
すんませ〜ん!覚えが悪くて〜

と、笑顔で教えを乞う僕は

ホント、使えねぇ〜ヤツだなぁ〜
的な扱いにもめげることなく
人生のリスタートを切ったんだ。

腹の立つこと。
思い通りに行かないことに
出会うごとに

身から出たサビサビ〜♪
自分で撒いた種種〜♪

と乗り越えて行ったんだ。

でも良く考えたら
僕が周りのみんなに与えた迷惑は
こんなものじゃなかったハズだ。

だからこんな小っちゃなことで
腹を立ててること自体、
ナンセンスなことに気づいた僕は、

むしろ高圧的な態度を取られるごとに
有難く感じられる様になって行った。

そんな日々が数か月続いたある日の夜
3人組の高校生の内の一人がそっと僕に近づき

生意気で偉そうな態度を取って
すみませんでした。

と、謝って来た。

予期せぬいきなりのことに
驚いた僕は、

急にどうしたの?

と、よくよく話を聞いてみると

俺が逆の立場だったら、年下のヤツに
こんな態度を取られたらすぐにキレるか
仕事をやめているに違いないと思うのに
あなたのいつも笑顔で元気で、
前向きな態度を見ていたら、何だか
自分が情けなく思えて来て・・・

と、謝って来たんだ。

いやいや、仕事を教えてもらっているのは
こっちの方だし、年齢は関係ないし、
別に謝る必要はないと思うけど・・・

そんなことがあってから
その高校生とは仲良くなり
優しく仕事を教えてもらえる様になったことで
僕の仕事はドンドンはかどって行った。

どんなに仕事を教えてもらっても
そこに愛情や人間関係がないと
仕事は上達しないことを僕は身を持って知ったんだ。

へい!生中4つ!
お待たせしましたっ!!

いつもの様に
威勢よく座敷にオーダーを
運んで行った僕に
運命的な出会いが待っていたんだ。

おー!!!
久しぶりー!!!!

この出会いが後の僕の人生を
よりエキサイティングなものに変え様とは
この時はまだ、知るすべもなかったんだ。





posted by Morii at 17:01| 日記

2012年11月05日

バイオグラフィーBLOG 62

「身の丈を知る」

真っ赤なフェラーリーが教えてくれた
この言葉の意味を身を持って体感することで

大切なのは

背伸びしてまで無理をすることじゃなく
今の自分らしくいることが一番なんだと
思える様になったんだ。

良い時は良いし
悪い時は悪い

今現状の自分の置かれた状況を
もっと素直に受け入れることが大事。

どんなにこうしたいっ!!
どんなにこうなって欲しいっ!!

と願ってところで
思う様になる訳じゃない。

だったら自分が合わせちゃえば
いいんじゃない!?

今、目の前の状況を素直に受け入れることで
次第に「良い悪い」という評価がなくなって
来るのがわかった。

大切なのは

自分で自分を「良い悪い」という
わずか2つの中からたった1つの評価をすることではなく
そこから何を学び、次にどう活かすことが出来るかなんだ。

身の丈を知ること。
それは、今の自分を知ることとで
それは自分の愚かさを知ることなんだ。

愚かさを知る・・

つまり、自分の失敗を素直に認めること。

自分の失敗を素直に認めることは
難しいことかも知れない。

ただ、真っ赤なフェラーリーを目の当たりに
認めざるを得ない自分がいたんだ。

失敗を認めることは
勇気がいることかも知れない。

でも失敗を素直に認め
愚かさを素直に認めることで
勇気を持って挑戦した自分自身をも
認めることが出来たんだ。

大切なのは「身の丈を知ること」。

それは今の自分に正直でいること。

それは決して恥ずかしいことなんかじゃない。
無理して背伸びして周りに迷惑をかけること
それが本当に恥ずかしいことなんだと僕は思った。

今の僕にとっては
超高級車に乗って過ごす時間よりも
歩いたり自転車に乗って移動している
時間の方がよっぽど快適だった。

あれ程カッコ良く思えたフェラーリーを
それ程カッコ良く思えなかった自分自身に
ほんの少しだけど成長を感じることが出来たんだ。






posted by Morii at 07:04| 日記

2012年10月15日

バイオグラフィーBLOG 61

何もかも失い、読書づけの毎日の僕の耳に
ある知人がフェラーリーを購入したとの情報が入った。

ふぇ・・・フェラーリー!?

フェラーリーと言えば夢のまた夢。
一生かかっても手に届かないであろう
イタリアが生んだ憧れの超高級車。

そんな高級車を手に入れるヤツが
こんな近くにいるなんて!?と

その噂を確かめるべく
僕は母親のママチャリを借り
即行で駆けつけたんだ。

ママチャリとフェラーリーなんて
えらい違いやな!!
なんて一人で突っ込みながら

息を切らして到着した僕は
開口一番

フェラーリーを買ったって
聞いたんだけど・・・ホント!?

ああ。見てみるか?

と、突然の訪問にも関わらず
快くガレージに案内してくれた彼の
真っ赤に塗られたイタリアンレッドの
その優雅なボディーが余りにもまぶし過ぎて
開いた口がふさがらなかったことを今も覚えている。

当時、コルベットを改造した
レプリカモデルが流行っていた時代、思わず

本物か?

と、疑いたくなるほどだった。

考えてみれば、10代の頃、僕たちが
給料の大半をつぎ込み車高を低くしたり、
タイヤを太くしたりと懸命に改造していたのは、
確かに目立ちたいって気持ちもあったけど
少しでもあのフェラーリーに近づけたかったからに他ならない。

その本物のフェラーリーが目の前に・・・

レプリカでもなく、ましてや
国産のシャコタンでもなく
本物のフェラーリーが目の前に。

良かったら乗ってみるか?

という思ってもみない超有難いお誘いを
断る理由もなく、僕は遠慮なく即行で
助手席にもぐり込ませてもらうことに。

生まれて初めて座る
フェラーリーの座席。

そのあまりにも低過ぎる車高に、思わず

ひ、低っー!!

さすがにここまで低くて狭い車内だと
ホント走る以外何も出来ないな・・・なんて(苦笑)
そんな現実的なことを思いながら

車内での会話も困難なほどの爆音を轟かせ、
車なのかバイクなのか分からない大迫力のエキゾーストを
体中にビンビンと感じながらジェットコースターの様な
スタートダッシュに

これがあの夢にまで見たフェラーリーなのか!?

と、しみじみと実感させてもらった。

運転してみるか?

と言うせっかくのお誘いを

いやいや、ぶつけたらシャレになりませんから、と
丁寧にお断りすると同時に、ふと、過去の自分を思い出し

この時ほど「身の丈を知る」という言葉を
思い知ったことはなかった。

確かにフェラーリーは
すごい車かも知れない。

だけど、いくら車がすごくても
ドライバーである本人もそれと同じだけ
スゴイのかと言えば、それとこれとは別問題。

長淵剛主演のドラマ「とんぼ」が大ブレイクしていたあの頃
シルバーのメルセデスは、若干20代の僕の評価を大きく変えた。

でもそれは明らかに僕の評価ではなく
あくまでメルセデスという高級車への評価に過ぎない。

他人は騙せても
自分で自分を騙すことなんて
誰にも出来ない。

たとえどれだけ車が変わっても
あくまで変わったのは乗っていた車であって
運転技術も含め、僕の中身は何一つ変わってなんていなかった。

当たり前の話だけど、車種と人格が
必ずしも比例している訳じゃないということを
僕は身を持って証明したんだ。

僕自身がそうだったから言える。

高級車に乗っている全ての人が必ず高級ではないし
名車に乗っている全ての人が名人って訳でもないって。

中身の伴っていない高級志向は
いつか身を滅ぼす道具でしかないぞ!

人生で大切なのは、
いかに高級を手にするかなんかじゃなく
いかに高級が似合う様になれるかなんだ!

真っ赤なフェラーリーが優しく
僕にそう語りかけてくれている気がしたんだ。

深々と礼を言って帰る
その帰り道

太ももの筋肉を力いっぱい使い
風を切り全速力で走るママチャリに
何とも言えない心地良さを感じながら

「身の丈を知る」

この時ほど、この言葉が
身に染みたことはなかった僕だった。


















posted by Morii at 16:54| 日記

2012年10月04日

バイオグラフィーBLOG 60

わかり易い形で多くの物を失った僕は
そのお蔭で手に出来た多くのモノに気づくことが出来た。

と、同時に

わかり易い形で多くの物を手にしていた僕は
わかりにくい形で多くのモノを失っていたのかも
知れないことに気が付くことが出来た。

コーラを手に入れるには100円を失い
100円を失うことで喉の渇きを潤す快感を
手に入れているんだ。

何かを手にすることは
何かを失うことであり

何かを失うことは
何かを手に出来ること。

これが「絶対の法則」

100%手にするだけのこともなければ
100%失うだけのことだってないハズ。

大切なのは、手に入れた裏に隠れている
失ったモノに気づき

失ったことの裏に隠れている
手に入れたモノに気づくことなんだ。

昔から失敗は成功のもとって
言うぐらいなんだから

100%の失敗なんてこの世に存在しない。
いつだって失敗は50%止まりなんだ。

ただ懸命に探したけど
「莫大な時間」以外に中々見つからない。(汗)

そんなことはないハズっ!!

