2012年09月02日

バイオグラフィーBLOG 55

「飛ぶ鳥は後を濁さず」

って言葉を知っているか?

・・・・・・・

あ、後を、にごさずぅ?

・・・・・・・

無言で首を横に振る僕に
親父が言った。

鳥は水面から飛び立つ時に
大きな音も、激しい水しぶきも立てず
スッと飛び立つだろう。

つまり、そこを離れる時は
後に残された人に迷惑をかけずに
離れることが大事なんだ。

鳥ですら、誰にも迷惑をかけずに
飛び立つのに、お前は周りに迷惑だらけで
飛び立つんだ。

そのことを忘れるなよ。

ぶつけ様のない怒りなのか?
それともありったけの諭しなのか?

今の僕には、そのどちらかもわからない
親父のそんなセリフを聞きながら

誰にも“さよなら”を告げることなく
ひっそりと僕はこの街を去ることとなった。

この街で一生骨をうずめるつもりで
頑張るつもりだったのに、まさか
こんなに早くに故郷に戻ることになるなんて・・・

いつ、どこで、どうなるのかわからない
それが人生なのかも知れない。

家族には本当に多大な迷惑をかけ
申し訳ない気持ちと、でも感謝の気持ちでいっぱいだった。

完敗

まさにそんな言葉がピッタリだな、と思いながら
もう二度と見ることもないかも知れない
この街の景色をぼんやりと眺めながら、僕は車に揺られていた。

ただ、やりたいことを精一杯やれたからなのか
不思議と悔いだけはなかった。

正直、今となっては
やっぱ、やらなければ良かった。
なんて少し後悔をしてしまうけど

でもやっぱ、やっておけば良かった。
と思える後悔よりは良かったんだと思う。


後悔は、もう十分。


僕は中学2年の時に
心からときめいた二人の女子生徒がいた。

一人の子には思い切って告白。

残念ながら見事に撃沈はしたものの(涙)
断られた理由も聞けたし、何よりしっかりと
自分の想いを伝えることが出来、気持ち的には
今でもスッキリしている。

だけど、もう一人の子には恥ずかしくて
どうしても気持ちを伝えることが出来ず
それが心残りとなって未だにずっと
モヤモヤした気持ちが残っている。

今更その子とどうこうしたいって訳でもないにに
あの時、ちゃんと告白していたら
どうなっていたのだろう・・・・って
今でもずっとそんな気持ちが残っている。

「失敗」は一時的には心を大きく
凹ませはするけど、だけど「後悔」は、
何年、何十年とずっと心の中にモヤモヤした気持ちを
持ち続けて生きさせるってことを

僕にとっての二人のヒロインが
教えてくれたんだ。

失敗は、学ぶことで失敗ではなくなり
それはいつか貴重な経験に変わる。

でも後悔から学べることは何もなく
ずっと心の中に住み続けてしまうだけなんだ。

後悔はいつまで経っても後悔に過ぎず
後悔から学べることは何一つない。

失敗を避けたところで
どのみち「後悔」が待っているんだ。

だから後悔を増やすくらいなら
失敗なんて恐くない。

失敗は辛いことかも知れない。
でも後々、後悔をしながら生き続けるよりは
よっぽど良いのかも知れない。

後悔なんて一つで十分。

これ以上、後悔を増やすくらいなら
僕は失敗を重ねる方を選んだんだ。

本当に恐いのは失敗も何もなく
ただ後悔の念を持ち続けて生きることかも知れない。

大切なのは失敗から何を学び
どう活かすかなんだ。

大きな失敗と引き換えに僕は
大きな後悔を回避することに成功したんだ。

そこから学ぶことを怠らなければ
失敗は間違いじゃない。

ただ後悔のない人生を送りたい。
後悔に悩まされる人生だけは送りたくはない。

後悔に苦しむくらいなら
喜んで失敗を楽しもう!!