さらにさらに懸命に探すことで
僕は見つけたんだ。

元気で健康な体、そして感性豊かな心
誰にも負けない情熱と、好奇心旺盛なやる気のスイッチ☆

本を読み理解する理解力
文字を書く力、イラストや似顔絵を描く力

好き嫌いなく何でも美味しく食べれる味覚。

何よりも誰とでも一瞬で打ち解けられる
コミュニケーション力!

あるじゃん!!

それまで外に外に探してばかりいたけど
もっと内に内にってベクトルで探してみることで
それまで意識していなかった自分の能力に
目を向けることが出来た僕は

一層、自分で自分が好きになった。

失敗とは上手く行かなかった出来事のことであり
失敗者とは、そこから何も学ばない者のことなんだ。

つまり、僕は失敗はしたかも知れないけど
まだ失敗者と決まった訳じゃない!

そこから学び、気づき、今日というこの日を境に
素晴らしい未来を手に入れることが出来れば
それは失敗とはならない。

今という現在だけで全てを決めるなんて
冗談じゃない!!

今現在を作ったのは過去かも知れない。
でも未来を創るのは今なんだ!!

今はまだ失敗の仮契約に過ぎない。

誰も上げてくれないから
そうやって自分で自分のテンションを上げながら
僕は懸命に未来のへのエネルギーを蓄えていたんだ。

失った物だけに目を向けるのではなく
手に出来たモノだけに意識を向けることで。











posted by Morii at 06:58| 日記

2012年09月18日

バイオグラフィーBLOG 59

中学を卒業してから、ずっと離れていた
地元での暮らしがゆっくりだけど始まった。

正直、もう二度と母親の手料理を
食べることなんてないだろうと思っていただけに
母親の作る手料理に何とも言えない気持ちだった。

お蔭で三度の食事に悩むことはなくなったけど
改めて何もかもなくなったことに気が付く。

昔から「シンプル イズ ベスト」
なんて言うけれど

シンプル過ぎるのもどうかな?

と思える程に僕はシンプルだった。

あの頃の僕はホントに多くの物を失った。

でも失ったのは
誰の目にも見える「物」であり、

目では見えない大切な「モノ」まで
失うことはなかったんだ。

むしろ失った多くの物と引き換えに
手に出来たものだって少なくなかった。

その一つに「時間」。

当たり前かも知れないけど
1日は24時間で1年は365日ってことは
世界の誰にも共通する唯一の共通事項だ。

だけどそれまで朝から夜遅くまで
必死に働いていた僕にとって
1日は一瞬で、1年はあっと言う間だった。

でも今は1日が長い。
とてつもなく長く感じられる。

物理的に考えれば1日24時間ということは
変え様のない事実かも知れない。

でも何なんだ!?
この時間の流れる速度の違いは!?

やることが多過ぎた頃はドライブする時間もない程に
24時間はあっと言う間に過ぎ去って行った。

だけどやることがなさ過ぎると
1時間はこんなにも長く感じられるってことを
僕は知ったんだ。

息つく暇もない程、忙しい毎日に
今の今まで「時間」なんてものを
意識したことはなかったけど

改めて「時間」というものを
意識してみることで時間は感覚なんだと思った。

1分は60秒という事実は変えられない以上
一瞬に感じるのも、ゆったりと感じるのも
自分の感覚でしかない。

どんなに莫大な時間であっても
それを一瞬に感じてしまえば
それは「一瞬」の時間でしかない。

反面、たとえわずかな時間であったとしても
長く長く感じられればそれは「長い時間」と言える。

時間、それは自分自身の感覚なんだ。

「目に見える多くの物」&「忙しい毎日」と引き換えに
僕は目に見えない「時間」を手に入れたんだ。

ただ手に入れた時間を使わないと
それは退屈という苦痛に変わってしまうことを
身を持って体感した僕は

悩んだ挙句、その莫大な時間を「読書」と
交換することにしたんだ。

この時、初めて時間と交換するという
感覚を身につけた気がしたんだ。

読書なんて聞こえは良いけど、でも実際は
有り余る時間を使いこなすには読書でも
するしかなかったんだ。

どうせやることがないのだったら・・・
そんな気持ちで読み始めた一冊の本が、

二冊、三冊となって行き、
気が付けばたくさんの本と出会うこととなった。

後にも先にもこれ程まで集中して読書だけに
時間を使えたことはなく、この時期、膨大な量の
本を読むことが出来たのは人生においてホントラッキーだった。

また当時、本を買う余裕のなかった僕は
今ある本、借りる本、もらう本と、
お金をかけずに読むことが必須条件だったため

「自分の好み」や「先入観」が一切なく
手に出来た全ての本を読めたのも良かった。

だって事実、難しそう〜、つまらなそう〜
興味なさそう〜!!と思える本ほど良かったからね!

いかに自分の見る目がないかってことを
ここでも痛感させられたんだ。

そんな中で偶然、僕は運命の出会いを
果たすこととなったんだ。

それは司馬遼太郎氏の
「竜馬がゆく」との出会いだった。

以前から「龍馬」の名前は噂には聞いていたけど
どいつもこいつも坂本龍馬、坂本龍馬って
ホント、何やねん!!って感じだった。

だけど「竜馬がゆく」を読み続けて行く中で
僕は一気に龍馬フリークになって行った。

1巻の途中から夢中になり
2巻では一気にファンになり
ワクワクしながら一気に全8巻を読破。

日本の未来を考え、腐敗政治に立ち向かい
争いや武力ではなく知力と行動力を持って
新しい日本の突破口を築き上げたその勇敢な姿に

マジ、カッコイイぜえー!!!!
と胸が熱くなった。

いつか僕も龍馬みたいになりたい。
僕も龍馬みたいに熱く生きたい。

そう思えることで、くすぶっていたエネルギーが
僕の中で動き出して来たのがわかった。

時代は違うかも知れない。
でも何百年経っても変わらないことがあるんだ!

確かに時代の流れと共に変わらなくてはならないこともある。
でもどんなに時代が変わろうとも変えちゃいけないことがあるんだ!!

それは僕にとって生まれて初めて
「歴史」と出会えた瞬間だった。

「後ろは振り返らない」

そう思っていた僕にとって
中2で習った「歴史」の時間は
最高のリラックスタイムだった。

だけど、何故か西郷隆盛と坂本龍馬の
名前だけはよく覚えていたんだ。

よく分からないけど教科書に載るくらいなんだから
きっとすごい人なんだと思う。

でもそんなすごい人をわずか1ページで
紹介して終わっちゃうのって、どうなの??

〇〇の乱とか〇〇事件とかの紹介じゃなくてさぁ
もっとすごい隠された人生ドラマみたいなのって
ないのかなぁ〜

僕はそういったことが知りたいんだ。

学生時代、ずっとそう思っていた僕は、
こんな形で幕末の志士、坂本龍馬との出会いを
果たすこととなった。

過去を知ることが歴史じゃない。
過去を知ることで未来を読み解くことが
歴史だったんだ。

1冊の本が人生を変えることがある。
たった一人の生き様が、人一人の人生を
変えることだってあるんだ。

身を持ってそう体感した僕は

“いつか僕もそんな人になりたい”

そんなことを思いがら

有り余る莫大な時間を読書と交換することで
懸命に「退屈という名の苦痛」と戦っている僕だった。



posted by Morii at 09:10| 日記

2012年09月11日

バイオグラフィーBLOG 58

次々と湧き起って来る
いろんな感情と戦いながら、
この時、僕は感じたんだ。

もしかしたら本当のライバルは
自分の中にいる感情なんじゃないかって。

明日のことですら明日になってみないと
誰にも分からないハズなのに

「この先どうなるのだろう??」なんて
数年先の未来を思うたびに何とも言えない
「不安」が込み上げて来る。

そして何の問題も何のトラブルも
なさそうな人たちと比べるたびに

自分は何やってんだ!?と
焦ってしまう。

僕を苦しめているのは
他の誰でもなく、僕が生み出した
僕の感情なのかも知れない。

自分の思いとセットかのごとく
湧き起って来る感情は、ネガティブな思いに
比例してマイナスな感情を作り出していた。

そんな「焦り」や「不安」を感じることで
確かに精神的にはちょっと弱気だったけど

でも不思議と「怒り」だけは
湧き上がらなかったのが、せめてもの救いだった。

いや、正確には

怒りたくても怒れないって言うのが
ホントのところだったかも知れない。

だって失敗したのは
全て自分のせいなんだから。

誰が悪い訳じゃない。

友人、家族、お客さん。
僕の身の回りにいる全ての人は
本当に僕の成功を心から応援してくれていたんだ。

それなのに自分の未熟さやミステイクを棚に上げて
誰かのせいになんて出来る訳がなかった。

なぜ上手くいかなかったんだ?
どうして失敗したんだ?

そんな「怒り」は、これっぽっちも
湧き起ることはなく、

ただただ、申し訳ないって
気持ちでいっぱいだった。

だって上手くいかなったのは
あまりにも自分が未熟だったからだし

失敗したのは、見事なまでに
失敗すべきレールに乗っていたからに
他ならない。

なぜあの時、助けてくれなかったんだ?
よくも騙しやがって!