今も、告白出来ずに後悔している
14歳の僕がそう言っているんだ。











posted by Morii at 07:15| 日記

2012年08月31日

バイオグラフィーBLOG 54

当時日本一、いや世界一とまで言われた大企業で
名もなき一社員として嫌々働き続ける道をあっさりと諦め

夢と希望に満ち溢れた未知なるチャレンジを選んだ僕は、
周りの予想通り、見事、木端微塵に吹っ飛ぶこととなってしまった。

まさに豪華客船の下働きから
小さいながらもモーターボートを手にしたものの、
あえなく沈没って感じ。

物欲で満たされていたハズだった僕の身の回りは
気が付けば何もかもがなくなり、到底お金にはならない
最小限の手荷物と、ポケットには少々の小銭という有様。

情けない程に丸裸にされてしまった僕だったけど、
有難いことに物欲が満たされていたことだけが
せめてもの救いだった。

不思議なもので人間というものは
一旦、物欲が心から満たされていると
たとえ今がどんなに物質的に貧しい状態だったとしても
それほど苦痛には感じられないことを僕は知った。

確かに失敗は辛いことかも知れない。

何もかもがなくなってしまった今のこの状況は
けっして喜べるものではない。

だけど大きな失敗を経験するまでの間に
十分なほどに物欲を満たし、

そして満足感、優越感、幸福感、充実感、存在感、
そして仲間の有難さを味わえていたことは、
お金では買うことが出来ない何事にも代えがたいものだった。

あに頃僕は、周りの誰よりも物質的貧しさを
感じていたのかも知れなかったけど
周りの誰よりも精神的豊かさだけは感じていたんだ。

昔から「気持ちが大事」なんてことを
聞かされていたけどホントそうなんだって思えた。

辛く苦しい時だったけど、それまでに蓄えていた
そんな前向きな感情や気持ちが僕を救ってくれたのかも知れない。

それまでずっと物質的貧しさこそが、
そのままイコール精神的貧しさに直結するものだと
思っていたけど、けっしてそうではないことを
僕は身を持って体感したんだ。

負け惜しみに聞こえるかも知れないけど
いろんな経験が出来て精神的には満たされていたんだ。

「今」という目の前の結果だけを見れば
まさにお手上げだけど、でもここにたどり着く
それまでのプロセスを見れば、プラスの面だって
ない訳じゃないんだ。

いくら物質的には豊かでも、毎日の様に「当たり前」を感じ、
常に不平不満を口にしながら過ごしていた、そんな
毎日に比べれば、精神的にはきっと良かったんだと思う。

厳しい状況は、一切の「当たり前」をなくし
「当たり前」がなくなった途端、不平不満は
次第に出なくなって行くのがわかった。

いや、正確には、
出そうにも出せないのが
ホントのところかも知れないけれど。

「当たり前」をなくすということ。
それが「感謝」を生み出すことなんだって僕は知ったんだ。


「物質的豊かさ」と「精神的豊かさ」

人生においてどちらが大切なのかと聞かれれば、
あの頃の僕は迷うことなく後者を選んだに違いない。

物質的にはどんなに貧しくとも
精神的に豊かであれば、きっとどんな困難も乗り越えられる。

逆に物質的にはどんなに豊かでも
精神的に貧しければ、それは幸せとは
呼べないんじゃないかって思えた。

だから何よりも精神的豊かさが大事なんだと思う。

でも待てよ!

その精神的豊かさを作り上げるのは
まず物欲を満たすことにあるなのなら
やっぱ「物」は大事ってことになる。

小学生の頃、「卵が先か?鶏が先か?」で
友達と白熱の議論をしたことがあったけど、
結局、両者共に決定的な答えを出せず、

最終的には

「どちらが先でも、え〜やん」

で終わったことを思い出した。

つまり、結果的にはどちらも大事であり
言い換えれば、何もかも大事ってことになる。

成功だけでは人の痛みはわからない。
かと言って失敗だけでは幸せは感じられない。

どちらも大事。

やっぱ、これが真の正解なんだ!

つまり、つまり
この世にあるもの、自分に起こることは
全て大事なことなんだ!!

それまでの僕には綺麗事にしか聞こえていなかった
有難いお話の数々が、本当に「綺麗な事」だったんだと
初めて思えて来た瞬間だった。

今、僕の目の前にあるこの大きな失敗には
大きな意味があり、必ず必要なものなんだ。

神様はそんなに意地悪じゃない!

神様は何の意味もなく、ただこんな仕打ちをするのではなく
何か大きな意味あるからこそ、目の前のこの大きな失敗を
僕に呼び寄せてくれたんだ。

きっとそうなんだっ!
そうに違いないっっ!!

それまで「神様」なんてことを
考えたこともなかったくせに
困った時だけ、ホント、都合のイイ性格だ・・・(苦笑)


あの頃僕は、超スーパーポジティブだったのか
それとも単なる現実逃避だったのかは定かではないけれど
いずれにしても前向きだったことだけは確かなことだった。








posted by Morii at 09:34| 日記

2012年08月29日

バイオグラフィーBLOG 53

意気揚々と脱サラを決行し
新しく生まれ変わった僕の夢の様な生活は
2年ももたずしてノックアウトされてしまった。

ボクシングで言えば、2R、TKO負け。

世界戦だと思っていた僕のリングは
蓋を開ければビギナー専用、
観客もまばらな、まさに4回戦の会場だった。

敗因は、若さゆえか、あまりにも
何も考えない行動にあったのかも知れない。

冷静になって考えれば無理がある。

どれを取っても無理がある。

いや、全てにおいて無理があったとしか言い様がない。

だけど、もっと時間をかけて
冷静に考えていれば、成功していたのか?

と、自分自身に問いかけてみても
答えはNOに違いない。

もしも時間をかけて冷静に考えてなんていたら
まず間違いなく行動なんて出来なかったに違いない。

もしも冷静に考えてなんていたら
出来る要素なんて何一つ見つからなかったに違いない。

出来る要素なんかじゃなく
やりたい気持ちだけを考えていたんだ。

行動を起こす前には何も考えていなかったと思う。

いや、正確には
楽しいこと、成功するイメージしか
考えていなかったんだと思う。

失敗すること、最悪の状況なんて
1ミリも考えてなんていなかった。

そんな世界がこの世に存在しているなんて
これっぽっちも思わないほどに
ポジティブなイメージだけだった。

だからこそ
「未知なる行動」を起こせたんだと思う。

いろいろなんて考えていなかった。
ホント、甘かったんだと思う。

だけど、失敗したその瞬間から
僕の「考える人生」は始まったんだ。

なぜ失敗したのか?
何がいけなかったのか?
何が足らなかったのか?
何が必要で、何が不必要だったのか?

自分の長所と短所はどこにあったのか?
世間の評価はどうだったのか?

仕事とは?働くとは?
経理とは?そして経営とは??

誰が本物で、誰が偽物だったのか?
誰を信用し、誰を信用してはいけなかったのか?

どうすれば良かったのか?
あの時、どうすべきだったのか?

「考えるということ」

20年経った今でも
それは変わらない。

僕は「失敗」という重い十字架を背負うことと引き換えに
「考える」という哲学を手に出来たのかも知れない。

今だけを見れば、確かに誰が見ても
間違いなく「失敗」なのかも知れない。

過去は過去で、事実は事実。

過ぎ去った過去や、起こってしまった事実を
どう悔やんでみても誰も変えることなんて出来やしない。

でも本当の失敗とは
失敗を失敗のままで終わらせてしまうこと
なんだと思うんだ。

本当に大切なのは
この失敗から何を学び、
どう活かすことが出来るかなんだと思うんだ。

過去を変えることは誰にも出来ない。
だったら未来を変えるしかない!!

大きな失敗を経験してしまった今、

このまま下を向いて自信なくつまらない人生を
過ごした時、初めて「真の失敗」が確定するんだ。

まだ決まった訳じゃない!
真の評価は未来が決めるんだ!!