なんて気持ちは全然なかった。

だって助けてくれなっかたのは
自分が助けを求めなかったからだし

騙されたのは、騙されていることにも
気づいていなかったからに他ならない。

どう考えても悪いのは
全部自分だった。

そう思うことで「怒り」が湧き起るどころか
情けない、申し訳ないって気持ちでいっぱいだった。

誰が悪い訳じゃない。

それどころか、みんな本当に
応援してくれていたんだ。

これだけ完璧なまでに周りのみんなから
応援してもらっていたという確かな状況証拠がある以上、

誰かのせい、何かのせいにすることなんて
到底、出来る訳がなかった。

言い訳すら出来なかった。

100%悪いのは自分。

そう思うことで怒りのベクトルは
物でもなく人でもなく自分自身に向かうのがわかった。

周りを責めるどころか、それでも温かく見守って
くれている周りのみんなに申し訳ないって気持ちでいることで、

なぜか不思議と、

悔しいとか、情けないとか、腹立たしいとか、
湧き上がって来るそんなネガティブな感情たちが
僕の中で次第に向上心に変わって行くのが分かったんだ。

それまで前向きな感情こそが向上心を作り出すものと
ばかり思っていた僕は、本当はネガティブな感情こそが
向上心を生み出すのかも知れないと思えた瞬間だった。

一見すると、害に思われるネガティブな感情たちも
そのエネルギーを自分自身にぶつけることで
向上心というエネルギーに変わることを僕は知った。

大切なのは、感情というエネルギーの質じゃなく
感情をぶつける方向なんだ!!

もしもあの時
「俺は悪くない!!」と自分以外の
誰かのせい、何かのせいにしていたら

きっとネガティブな感情に支配され、
暴力や暴言に走り、罪のないたくさんの人を傷つけ
次第にやる気をなくし、いい訳だらけの毎日に
なっていたかも知れない。

次々に湧き起るネガティブな感情たちを
次々と味方にして行くことで、ネガティブな自分を
嫌いになることはなかった。

でも、そう思わせてくれたのは
周りの温かい気持ちであり、そこから
生まれた感謝の気持ちなんだと思う。

このままじゃ、終われないって。

愛と感謝という気持ちが
あの頃の僕を救ってくれたと思う。

「愛と感謝」なんて、それまでキレイ事にしか
思えていなかったセリフだったけど
こんなにまで偉大なものなんだって僕は初めて知ったんだ。

時々目にするカレンダーに書かれたそんな言葉にも
関心が持てる様になったのも、このことがきっかけだったかも知れない。


振り返ると

言い訳も出来ず、悪いのは全部自分と
思えたのは、確かに感謝の気持ちもあったと思う。

だけど、本当に大事なこと、本当に肝心なことを
自分で決めていたのが良かったんだと思った。

もしも、本当に重要なことを誰かに相談したり
本当に肝心なことを誰かに任せたりしていたら

きっと、それを言い訳にしたり、もしかしたら
それをその人のせいにしていたかも知れない。

だから、本当に大事なことは
自分で決めることが大事なんだと思う。

誰かのせい、何かのせいにしたって
何も始まらないし、何も変わらない。

大切なのはミスを認め、
その怒りを自分自身にぶつけること。

物事の上手く行かない原因を
全て自分のせいにすることで

湧き起るネガティブな感情たちは
次第に前向きなエネルギーに変わって
くれることを僕は初めて知ったんだ。

posted by Morii at 09:43| 日記

2012年09月06日

バイオグラフィーBLOG 57

数年ぶりに生まれ故郷に戻った僕は
何の肩書もない、正しく正真正銘の
「一個人」になってしまった。

豪華客船からモーターボート。
モーターボートから浮き輪。

その浮き輪ですら穴が開いてしまい
フニャフニャに空気が抜けてしまった
そんな気持ちに

心にポカンと穴の開いた様な感覚と
何とも言えない不安と焦燥にかられ

これからどうなるのだろう・・・

そんな気持ちでいっぱいだった。

時々、ネガティブな感情に
支配されそうにもなったけど

ただ一つだけハッキリと思えたことは
「人生はわかならない」ということ。

だって

“今というこの現実” を

半年前、一年前の自分が
果たしてどれだけ想像出来ていただろうか?

答えはノンだ。

事実、半年前の自分がそうだった様に
今から半年後、一年後の未来が
どうなっているのかなんてわかる訳がない。

もちろん今では想像もつかないほどに
超最悪な現実が待っているかも知れないけど

でも、もしかしたら想像もつかないほどに
エキサイティングでファンタスティックな毎日が
待っているかも知れない訳で、それは誰にもわからない。

たとえ世界的に有名な超エリート科学者でも
それはわからない。

そんな超エリートでもわからない僕の明日が
超未熟者の僕ごときにわかる訳がない。

僕の明日は明日になってみないと
誰にもわからない。

まだ誰にもわからない僕の明日を
勝手に自分でつまらないものだと決めつけて
しまうことだけは、何としても避けよう。

大切なのは、明日の運勢を予想することじゃなく
来る明日のために、今何をすべきかを考え、どう動くかなんだ。
それが明日を創るんだ。

答えの出ない問いに、莫大な精神的エネルギーと
貴重な時間を使うよりも、

答えの出せる問いに
エネルギーと時間を使うことに
僕は必死だった。

確かに現状を考えると僕の明日が
いきなり素晴らしいものになる確率は低いかも知れない。

でもそれはあくまで低いという確率の問題であって
まだ100パー決まった訳じゃない。

まだ確定もしていない明日を
100%決定させてしまうなんて
ナンセンス以外の何物でもない。

100歩譲って、

仮に明日はパッとしなかったとしても
明後日までパッとしないと決まった訳じゃない。

だからアレコレ思うのはやめよう。

そうは思ってみても
でも何なんだ!?

僕の中で湧き起って来る
このネガティブな感情は!?

答えの出せない問いに向き合う度に不安が
そして自分以外の誰かと比べるたびに焦りが襲って来る。

次々に襲って来るそんなネガティブな感情たちに
いちいち付き合っていたらキリがない。

今、出来ること。

ただ、そこだけに意識を集中させることで
ネガティブな感情との交信を一切断ち切ることに
僕は必死だった。

ダメだと思う自分がダメな明日を創るんだ。

現状は明日を作らない。
明日を作るのはいつだって今の自分なんだ。

今出来ることを精一杯。

それだけに意識を集中させる僕は

年間事業計画どころじゃなく、ただただ
明日のために今日を生き抜いていたんだ。

posted by Morii at 16:41| 日記

2012年09月04日

バイオグラフィーBLOG 56

それまで評価の対象にすらならなかった僕は
大きな出来事に遭遇したことをきっかけに
良くも悪くも常に評価をされる対象となってしまった。

人の評価とは、あくまでその人自身ではなく、
その人の行動に対してされるものなんだって
ことを知った。

どの様な人なのか?
ではなく

どの様な行動を取った人なのか?
それが評価なんだ。

もちろん僕の評価は言うまでもなく
褒められるものではなかった。

ただ世の中には
大きな失敗をしたからこそ
悪い評価を下す人と

大きな失敗をしたにも関わらず
悪い評価だけを下さない人との
2パターンの人がいることを僕は知った。

それは何が違うのか?
と考えたところ

「結果」のみで評価しているか
「プロセス」を評価してくれているかってことだった。

今の僕にとって
目の前の最悪の結果だけを評価されれば
ホント救い様がない。

だけど、それまでのプロセスや
これからの未来を期待さえしてくれれば
けっして悪い評価だけにはならない。

だから、あの頃の僕にとって、
プロセスや未来を見てくれる人だけが救いだった。

確かに、今という「現在」は
何より重要かも知れない。

でもそれと同じ様に「過去」という
これまでのプロセスも

そして、これからという「未来」にも、
今現在と同じだけの重要な要素がぎっしりと
つまっているんだ。

だって過去も現在も未来だって
全てが一本の線でつながっているのだから。

だから今という現在を否定するってことは
過去も未来も全て否定するってことになる訳で

それは「僕」という存在自体全てを
否定されてしまうことにつながってしまう。

だからこそ、今、この危機的状況にも関わらず
けっして今だけで評価せず、プロセスを重視して
評価をしてくれる人は神様の様に有難かった。

自分自身がその様な評価の対象となってみて
初めて人の視点というものがわかった気がする。

今だけを見ている人なのか。
目に映るものだけを見ている人なのか。
自分という物差しを基準に計る人なのか。
思ったこと言いたいことをズバズバっと言う人なのか。
グッとこらえて笑顔で多くを語らない人なのか。

そもそも人を評価する人なのか
そうでない人なのかが良くわかった。

行動だけを見ている人ほど
〇かバツという評価をする傾向が強く

僕自身を、よ〜く見てくれている人ほど
評価ではなく認めてくれている気がしたんだ。

行動だけでなく面白さ、やる気、情熱、元気
そんなことを見てくれることが「認める」ってこと
なんだと思った。

行動だけを見ているのか?
それとも「僕自身」と見てくれているのか?

それが良くわかったんだ。

これまでの過去、今何を思い、何を考え
そしてこれからどう進むのか?