大きな失敗を経験してしまった今の僕に
唯一残されたたった一つの道は、

何としても夢と希望に満ち溢れた
明るく楽しい人生を歩むことだけだった。

“今だけじゃなく
これからの僕も見て欲しい”

この最悪の状況下の中
そんなセリフを誰に言える訳でもなく

“頑張れ自分” “負けるな自分”

と、自分で自分を励ましながら

何の望みも感じられない“今”を
僕は懸命に過ごしていたんだ。

posted by Morii at 16:55| 日記

2012年08月27日

バイオグラフィーBLOG 52

前だけを見ていた。

いや、あの頃の僕は
夢だけを見ていたのかも知れない。

失敗するイメージなんて全然わかなかった。

いつだって楽しいこと、楽しくなることしか
考えていなかったと思う。

失敗する直前まで
「楽しいこと」だけを考えていたんだ。

いや、失敗してからも楽しいことだけを
考えていたのかも知れない。

あの頃の僕は疑うことを知らず、
何でも「はい」と全てを受け入れていた。

何もかもわかっていたつもりだったけど
本当は何も分かっちゃいなかったんだ。

正しいことと、間違ったこと。
出来ることと、出来ないこと。

“それ”を
分けることが出来なかった僕は

本当は何が正しいのか?
今、何が出来ないのか?

自分の中でそれを
分けることが出来ていなかったんだ。

それが失敗の原因。

人はそれを「経験のなさ」と
呼ぶのかも知れない。


流れていたのか?
流されていたのか?

あの頃、勢いだけで流れに乗っていた僕は
周りの「スゴイ」という視線に有頂天だった。

昔の会社のメンバーたちも
たくさん食べに来てくれ
パーキングはド派手なシャコタンで一杯だった。

他のお客さんが恐がるから
頼むからそんな車では来ないでくれよ〜

と、内心本気で思っていたことが
懐かしい。

近くの野球部の高校生たちが
いつも部活帰りにたくさんで来てくれ
「大将!俺、大盛りで!!」「俺も」「俺も!」と
威勢よく注文してくれることがホント嬉しかった。

毎日食べに来てくれる常連さんたちとの会話にも
余裕が出始め、何もかもが上手く行っている様に思えていた。

女子校生や女子大生をバイトに雇い
シルバーのメルセデスと真っ赤なオープンカーを手にし
まだ若干20代の僕は、青年実業家きどり。

あらゆる物で満たされた僕は
心の中で物欲が満たされて行くのを
リアルに感じられたことが今でも忘れられない。

ただ上手く行くだけの人生なんて
この世にはないもの。

良い時があれば、
必ず悪い時だってあるのが
人生ってもの。

得る物があれば、当然
失うものもある訳で

こんな日々がこれからもずっと続くと
思っていた僕の毎日は、ある日を境に
あっさりと180度変わってしまうことを余儀なくされてしまう。

料理は出来た、接客も出来た
掃除もしたし、何とか人も扱えた。

営業も出来たし、真面目に休むことなく
朝から晩まで一生懸命取り組み
出来ることは出来る限り頑張った。

でも経理がまるっきりダメだった。

現場で頑張ることと
「経営」することは全く違うことを
僕は身を持って知ったんだ。

仕事をすることと、働くこと。
そして経営することは全て違ったんだ。

同じ様に思えるこの3つは
どれも全く違う性質のものだったんだ。

僕が必死に頑張ってしていたことは
経営ではなく、きっと仕事だったんだ。

あの頃の僕は、頑張って
働くことは出来たのかも知れない。

でも経営するなんてことは
まだ到底出来なかったんだ。

商売の厳しさや
経営の難しさとか言う前に
自分の未熟さと愚かさを思い知らされた。

確かにビジネス的には
失敗だったのかも知れない。

でもそんな経験の中でこそ
見つかる本当の自分と出会えたことは
何事にもかえ難いものであり
20年経った今でも貴重な財産と言える。

ただ僕の夢の様な生活は、ある日を境に
他の周りの人たちに多大な迷惑をかけ
それまでとは真逆の方向に進むこととなった。

ただただショックだった。

恥ずかしくて、情けなくて
ただただショックだった。

失敗したということよりも
信じてくれ応援してくれた人の
期待を裏切ってしまったこと。

それがマジ辛かった。

あの頃の僕は
人生で一番のどん底だったかも知れない。

でも心の中だけは
いつも楽しい方、楽しい方へと
向いていたことだけを覚えている。

確かに悲しく辛いことかも
知れない。

でもどん底の時に心まで悲しい方へ悲しい方へと
向かっていたら、きっと生きていけないと思う。

誰かに、怒られても、泣かれても
慰められても、きっと辛かったと思う。

そんなブルーな時は
あえて誰の声も聞かず
自分自身とだけ向き合い

ただただ自分の中で
楽しい方へ楽しい方へと
考えるに限る。

一瞬、ほんの一瞬だけど
生きてても意味がないんじゃないか!?
いや、生きてる価値なんてないんじゃないか!?

ふと沸き起るそんな思いを掻き消しながら
少しでも楽しい方へ楽しい方へと
自分を持っていったんだ。

あの頃の僕は、ホント辛かった。

だけどそんな過去があり
現在(今)がある訳なんだから

長い目で見れば
今だけで全てを計ったりなんてことを
してはいけないと思う。

今、どんなに辛く苦しくても
未来まで辛く苦しい訳じゃない。

今の失敗は未来では貴重な経験に変わるんだ。

だから絶対に今だけの失敗で
人生の全てを評価なんてしてはいけないんだ。

あれから20年経った今
これだけは言える。

過去が未来を決めたりしない。
いつだって今が未来を創るんだ!

これは失敗なんかじゃなく
ナイストライなんだ。

絶対にこのままでは終わらない。
いつかきっとこの借りは返すんだ!!

そう懸命に言い聞かすことで
折れそうな心を必死に繋ぎとめている
僕だった。



posted by Morii at 23:43| 日記

2010年12月22日

バイオグラフィーBLOG 51

今から思うと
マンガの様な有り得ない展開だけど

勢いと若さの力で
何と僕は23歳という若さで
いきなり飲食店オーナーとなってしまった。

無謀な賭けと取るか?
絶対的、成功哲学と取るか?

考え方は人それぞれだけど
僕は後者を選んだんだ。

まずは勉強して、お金を貯めて
修行して、経験を積んで、自信をつけて

そして初めてオーナーになる!

っていうのが
一般的な流れなのかも知れない。

ただ何の経験も、何の取り柄もない僕が
そんな正当派(スタンダード)な道を歩んだとしても
一生かかってもお店なんて持てるとは思えなかった。

どれだけ勉強したらいいのか?
いったいいくら貯めたらいいのか?
それまでに何年の歳月が必要なのか?

「きっと叶う」という保障もない夢のために
僕のモチベーションがいつまでも続くとは到底思えなかった。

まず勉強して・・・という第一段階で
ギブアップするのは目に見えていた。

だから「まず店を手に入れてしまう」
という真逆からのスタートに賭けてみた。

確かにリスクはある。

でもチャレンジしないことにだって
リスクがない訳じゃないんだ。

明確な目的も理解せず、ただやりたくもない仕事を
続けながらいたずらに時間を過ごしていたって
人生のメリットは少ない。

どんなに優秀で立派な人も、どんなに健康なスポーツ選手も
あと何年は確実に生きられるという「命の保障」はないだけに

もしかしたら1年後にはアッサリとこの世から
いなくなってしまっているかも知れない僕の人生

目の前のチャンスに賭けてみない手はない!!