その全てを見てくれるからこそ
評価だけで終わることがないんだって僕は思えた。

評価ではなく、「認める」

あの頃の僕にとって
未来へのエネルギーだった。

言いたいこともあっただろうし
腹の立つこともあったと思う。

だけど多くを語らず

そうなろうとして
こうなった訳じゃないんだろう?
頑張ろうと思った結果、
こうなってしまったんだろう。

と、怒ることもなく素直に許してくれた母親に
初めて「愛」というものを僕は感じた。

昔から浜田省吾や尾崎豊の大ファンだった僕は
歌詞にもたびたび出て来る「愛」という言葉に

誰かを好きになること、
人を大切にすること・・・

そして何かを与えることが「愛」なんだと
すっと思っていた。

そんな僕にとって許してあげることが
「愛」なんだって初めて感じた瞬間だった。

振り返ると、ミスを犯すたびに許してもらい
その度に、何とも言えない気持ちになっていた
ことを僕は思い出した。

そうかぁ・・
あれが「愛」だったのか・・・

今の今まで誰かを好きになることが
愛だと思って来た僕にとって

「許す」ことが愛なのかも知れないと感じられたことは
何物にも代えがたい発見だった。

大きな失敗と多大な迷惑を代償に
「愛」という感情を感じられた瞬間
不思議と感謝の気持ちが湧いて来た。

それまで「ありがとう」が感謝だと
思っていたけど、そうじゃないんだ。
そうじゃなかったんだ。

僕は知らないだけで
きっと僕の知らないところでものすごく
大変な思いをして苦労してくれていたんだと思う。
だからすごく嬉しいんだけど、だけど、そんなことなんて
これっぽちも考えることなく、ただ自分が成功することだけを
考えていた自分が、恥ずかしいって言うか、情けないっていうか、

ものすごく申し訳ないって言うか・・・

言葉では上手く言えないけど
「ありがとう」なんて言葉は出て来なかった。

心から申し訳ないと謝りたい気持ちと
だけどそれでも許してくれる優しさに
心から嬉しく感じる気持ち・・・

それが感謝の気持ちなんだと僕は思った。

本に書いてあった「愛と感謝」って言葉が
ホントなんだって思った。

愛を感じた時、感謝の気落ちが湧き起るんだ。

24時間テレビで愛は地球を救うなんて
フレーズをよく見ていたけど
それは「許す」ことが世界を救ってことのか!?

許されることで精一杯だった僕は
誰かを許す余裕もなく、ただただ
愛と感謝でいっぱいだった。






posted by Morii at 07:03| 日記

2012年09月02日

バイオグラフィーBLOG 55

「飛ぶ鳥は後を濁さず」

って言葉を知っているか?

・・・・・・・

あ、後を、にごさずぅ?

・・・・・・・

無言で首を横に振る僕に
親父が言った。

鳥は水面から飛び立つ時に
大きな音も、激しい水しぶきも立てず
スッと飛び立つだろう。

つまり、そこを離れる時は
後に残された人に迷惑をかけずに
離れることが大事なんだ。

鳥ですら、誰にも迷惑をかけずに
飛び立つのに、お前は周りに迷惑だらけで
飛び立つんだ。

そのことを忘れるなよ。

ぶつけ様のない怒りなのか?
それともありったけの諭しなのか?

今の僕には、そのどちらかもわからない
親父のそんなセリフを聞きながら

誰にも“さよなら”を告げることなく
ひっそりと僕はこの街を去ることとなった。

この街で一生骨をうずめるつもりで
頑張るつもりだったのに、まさか
こんなに早くに故郷に戻ることになるなんて・・・

いつ、どこで、どうなるのかわからない
それが人生なのかも知れない。

家族には本当に多大な迷惑をかけ
申し訳ない気持ちと、でも感謝の気持ちでいっぱいだった。

完敗

まさにそんな言葉がピッタリだな、と思いながら
もう二度と見ることもないかも知れない
この街の景色をぼんやりと眺めながら、僕は車に揺られていた。

ただ、やりたいことを精一杯やれたからなのか
不思議と悔いだけはなかった。

正直、今となっては
やっぱ、やらなければ良かった。
なんて少し後悔をしてしまうけど

でもやっぱ、やっておけば良かった。
と思える後悔よりは良かったんだと思う。


後悔は、もう十分。


僕は中学2年の時に
心からときめいた二人の女子生徒がいた。

一人の子には思い切って告白。

残念ながら見事に撃沈はしたものの(涙)
断られた理由も聞けたし、何よりしっかりと
自分の想いを伝えることが出来、気持ち的には
今でもスッキリしている。

だけど、もう一人の子には恥ずかしくて
どうしても気持ちを伝えることが出来ず
それが心残りとなって未だにずっと
モヤモヤした気持ちが残っている。

今更その子とどうこうしたいって訳でもないにに
あの時、ちゃんと告白していたら
どうなっていたのだろう・・・・って
今でもずっとそんな気持ちが残っている。

「失敗」は一時的には心を大きく
凹ませはするけど、だけど「後悔」は、
何年、何十年とずっと心の中にモヤモヤした気持ちを
持ち続けて生きさせるってことを

僕にとっての二人のヒロインが
教えてくれたんだ。

失敗は、学ぶことで失敗ではなくなり
それはいつか貴重な経験に変わる。

でも後悔から学べることは何もなく
ずっと心の中に住み続けてしまうだけなんだ。

後悔はいつまで経っても後悔に過ぎず
後悔から学べることは何一つない。

失敗を避けたところで
どのみち「後悔」が待っているんだ。

だから後悔を増やすくらいなら
失敗なんて恐くない。

失敗は辛いことかも知れない。
でも後々、後悔をしながら生き続けるよりは
よっぽど良いのかも知れない。

後悔なんて一つで十分。

これ以上、後悔を増やすくらいなら
僕は失敗を重ねる方を選んだんだ。

本当に恐いのは失敗も何もなく
ただ後悔の念を持ち続けて生きることかも知れない。

大切なのは失敗から何を学び
どう活かすかなんだ。

大きな失敗と引き換えに僕は
大きな後悔を回避することに成功したんだ。

そこから学ぶことを怠らなければ
失敗は間違いじゃない。

ただ後悔のない人生を送りたい。
後悔に悩まされる人生だけは送りたくはない。

後悔に苦しむくらいなら
喜んで失敗を楽しもう!!

今も、告白出来ずに後悔している
14歳の僕がそう言っているんだ。











posted by Morii at 07:15| 日記

2012年08月31日

バイオグラフィーBLOG 54

当時日本一、いや世界一とまで言われた大企業で
名もなき一社員として嫌々働き続ける道をあっさりと諦め

夢と希望に満ち溢れた未知なるチャレンジを選んだ僕は、
周りの予想通り、見事、木端微塵に吹っ飛ぶこととなってしまった。

まさに豪華客船の下働きから
小さいながらもモーターボートを手にしたものの、
あえなく沈没って感じ。

物欲で満たされていたハズだった僕の身の回りは
気が付けば何もかもがなくなり、到底お金にはならない
最小限の手荷物と、ポケットには少々の小銭という有様。

情けない程に丸裸にされてしまった僕だったけど、
有難いことに物欲が満たされていたことだけが
せめてもの救いだった。

不思議なもので人間というものは
一旦、物欲が心から満たされていると
たとえ今がどんなに物質的に貧しい状態だったとしても
それほど苦痛には感じられないことを僕は知った。

確かに失敗は辛いことかも知れない。

何もかもがなくなってしまった今のこの状況は
けっして喜べるものではない。

だけど大きな失敗を経験するまでの間に
十分なほどに物欲を満たし、

そして満足感、優越感、幸福感、充実感、存在感、
そして仲間の有難さを味わえていたことは、
お金では買うことが出来ない何事にも代えがたいものだった。

あに頃僕は、周りの誰よりも物質的貧しさを
感じていたのかも知れなかったけど
周りの誰よりも精神的豊かさだけは感じていたんだ。

昔から「気持ちが大事」なんてことを
聞かされていたけどホントそうなんだって思えた。

辛く苦しい時だったけど、それまでに蓄えていた
そんな前向きな感情や気持ちが僕を救ってくれたのかも知れない。

それまでずっと物質的貧しさこそが、
そのままイコール精神的貧しさに直結するものだと
思っていたけど、けっしてそうではないことを
僕は身を持って体感したんだ。

負け惜しみに聞こえるかも知れないけど
いろんな経験が出来て精神的には満たされていたんだ。

「今」という目の前の結果だけを見れば
まさにお手上げだけど、でもここにたどり着く
それまでのプロセスを見れば、プラスの面だって
ない訳じゃないんだ。

いくら物質的には豊かでも、毎日の様に「当たり前」を感じ、
常に不平不満を口にしながら過ごしていた、そんな
毎日に比べれば、精神的にはきっと良かったんだと思う。

厳しい状況は、一切の「当たり前」をなくし
「当たり前」がなくなった途端、不平不満は
次第に出なくなって行くのがわかった。

いや、正確には、
出そうにも出せないのが
ホントのところかも知れないけれど。

「当たり前」をなくすということ。
それが「感謝」を生み出すことなんだって僕は知ったんだ。


「物質的豊かさ」と「精神的豊かさ」

人生においてどちらが大切なのかと聞かれれば、
あの頃の僕は迷うことなく後者を選んだに違いない。

物質的にはどんなに貧しくとも
精神的に豊かであれば、きっとどんな困難も乗り越えられる。

逆に物質的にはどんなに豊かでも
精神的に貧しければ、それは幸せとは
呼べないんじゃないかって思えた。

だから何よりも精神的豊かさが大事なんだと思う。

でも待てよ!

その精神的豊かさを作り上げるのは
まず物欲を満たすことにあるなのなら
やっぱ「物」は大事ってことになる。

小学生の頃、「卵が先か?鶏が先か?」で
友達と白熱の議論をしたことがあったけど、
結局、両者共に決定的な答えを出せず、

最終的には

「どちらが先でも、え〜やん」

で終わったことを思い出した。

つまり、結果的にはどちらも大事であり
言い換えれば、何もかも大事ってことになる。

成功だけでは人の痛みはわからない。
かと言って失敗だけでは幸せは感じられない。

どちらも大事。

やっぱ、これが真の正解なんだ!

つまり、つまり
この世にあるもの、自分に起こることは
全て大事なことなんだ!!

それまでの僕には綺麗事にしか聞こえていなかった
有難いお話の数々が、本当に「綺麗な事」だったんだと
初めて思えて来た瞬間だった。

今、僕の目の前にあるこの大きな失敗には
大きな意味があり、必ず必要なものなんだ。

神様はそんなに意地悪じゃない!

神様は何の意味もなく、ただこんな仕打ちをするのではなく
何か大きな意味あるからこそ、目の前のこの大きな失敗を
僕に呼び寄せてくれたんだ。

きっとそうなんだっ!
そうに違いないっっ!!

それまで「神様」なんてことを
考えたこともなかったくせに
困った時だけ、ホント、都合のイイ性格だ・・・(苦笑)


あの頃僕は、超スーパーポジティブだったのか
それとも単なる現実逃避だったのかは定かではないけれど
いずれにしても前向きだったことだけは確かなことだった。








posted by Morii at 09:34| 日記

2012年08月29日

バイオグラフィーBLOG 53

意気揚々と脱サラを決行し
新しく生まれ変わった僕の夢の様な生活は
2年ももたずしてノックアウトされてしまった。

ボクシングで言えば、2R、TKO負け。

世界戦だと思っていた僕のリングは
蓋を開ければビギナー専用、
観客もまばらな、まさに4回戦の会場だった。

敗因は、若さゆえか、あまりにも
何も考えない行動にあったのかも知れない。

冷静になって考えれば無理がある。

どれを取っても無理がある。

いや、全てにおいて無理があったとしか言い様がない。

だけど、もっと時間をかけて
冷静に考えていれば、成功していたのか?

と、自分自身に問いかけてみても
答えはNOに違いない。

もしも時間をかけて冷静に考えてなんていたら
まず間違いなく行動なんて出来なかったに違いない。

もしも冷静に考えてなんていたら
出来る要素なんて何一つ見つからなかったに違いない。

出来る要素なんかじゃなく
やりたい気持ちだけを考えていたんだ。

行動を起こす前には何も考えていなかったと思う。

いや、正確には
楽しいこと、成功するイメージしか
考えていなかったんだと思う。

失敗すること、最悪の状況なんて
1ミリも考えてなんていなかった。

そんな世界がこの世に存在しているなんて
これっぽっちも思わないほどに
ポジティブなイメージだけだった。

だからこそ
「未知なる行動」を起こせたんだと思う。

いろいろなんて考えていなかった。
ホント、甘かったんだと思う。

だけど、失敗したその瞬間から
僕の「考える人生」は始まったんだ。

なぜ失敗したのか?
何がいけなかったのか?
何が足らなかったのか?
何が必要で、何が不必要だったのか?

自分の長所と短所はどこにあったのか?
世間の評価はどうだったのか?

仕事とは?働くとは?
経理とは?そして経営とは??

誰が本物で、誰が偽物だったのか?
誰を信用し、誰を信用してはいけなかったのか?

どうすれば良かったのか?
あの時、どうすべきだったのか?

「考えるということ」

20年経った今でも
それは変わらない。

僕は「失敗」という重い十字架を背負うことと引き換えに
「考える」という哲学を手に出来たのかも知れない。

今だけを見れば、確かに誰が見ても
間違いなく「失敗」なのかも知れない。

過去は過去で、事実は事実。

過ぎ去った過去や、起こってしまった事実を
どう悔やんでみても誰も変えることなんて出来やしない。

でも本当の失敗とは
失敗を失敗のままで終わらせてしまうこと
なんだと思うんだ。

本当に大切なのは
この失敗から何を学び、
どう活かすことが出来るかなんだと思うんだ。

過去を変えることは誰にも出来ない。
だったら未来を変えるしかない!!

大きな失敗を経験してしまった今、

このまま下を向いて自信なくつまらない人生を
過ごした時、初めて「真の失敗」が確定するんだ。

まだ決まった訳じゃない!
真の評価は未来が決めるんだ!!

大きな失敗を経験してしまった今の僕に
唯一残されたたった一つの道は、

何としても夢と希望に満ち溢れた
明るく楽しい人生を歩むことだけだった。

“今だけじゃなく
これからの僕も見て欲しい”

この最悪の状況下の中
そんなセリフを誰に言える訳でもなく

“頑張れ自分” “負けるな自分”

と、自分で自分を励ましながら

何の望みも感じられない“今”を
僕は懸命に過ごしていたんだ。

posted by Morii at 16:55| 日記

2012年08月27日

バイオグラフィーBLOG 52

前だけを見ていた。

いや、あの頃の僕は
夢だけを見ていたのかも知れない。

失敗するイメージなんて全然わかなかった。

いつだって楽しいこと、楽しくなることしか
考えていなかったと思う。

失敗する直前まで
「楽しいこと」だけを考えていたんだ。

いや、失敗してからも楽しいことだけを
考えていたのかも知れない。

あの頃の僕は疑うことを知らず、
何でも「はい」と全てを受け入れていた。

何もかもわかっていたつもりだったけど
本当は何も分かっちゃいなかったんだ。

正しいことと、間違ったこと。
出来ることと、出来ないこと。

“それ”を
分けることが出来なかった僕は

本当は何が正しいのか?
今、何が出来ないのか?

自分の中でそれを
分けることが出来ていなかったんだ。

それが失敗の原因。

人はそれを「経験のなさ」と
呼ぶのかも知れない。


流れていたのか?
流されていたのか?

あの頃、勢いだけで流れに乗っていた僕は
周りの「スゴイ」という視線に有頂天だった。

昔の会社のメンバーたちも
たくさん食べに来てくれ
パーキングはド派手なシャコタンで一杯だった。

他のお客さんが恐がるから
頼むからそんな車では来ないでくれよ〜

と、内心本気で思っていたことが
懐かしい。

近くの野球部の高校生たちが
いつも部活帰りにたくさんで来てくれ
「大将!俺、大盛りで!!」「俺も」「俺も!」と
威勢よく注文してくれることがホント嬉しかった。

毎日食べに来てくれる常連さんたちとの会話にも
余裕が出始め、何もかもが上手く行っている様に思えていた。

女子校生や女子大生をバイトに雇い
シルバーのメルセデスと真っ赤なオープンカーを手にし
まだ若干20代の僕は、青年実業家きどり。

あらゆる物で満たされた僕は
心の中で物欲が満たされて行くのを
リアルに感じられたことが今でも忘れられない。

ただ上手く行くだけの人生なんて
この世にはないもの。

良い時があれば、
必ず悪い時だってあるのが
人生ってもの。

得る物があれば、当然
失うものもある訳で

こんな日々がこれからもずっと続くと
思っていた僕の毎日は、ある日を境に
あっさりと180度変わってしまうことを余儀なくされてしまう。

料理は出来た、接客も出来た
掃除もしたし、何とか人も扱えた。

営業も出来たし、真面目に休むことなく
朝から晩まで一生懸命取り組み
出来ることは出来る限り頑張った。

でも経理がまるっきりダメだった。

現場で頑張ることと
「経営」することは全く違うことを
僕は身を持って知ったんだ。

仕事をすることと、働くこと。
そして経営することは全て違ったんだ。

同じ様に思えるこの3つは
どれも全く違う性質のものだったんだ。

僕が必死に頑張ってしていたことは
経営ではなく、きっと仕事だったんだ。

あの頃の僕は、頑張って
働くことは出来たのかも知れない。

でも経営するなんてことは
まだ到底出来なかったんだ。

商売の厳しさや
経営の難しさとか言う前に
自分の未熟さと愚かさを思い知らされた。

確かにビジネス的には
失敗だったのかも知れない。

でもそんな経験の中でこそ
見つかる本当の自分と出会えたことは
何事にもかえ難いものであり
20年経った今でも貴重な財産と言える。

ただ僕の夢の様な生活は、ある日を境に
他の周りの人たちに多大な迷惑をかけ
それまでとは真逆の方向に進むこととなった。

ただただショックだった。

恥ずかしくて、情けなくて
ただただショックだった。

失敗したということよりも
信じてくれ応援してくれた人の
期待を裏切ってしまったこと。

それがマジ辛かった。

あの頃の僕は
人生で一番のどん底だったかも知れない。

でも心の中だけは
いつも楽しい方、楽しい方へと
向いていたことだけを覚えている。

確かに悲しく辛いことかも
知れない。

でもどん底の時に心まで悲しい方へ悲しい方へと
向かっていたら、きっと生きていけないと思う。

誰かに、怒られても、泣かれても
慰められても、きっと辛かったと思う。

そんなブルーな時は
あえて誰の声も聞かず
自分自身とだけ向き合い

ただただ自分の中で
楽しい方へ楽しい方へと
考えるに限る。

一瞬、ほんの一瞬だけど
生きてても意味がないんじゃないか!?
いや、生きてる価値なんてないんじゃないか!?