ムチャかも知れない。

だけど、いきなり夢を手にしてしまうことで
必死に勉強して、必死に頑張るしかない。

必要なものは土下座してでも
必死になって集めるしかない。

今月中にマスターしなければいけないことを
何としても今月中にマスターし

今週中に用意しなければいけないものを
何としても今週中に用意をし

今日、しなければいけないことを
確実に今日実行し

明日、用意しておかなければ
ならないものを忘れずに用意しておく。

自分で店を持ったことで
雑用という仕事は一切なくなった。

テーブルを拭くこと、割り箸を用意すること
全てがなくてはならない大切な仕事であることに気づいた。

たかが割り箸かも知れないけど
割り箸がなければお客さんは食べれない。

たかがテーブル拭きかも知れないけれど
汚いテーブルだったら、すぐに帰られてしまう。

一見すると、直接お金にはつながっていない
と思える簡単な仕事の中にこそ、本当に大切なものが
隠されていることを僕は知った。

そうやって1つ1つのことを本気で取り組むことで
初めて物事は動き出して行くことを僕は知ったんだ。

もしもオーナーではなく、ただのアルバイトだったら
この年齢でこの感覚はきっとなかったに違いない。

オーナーだからわかることがある。

考えてみれば今までの僕は
家のお手伝いからバイトに会社での仕事まで
これまでに経験して来た仕事はどれも全て
やらされている仕事だった様に思う。

生まれて初めて経験する
自分から進んでする仕事に

仕事ってこんなに面白いんだ!!
ってことを僕は知ったんだ。

やらされる仕事は全然楽しくなんてなかったけど
自分から進んでする仕事ほど楽しいものはないって思った。

窓を拭くこと、割り箸を用意すること
ネギを切ること、火加減を調節すること

1つ1つの仕事に十分な意味があり
その1つ1つの仕事が融合することで
初めて売上につながって行くことを理解出来たことで

雑用とは自分自身で作り出したものであって
本当は世の中に雑用なんてものは存在しないんだ
ってことを身を持って知った。

汚れた食器をたくさん洗うということは
それだけ売上がたくさんあったということであり

今までの世の中に対する不平不満が
次第に感謝に変わって行くのが自分でもわかった。

それに気がつくことだけでも
あの頃の僕にとっては大きな財産だった。



posted by Morii at 14:35| 日記

2010年12月20日

バイオグラフィーBLOG 50

“サラリーマンでは終わりたくない”

やめたい、やめたいが口癖だった当時の僕に
ある日、いつも食べに行っていた馴染みのうどん屋の大将から

今度、新しい店を始めることになったんだ。
だからこの店を売ろうと思うんだ。
よっかたら、この店を居抜きで買わないか?

と声をもちかけられた僕は

自分の店かぁ!!

今まで考えたこともない世界に
ワクワクする気持ちを覚えた。

何がいるのか?
何が必要なのか?

何もわからず何も考えず
何の経験もないまま
ただただやってみたいとだけ思った。

自分に出来るのか?出来ないのか?
そんなことは一切考えずに
ただやりたいか?やりたくないか?
だけを考えていた。

確かに大企業をやめるのは
もったいないことかも知れない。

でもそれは収入や将来性や世間体を
大切にする考え方であって

ワクワク感やカッコイイ生き方を大切に
する考え方であれば、ここは何としてもトライあるのみ!

工場で働いていたという実績以外
何の経験もない僕だけど

この若さの僕にオファーを出すってことは
自分でも気づいていないよっぽどの隠れた才能があるに違いない。

素直にそう思った僕は
ただ成功することだけを考えて
新しい世界にトライしてみたいと思った。

包丁も握ったことのないお前が
料理なんて出来る訳がないだろう?

商売をするっていうのはなぁ
そんなに簡単じゃないんだぞ。

せっかく大きな日本一の会社に入社したのに
やめるなんて馬鹿げている。

もしも自分が父親だったら、きっと・・
いや間違いなく同じセリフを言っていたに違いない。

今から思えば100%無謀な挑戦だけど
なぜだろう?
あの頃の僕は200%成功すると信じていたんだ。

まだ何もしていない内から
難しいとも簡単だとも分からない

確かに今は何も出来ないかも知れない。
ただ出来ないからこそ、出来る様になるために
トライしたいんだ!