ふと沸き起るそんな思いを掻き消しながら
少しでも楽しい方へ楽しい方へと
自分を持っていったんだ。

あの頃の僕は、ホント辛かった。

だけどそんな過去があり
現在(今)がある訳なんだから

長い目で見れば
今だけで全てを計ったりなんてことを
してはいけないと思う。

今、どんなに辛く苦しくても
未来まで辛く苦しい訳じゃない。

今の失敗は未来では貴重な経験に変わるんだ。

だから絶対に今だけの失敗で
人生の全てを評価なんてしてはいけないんだ。

あれから20年経った今
これだけは言える。

過去が未来を決めたりしない。
いつだって今が未来を創るんだ!

これは失敗なんかじゃなく
ナイストライなんだ。

絶対にこのままでは終わらない。
いつかきっとこの借りは返すんだ!!

そう懸命に言い聞かすことで
折れそうな心を必死に繋ぎとめている
僕だった。



posted by Morii at 23:43| 日記

2010年12月22日

バイオグラフィーBLOG 51

今から思うと
マンガの様な有り得ない展開だけど

勢いと若さの力で
何と僕は23歳という若さで
いきなり飲食店オーナーとなってしまった。

無謀な賭けと取るか?
絶対的、成功哲学と取るか?

考え方は人それぞれだけど
僕は後者を選んだんだ。

まずは勉強して、お金を貯めて
修行して、経験を積んで、自信をつけて

そして初めてオーナーになる!

っていうのが
一般的な流れなのかも知れない。

ただ何の経験も、何の取り柄もない僕が
そんな正当派(スタンダード)な道を歩んだとしても
一生かかってもお店なんて持てるとは思えなかった。

どれだけ勉強したらいいのか?
いったいいくら貯めたらいいのか?
それまでに何年の歳月が必要なのか?

「きっと叶う」という保障もない夢のために
僕のモチベーションがいつまでも続くとは到底思えなかった。

まず勉強して・・・という第一段階で
ギブアップするのは目に見えていた。

だから「まず店を手に入れてしまう」
という真逆からのスタートに賭けてみた。

確かにリスクはある。

でもチャレンジしないことにだって
リスクがない訳じゃないんだ。

明確な目的も理解せず、ただやりたくもない仕事を
続けながらいたずらに時間を過ごしていたって
人生のメリットは少ない。

どんなに優秀で立派な人も、どんなに健康なスポーツ選手も
あと何年は確実に生きられるという「命の保障」はないだけに

もしかしたら1年後にはアッサリとこの世から
いなくなってしまっているかも知れない僕の人生

目の前のチャンスに賭けてみない手はない!!

ムチャかも知れない。

だけど、いきなり夢を手にしてしまうことで
必死に勉強して、必死に頑張るしかない。

必要なものは土下座してでも
必死になって集めるしかない。

今月中にマスターしなければいけないことを
何としても今月中にマスターし

今週中に用意しなければいけないものを
何としても今週中に用意をし

今日、しなければいけないことを
確実に今日実行し

明日、用意しておかなければ
ならないものを忘れずに用意しておく。

自分で店を持ったことで
雑用という仕事は一切なくなった。

テーブルを拭くこと、割り箸を用意すること
全てがなくてはならない大切な仕事であることに気づいた。

たかが割り箸かも知れないけど
割り箸がなければお客さんは食べれない。

たかがテーブル拭きかも知れないけれど
汚いテーブルだったら、すぐに帰られてしまう。

一見すると、直接お金にはつながっていない
と思える簡単な仕事の中にこそ、本当に大切なものが
隠されていることを僕は知った。

そうやって1つ1つのことを本気で取り組むことで
初めて物事は動き出して行くことを僕は知ったんだ。

もしもオーナーではなく、ただのアルバイトだったら
この年齢でこの感覚はきっとなかったに違いない。

オーナーだからわかることがある。

考えてみれば今までの僕は
家のお手伝いからバイトに会社での仕事まで
これまでに経験して来た仕事はどれも全て
やらされている仕事だった様に思う。

生まれて初めて経験する
自分から進んでする仕事に

仕事ってこんなに面白いんだ!!
ってことを僕は知ったんだ。

やらされる仕事は全然楽しくなんてなかったけど
自分から進んでする仕事ほど楽しいものはないって思った。

窓を拭くこと、割り箸を用意すること
ネギを切ること、火加減を調節すること

1つ1つの仕事に十分な意味があり
その1つ1つの仕事が融合することで
初めて売上につながって行くことを理解出来たことで

雑用とは自分自身で作り出したものであって
本当は世の中に雑用なんてものは存在しないんだ
ってことを身を持って知った。

汚れた食器をたくさん洗うということは
それだけ売上がたくさんあったということであり

今までの世の中に対する不平不満が
次第に感謝に変わって行くのが自分でもわかった。

それに気がつくことだけでも
あの頃の僕にとっては大きな財産だった。



posted by Morii at 14:35| 日記

2010年12月20日

バイオグラフィーBLOG 50

“サラリーマンでは終わりたくない”

やめたい、やめたいが口癖だった当時の僕に
ある日、いつも食べに行っていた馴染みのうどん屋の大将から

今度、新しい店を始めることになったんだ。
だからこの店を売ろうと思うんだ。
よっかたら、この店を居抜きで買わないか?

と声をもちかけられた僕は

自分の店かぁ!!

今まで考えたこともない世界に
ワクワクする気持ちを覚えた。

何がいるのか?
何が必要なのか?

何もわからず何も考えず
何の経験もないまま
ただただやってみたいとだけ思った。

自分に出来るのか?出来ないのか?
そんなことは一切考えずに
ただやりたいか?やりたくないか?
だけを考えていた。

確かに大企業をやめるのは
もったいないことかも知れない。

でもそれは収入や将来性や世間体を
大切にする考え方であって

ワクワク感やカッコイイ生き方を大切に
する考え方であれば、ここは何としてもトライあるのみ!

工場で働いていたという実績以外
何の経験もない僕だけど

この若さの僕にオファーを出すってことは
自分でも気づいていないよっぽどの隠れた才能があるに違いない。

素直にそう思った僕は
ただ成功することだけを考えて
新しい世界にトライしてみたいと思った。

包丁も握ったことのないお前が
料理なんて出来る訳がないだろう?

商売をするっていうのはなぁ
そんなに簡単じゃないんだぞ。

せっかく大きな日本一の会社に入社したのに
やめるなんて馬鹿げている。

もしも自分が父親だったら、きっと・・
いや間違いなく同じセリフを言っていたに違いない。

今から思えば100%無謀な挑戦だけど
なぜだろう?
あの頃の僕は200%成功すると信じていたんだ。

まだ何もしていない内から
難しいとも簡単だとも分からない

確かに今は何も出来ないかも知れない。
ただ出来ないからこそ、出来る様になるために
トライしたいんだ!

今から思えば世の中をなめている様な考え方だけど、
必死の僕の説得に本気度が伝わったのか次第に理解して行ってくれた。

正式にやると決まれば一気に動き出した。
それまでずっと天引きされ細かい面倒なことは
何もかも会社にしてもらっていた僕は
この時、初めていろんな税金を払わなければいけないことを知った。

組織を離れ何の肩書きもない一個人になった僕は、
面倒な手続きなど一切を自分ひとりでしなければ
いけないということを身を持って経験したことで
入るよりもやめる方が大変だということを知った。

まさにリゾートホテルから
筏(いかだ)で日本海に漕ぎ出してしまった様な
そんな気分だった。

ただ動き出してしまった以上
前に進むしかない。

前に進む以上、前向きな気持ちで
未知なる新しい一歩を踏み出したんだ。

この先に待っていることなど
何も知らずに。


posted by Morii at 16:49| 日記

2010年12月15日

バイオグラフィーBLOG 49

早く大人になりたかった。
早く自由になりたかった。

尾崎豊に強い影響を受けていた僕は

学歴を手に入れることが幸せじゃなく
働いて、お金を稼いで、欲しい物を
手に入れることが幸せなんだと思い

学歴社会に真っ向勝負とばかりに
誰よりも早く社会への扉を開いたものの
常に漠然とした劣等感とコンプレックスがあった。

どんなに給料を手にしても
どんなに車を改造しても

いつもどこか心の中で「学歴」という
コンプレックスと戦っている自分がいた。

そんな僕の劣等感を一掃してくれる
出来事があった。

それはある日、友だち数人と居酒屋で飲んでいた時
たまたま隣に座っていた同年代のグループと意気投合
したことが事のはじまり。

楽しく飲んでいる僕たちに向かい
彼らが発した言葉が今も忘れられない。

で、君たちどこの大学?