今から思えば世の中をなめている様な考え方だけど、
必死の僕の説得に本気度が伝わったのか次第に理解して行ってくれた。

正式にやると決まれば一気に動き出した。
それまでずっと天引きされ細かい面倒なことは
何もかも会社にしてもらっていた僕は
この時、初めていろんな税金を払わなければいけないことを知った。

組織を離れ何の肩書きもない一個人になった僕は、
面倒な手続きなど一切を自分ひとりでしなければ
いけないということを身を持って経験したことで
入るよりもやめる方が大変だということを知った。

まさにリゾートホテルから
筏(いかだ)で日本海に漕ぎ出してしまった様な
そんな気分だった。

ただ動き出してしまった以上
前に進むしかない。

前に進む以上、前向きな気持ちで
未知なる新しい一歩を踏み出したんだ。

この先に待っていることなど
何も知らずに。


posted by Morii at 16:49| 日記

2010年12月15日

バイオグラフィーBLOG 49

早く大人になりたかった。
早く自由になりたかった。

尾崎豊に強い影響を受けていた僕は

学歴を手に入れることが幸せじゃなく
働いて、お金を稼いで、欲しい物を
手に入れることが幸せなんだと思い

学歴社会に真っ向勝負とばかりに
誰よりも早く社会への扉を開いたものの
常に漠然とした劣等感とコンプレックスがあった。

どんなに給料を手にしても
どんなに車を改造しても

いつもどこか心の中で「学歴」という
コンプレックスと戦っている自分がいた。

そんな僕の劣等感を一掃してくれる
出来事があった。

それはある日、友だち数人と居酒屋で飲んでいた時
たまたま隣に座っていた同年代のグループと意気投合
したことが事のはじまり。

楽しく飲んでいる僕たちに向かい
彼らが発した言葉が今も忘れられない。

で、君たちどこの大学?

大学〜!?勘弁してよ!
大学なんて行ってないって。

嘘!
もしかして高卒!?

高卒っていうかさぁ
働きながら、一応ギリ通信教育でね。

働きながら、つ、通信教育?
しかも全寮制!?

“信じられない”という顔の彼らは
正真正銘の大学生だった。

そんな僕たちを物珍しそうに見ながら

ど、どうして大学行かなかったの??

と素直に聞いて来る彼らに、思わず

君たちはどうして大学に行ってるの??
と逆に聞き返してみた。

だってまだ十代だし、
そんなに早くから働きたくないじゃん。
もう少し気楽に遊んでいたいじゃん? 普通。

この世の中、やっぱ学歴っしょ?
結婚や就職とかでも絶対に学歴は必要だし。

(そんなこと言いながらホントは
まだ遊んでいたいだけじゃん。苦笑)

汗水垂らして働くことで初めてお金になり
熱いハートと勇気ある行動力が彼女を作る
ということを身を持って感じていた僕は

決して学歴が結婚や就職の全てを
決めるものではないと思った。

カッコイイと思っている彼らとの
カッコ良くない会話を通して

中身のない学歴だったら
ないのとあんまり変わんない。

ヨシ!これなら学歴なんてなくても
十分勝負出来かも。

大切なのは

カッコイイ学歴じゃなく
カッコイイ生き方なんだ。

社会に入るために勉強をするのではなく
社会に入ってから勉強をし続けるという
僕の挑戦が始まった瞬間だ。

これからの時代は
中身のない学歴よりも
中身のつまったノン学歴。

これこそが学歴社会への真っ向勝負!

だからこそ、学歴がない分
毎日を一生懸命生きなきゃ!!