大学〜!?勘弁してよ!
大学なんて行ってないって。

嘘!
もしかして高卒!?

高卒っていうかさぁ
働きながら、一応ギリ通信教育でね。

働きながら、つ、通信教育?
しかも全寮制!?

“信じられない”という顔の彼らは
正真正銘の大学生だった。

そんな僕たちを物珍しそうに見ながら

ど、どうして大学行かなかったの??

と素直に聞いて来る彼らに、思わず

君たちはどうして大学に行ってるの??
と逆に聞き返してみた。

だってまだ十代だし、
そんなに早くから働きたくないじゃん。
もう少し気楽に遊んでいたいじゃん? 普通。

この世の中、やっぱ学歴っしょ?
結婚や就職とかでも絶対に学歴は必要だし。

(そんなこと言いながらホントは
まだ遊んでいたいだけじゃん。苦笑)

汗水垂らして働くことで初めてお金になり
熱いハートと勇気ある行動力が彼女を作る
ということを身を持って感じていた僕は

決して学歴が結婚や就職の全てを
決めるものではないと思った。

カッコイイと思っている彼らとの
カッコ良くない会話を通して

中身のない学歴だったら
ないのとあんまり変わんない。

ヨシ!これなら学歴なんてなくても
十分勝負出来かも。

大切なのは

カッコイイ学歴じゃなく
カッコイイ生き方なんだ。

社会に入るために勉強をするのではなく
社会に入ってから勉強をし続けるという
僕の挑戦が始まった瞬間だ。

これからの時代は
中身のない学歴よりも
中身のつまったノン学歴。

これこそが学歴社会への真っ向勝負!

だからこそ、学歴がない分
毎日を一生懸命生きなきゃ!!

このことがキッカケになったかどうかは
わからないけど、この頃から会社をやめたいと
強く思う様になったんだ。

上手く大企業に潜り込んだ僕は
地元の友だちたちと比べれば破格のボーナスも有り
収入的には、あり得ないほど好条件だったけど
でもそれは自分の本当の実力じゃない。

いろんな意味で好条件だったそんな会社をやめるのは、
周りからの反対も強く本当に勇気がいった。

確かに収入に文句なんてない。

でも、いくら収入が良くったって
たった一人では一万円も稼ぐことが出来ない
何万人の中の一人でいることに僕はどうしても
満足出来なかったんだ。

ただ、誰もが言った。

今以上の会社なんて絶対にないって。
やめておけ、後で後悔するのは間違いないから。
こんな給料のイイところやめるなんてもったいない。

ってね。

ただ、この若さで「与えられた安定」を
求めてしまう自分がどうしても許せなかったんだ。

何より、やりたくもない仕事を一生やり続けて
1度きりの人生を終えることなんて
僕にはどしても考えられなかったんだ。

まぁ確かに一足先にやめて行った先輩たちの姿は
それ程カッコイイものではなかったけど(笑)

ただ働く方法も、稼ぐ方法も、生きて行く方法だって
きっとこれだけじゃないハズ。

大企業だけに、本音は
後悔はしないだろうか?
と確かに不安だったけど

でも最終的には皮肉にも
必死に説得しようとしてくれた上司の

将来、俺の様になりたいくないのか!?
という全然カッコよくないセリフに
やめる決心がついたんだ。

せっかく入ったのに“もったいない”という
周りの説得を何とか押し切り

無難で素晴らしい未来を捨て、これから先、
自分でもどうなるのか全く想像もつかない未来を
僕は選んだんだ。

人生なんてどうなるものかわからないもので
そんな僕の次のステージは、信じられないことに
何と飲食店のオーナー。

自分でも全く予想だにしていなかった劇的な展開に
気がつけば、僕は必死に大量のネギの千切りに
追われる毎日が待っていた。

それまで一社員として工場で働いていた僕が
”大将”と呼ばれるなんていったい誰が想像していただろう。

間違いなく世界中探してもきっと誰一人もいなかったハズ。
だって自分でも想像してなかったんだから。(笑)

ただハッキリと言えるのは
人生は本当に何が起こるかわからないってこと。

今日と同じ明日が来るのではなく
ただ今日と同じ明日にしていただけだったんだ。

動き出せば、毎日は本当に変わるってことを
僕は知ったんだ。








posted by Morii at 20:40| 日記

2010年11月27日

バイオグラフィーBLOG 48

せっかく奇跡的なミラクルを掴んだにも関わらず
イノシシ先輩と美女との恋は終わろうとしていた。

出会いがあれば
別れがあるもの。

それは仕方のないこと。

ただ、あれほどの美女との恋が終わろうとしているのに
なぜか先輩のホッとしたような顔が気になった。

で、彼女とはどこまで行ったの?
そう尋ねる僕に、先輩は

どこまでって
まぁ手をつないだまでは
上手く行ったんだけどなぁ〜

(手だけ!?)

せっかくそんな美女と付き合うことが出来たのに、
手をつないだだけで終わってしまうなんて
僕にはどうしても考えられなかった。

なぜなんだ?

よくよく聞いてみると、その原因は
「彼女が良過ぎるから」とのこと。

やっぱり俺みたいな男じゃ
あんな可愛い子は釣り合わないんじゃない・・・

バシっ!!

その瞬間、僕のミドルキックが
イノシシ先輩のお尻を直撃した。

なんだよ
痛て〜な〜

なんですか、その理由は!?

せっかくあんなミポリンみたいな可愛い人なのに
手をつないだだけで終わりにしちゃっていいんですか!?

でも正直
これまでの育って来た環境が違い過ぎる気がしてなぁ
実際、何を話していいのか、どうエスコートしていいのか
よくわかんね〜んだよなぁ

誰だって初めから上手く行くことなんてないんですよ。
初めから上手く行く恋なんてどこにもないんですよ。

よく考えて下さい。
彼女との恋を終わらせるということは
二人っきりで過ごす甘い夜を手放して

この全く掃除のされていない、エロ雑誌に囲まれた
万年床の上で、ほか弁を食べながら一人で
テレビを見て過ごすってことを意味するんですよ。

ホントにそれでいいんですか?

・・・・・

ミポリンこと中山美穂とは、当時月9の
人気ナンバー1を誇る大人気女優。

そんな可愛い彼女と、この万年床と天秤にかけて、
あろうことか自分から別れ様としている先輩が
僕はどしても許せなかった。

でも、やっぱり・・・

バシっ!!

最後のセリフを聞き終える前に
2発目のミドルが再び直撃した。

痛て〜な〜
痛て〜な〜じゃないっしょ!!

彼女が先輩でいいって言ってるんだから
そんなの関係ないっしょ!

“やっぱり俺みたいな男じゃ釣り合わない”
なんて言いながら
結局、つき合い方がわからないだけじゃないっすか!

いいっすか?
先輩の活躍にはマジでみんな期待してるんすよ。
先輩の活躍は独身寮に住むみんなの夢なんですよ!!

頑張ればこんな先輩でもこんな美女と
付き合えるってことをみんなに見せてあげて下さいよ!

そ、それって褒めてるのか・・・??

あれ程まで欲しい欲しいと願っていた彼女。
しかも夢にまで見たミポリン。(似)

ミポリンと万年床を天秤にかけて
万年床を選ぶなんてことは絶対に有り得ない。

まともに考えれば先輩がフラれることはあっても
自分から別れ話を切り出すなんてことは有り得ない話だ。

でも現実に、今それが起ころうとしている。

人間はストレスを避ける生き物なんだ。
だから慣れない女性と過ごす時間にストレスを感じるより
自分だけの空間で気楽に過ごしたいんだ。

この時、僕は思った。
世の中には「引き戻りの法則」が働いているってことを。

それがどんなに待ち望んだ素晴らしい暮らしであっても
それに慣れるまでは必ずストレスが発生する。

そのストレスを避けるがゆえに
全くストレスのない万年床を自ら選んでしまうという
「引き戻りの法則」

慣れとは恐いものだ。

でも逆に考えれば
この部屋に居心地の良さを感じている訳だから
人間の持つ適応能力はすごいものなんだと思った。

大事なのは

ミポリンに適応するか? 万年床に適応するか?

だけであって
この適応能力をどう適応させるかが問題なんだ。

換気も掃除もせず、足の踏み場もない
この散らかった部屋にストレスを感じながらも
僕の必死の説得は続いた。

世の中に絶対なんてことはないかも知れないけど
でもこれだけはハッキリと言える

こんなチャンスもう2度とないってね。

そんな僕の必死の説得に
先輩の中の魂にスイッチが入ったのか

その後は先輩なりに必死に頑張ったお陰で
本当なら何もなく終わっていた恋が
1年ほど延長できることとなった。

ただ、最後の別れは予想通り
先輩がフラれるというパターンだったけどね。

恋の素晴らしさを知った先輩はホッとするどころか一転、
悲しい涙に変わったけど、それはそれでイイ恋をしたってことで
素晴らしいことなんだと思う。

ちなみにフラた原因は
それまでとは一転、手の出し過ぎにあったようだった。(笑)

何も手を出さないのは問題だけど
あまりに手を出し過ぎるのはもっと問題になるってことを
見た目だけでなく猪突猛進な先輩の行動から僕は教えてもらった。

簡単に諦めるのはもったいないと思う。

起こした行動に間違いなんかはないと思う。

ただ「必死」になり過ぎるのは
“必ず死ぬ”羽目になるってことを僕は知ったんだ。






posted by Morii at 08:10| 日記

2010年11月18日

バイオグラフィーBLOG 47

毎月25日になると自動的に振り込まれる
給料のほとんどを車の改造費に当てていた僕は
いつも月末金欠症候群だった。

せんぱ〜い♪
メシご馳走して下さいよ〜♪


寮にはたくさんの先輩たちがいることをいいことに
給料日前になると何かと先輩に助けてもらっていた。

ただ、これも度々ともなると
さすがの優しい先輩たちも渋い顔に・・・

うう。
ま、まずい・・・
このままでは餓死してしまう・・・

そもそもなぜ渋い顔になるのかといえば
いくら僕にご馳走をしても先輩にとっては
お金が減るだけで何のメリットもないからだ。

つまり、逆説的に考えれば
先輩にメリットを与えることが出来れば
ご馳走してもらえるってことに気づいた僕は

何かいい方法はないか?
と、ない知恵をしぼり出した。

同じ会社で同じ寮。
人生経験も多く物持もよく
給料も多く車も僕よりデカイ。

そんな先輩たちにメリットを与え
喜ばせられることと言えば・・・

女!!

そうだ!
彼女を紹介すればいいんだ!


考えてみれば独身寮に住む先輩たちの多くは
酒・車・バイク・パチンコ・競馬以外は
テレビ・音楽鑑賞といった寮内引こもり班。

彼女どころか、女性との会話もない生活を
している人がほとんどだった。

そんな先輩たちに女性を紹介するということは
お金に変えられない価値があり、とても喜んでもらえる
ことだった。

とは言っても、同じ独身寮に住む僕だって
女性には縁のない生活をしていることには変わりはない訳で

そんな僕に唯一残されたラストカードは「ナンパ」

17歳から始めた僕のナンパはこれまで失敗に次ぐ失敗で
断られることなんて数えきれないほどだったけど

断られるたびにその原因を解明し
断られるたびに今までとは作戦を試すことで
自分なりの法則を編み出していったんだ。

その気になれば出会いはどこにでもある、
ということを一人旅という経験で学んだ僕は

「恥ずかしい」というメンタルブロックを突破させることで、
今では僕の成功率はかなり高くなっていた。

今度、みんなでパーティーしようよ!
めちゃめちゃ楽しいから!!
よかったら友達もたくさん呼んでよ!


喫茶店のウエイトレス。
スタンドのスタッフさん。
歯科医院の受付さんなどなど

数少ないワンチャンスを確実に活かし
先輩たちに夢の合コンをセッティングすることで
僕の株は一気にうなぎ登り!

居酒屋なら1回、からあげ定食なら3回
という参加条件のもと

しばらく僕の食費は先輩たちの
お給料から支払われることとなった。(笑)

はじめは毎月の金欠から
ただご馳走してもらうために考えたアイデアだったけど
先輩たちの本気で喜ぶ姿に、いつしか僕も本気で先輩たちを
応援したくなっていた。

ただ、いくら飲み会に参加しても
会話が弾まならけらば意味がないってことで

恋愛経験の乏しい先輩たちを僕の部屋に集め
恋愛ミーティングを開くこともしばしば。

そんな中、奇跡ともいえるある出来事が起こった。

それは、あまりパっとしない、動物で言えば
サイとかイノシシ系にあたる先輩に

なんと中山美穂似の彼女が。

信じられないことに、かなりの美女が
寮内引こもり大臣とまで言われていた先輩を選んだんだ。

まさに「美女と野獣」とはこのことで
世の中に有り得ないことなんて1つもないってことを
僕は先輩から教えてもらったんだ。

そんなイノシシ先輩のクリーンヒットから

やれば出来る!
やらなけらば何も始まらない!!


ってことを学んだ僕は
その後も単なる飲み会で終わることなく

伊勢志摩日帰りドライブツアーや
小型バスをチャーターしての元祖あいのりツアー
男女ペア対抗☆ ラブボウリング大会
原チャリ厳禁! ラブ☆タンデムツーリング大会

などなど伝説の合コンを次々に企画していった。

出会いがあれば別れもあるし
楽しいこともあれば涙することだってある。

男女が織りなすリアルなドラマは、月9と比べれば
全然トレンディーではなかったけど
だけど、よっぽどリアルでドラマティックだった。

人と人が出合う素晴らしさ。
人と人が出合うことで
初めて未来が変わるということを感じながら

ドラマは観るものじゃない。
自分たちで創り出すものなんだ!!


ということを知ったんだ。















posted by Morii at 15:40| 日記

2010年10月30日

バイオグラフィーBLOG 46

も、もしもし〜

え、遠藤さんのお宅でしょうか?
あ、あの〜わたくし、も、森井と申しますが
マメ子さん(仮名)は、今ご在宅でしょうか?

あんた誰だ?

も、森井と申します。

だからよ〜
どこに住んでいるんだって聞いてるんだよ!(怒)

じゅ、住所ですか!?
○○町ですが・・・

で、仕事は?

○○株式会社ですが・・・

歳はいくつなんだ?

に、21ですが・・・

21かぁ〜 まだまだ若いな〜
で、ウチのマメ子に何の用なんだ?

よ、用と言うほどのことではないのですが
ちょっと話が出来ればと思いまして・・・

どんな用なんだ?あん?

ど、どんな用と言われましても・・・
(勘弁してよ〜 父親に言える訳ないって!!)

おらん。

はっ!?

マメ子は今留守だ。

る、留守って・・・
こんだけ聞いといてそりゃないよ〜(涙)

それにこの時間に電話をする約束だったから
絶対に居ないハズはないって。

受話器を切られると思った瞬間
受話器の向こうから

ちょっとーお父さん!
もう何やってのよ!!(怒)


お、おうマメ子かぁ
なんだ居たのか?

何言ってんのよ!
朝からずっと一緒に居たじゃないの!
もうっ!!(怒)

ホントごめんね〜
ウチのお父さんはいつもこれなのよね〜

危機一髪のところでセーフ。

まだ携帯電話のなかった時代、
異性とのコンタクト手段は100%「家電」だった。

家族愛が強かった時代。

あの頃の父親は本当にガードが固く
簡単に男からの電話を取り次いでくれなくて大変だった。

こちらとしても当時、寮の部屋には電話はなく
かかってくる電話は全て事務所経由でつながる
システムだっただけに、邪魔者がなく直通で会話が
できるということに強い憧れを持っていたことを覚えている。

それだけに当時、女性の電話番号をゲット出来るということは
マイケルジャクソンのコンサートチケット・・・
いや、それ以上のプレミア(超希少価値)が付いていたんだ。

やっとの思いでつながった電話で
待ち合わせの場所を決める。

じゃあ、10時に駅前で。

気をつけないといけないのは
安易に待ち合わせ場所を決めてはいけないということ。

いったん待ち合わせ場所に向かい外出するということは
その後の交信手段が一切なくなることを意味する。

じゃあ、10時に駅前で。

とは

果たしてそこは何駅なのか?
西口なのか?東口なのか?
遅れた時は何分待ってくれるか?

万が一、ほんのわずかでも待ち合わせ場所に
ミステイクが生じれば、会うことが出来ずに
その日を終えてしまうという悲劇につながる訳で

あの頃、待ち合わせをするということは
修学旅行の準備以上に入念な確認が必要とされたんだ。

ましてや、初対面ならば
服装や髪型、そして名前の確認も
忘れてはいけない。

時計は狂っていないだろうか?
これも大事なこと。

たとえベストを尽くしたとしても
あろうことか時計が狂っていたら
全てがパーになってしまう。

相手との距離が車で1時間もある様な時は
当然ながら交通渋滞や事故で電車がストップ
してしまう可能性もある訳で

そんな時は、軽く1〜2時間は
待ちぼうけをくらう訳で
精神的にはキツかったな。

あと5分したら来るんじゃないか?
いやいや、これはもう絶対に来ないよ。
あと5分だけ待って来なければ諦めて帰ろう。

そんな気持ちを繰り返しながら
結局、いつまでも待ち続ける羽目に。

って言うか、
諦めたところで行く当てがないしね。

待つこと1時間30分・・・・

ごめーん!!
事故で大渋滞だったの〜!!(涙)



いまどこ?

ボタン一つで直につながり
メールで簡単に居場所を確認できる
今の時代と比べれば

本当に不便でアナログな時代だったけど

それだけに会えた瞬間は本当に嬉しく
いっそう感動的だった。

あの頃の僕たちにとって、待ち合わせに遅れた時に
どれだけの時間を笑顔で待てるかが愛情の証であり

と、同時に

自分自信の本当の気持ちを確かめられる
唯一の瞬間でもあったんだ。

ケータイひとつで何でも出来る今の時代から思えば
超古くさいドラマの様なワンシーンも
あの頃の僕たちには日常茶飯事だったんだ。








posted by Morii at 06:42| 日記