このことがキッカケになったかどうかは
わからないけど、この頃から会社をやめたいと
強く思う様になったんだ。

上手く大企業に潜り込んだ僕は
地元の友だちたちと比べれば破格のボーナスも有り
収入的には、あり得ないほど好条件だったけど
でもそれは自分の本当の実力じゃない。

いろんな意味で好条件だったそんな会社をやめるのは、
周りからの反対も強く本当に勇気がいった。

確かに収入に文句なんてない。

でも、いくら収入が良くったって
たった一人では一万円も稼ぐことが出来ない
何万人の中の一人でいることに僕はどうしても
満足出来なかったんだ。

ただ、誰もが言った。

今以上の会社なんて絶対にないって。
やめておけ、後で後悔するのは間違いないから。
こんな給料のイイところやめるなんてもったいない。

ってね。

ただ、この若さで「与えられた安定」を
求めてしまう自分がどうしても許せなかったんだ。

何より、やりたくもない仕事を一生やり続けて
1度きりの人生を終えることなんて
僕にはどしても考えられなかったんだ。

まぁ確かに一足先にやめて行った先輩たちの姿は
それ程カッコイイものではなかったけど(笑)

ただ働く方法も、稼ぐ方法も、生きて行く方法だって
きっとこれだけじゃないハズ。

大企業だけに、本音は
後悔はしないだろうか?
と確かに不安だったけど

でも最終的には皮肉にも
必死に説得しようとしてくれた上司の

将来、俺の様になりたいくないのか!?
という全然カッコよくないセリフに
やめる決心がついたんだ。

せっかく入ったのに“もったいない”という
周りの説得を何とか押し切り

無難で素晴らしい未来を捨て、これから先、
自分でもどうなるのか全く想像もつかない未来を
僕は選んだんだ。

人生なんてどうなるものかわからないもので
そんな僕の次のステージは、信じられないことに
何と飲食店のオーナー。

自分でも全く予想だにしていなかった劇的な展開に
気がつけば、僕は必死に大量のネギの千切りに
追われる毎日が待っていた。

それまで一社員として工場で働いていた僕が
”大将”と呼ばれるなんていったい誰が想像していただろう。

間違いなく世界中探してもきっと誰一人もいなかったハズ。
だって自分でも想像してなかったんだから。(笑)

ただハッキリと言えるのは
人生は本当に何が起こるかわからないってこと。

今日と同じ明日が来るのではなく
ただ今日と同じ明日にしていただけだったんだ。

動き出せば、毎日は本当に変わるってことを
僕は知ったんだ。








posted by Morii at 20:40| 日記

2010年11月27日

バイオグラフィーBLOG 48

せっかく奇跡的なミラクルを掴んだにも関わらず
イノシシ先輩と美女との恋は終わろうとしていた。

出会いがあれば
別れがあるもの。

それは仕方のないこと。

ただ、あれほどの美女との恋が終わろうとしているのに
なぜか先輩のホッとしたような顔が気になった。

で、彼女とはどこまで行ったの?
そう尋ねる僕に、先輩は

どこまでって
まぁ手をつないだまでは
上手く行ったんだけどなぁ〜

(手だけ!?)

せっかくそんな美女と付き合うことが出来たのに、
手をつないだだけで終わってしまうなんて
僕にはどうしても考えられなかった。

なぜなんだ?

よくよく聞いてみると、その原因は
「彼女が良過ぎるから」とのこと。

やっぱり俺みたいな男じゃ
あんな可愛い子は釣り合わないんじゃない・・・

バシっ!!

その瞬間、僕のミドルキックが
イノシシ先輩のお尻を直撃した。

なんだよ
痛て〜な〜

なんですか、その理由は!?

せっかくあんなミポリンみたいな可愛い人なのに
手をつないだだけで終わりにしちゃっていいんですか!?

でも正直
これまでの育って来た環境が違い過ぎる気がしてなぁ
実際、何を話していいのか、どうエスコートしていいのか
よくわかんね〜んだよなぁ

誰だって初めから上手く行くことなんてないんですよ。
初めから上手く行く恋なんてどこにもないんですよ。

よく考えて下さい。
彼女との恋を終わらせるということは
二人っきりで過ごす甘い夜を手放して

この全く掃除のされていない、エロ雑誌に囲まれた
万年床の上で、ほか弁を食べながら一人で
テレビを見て過ごすってことを意味するんですよ。

ホントにそれでいいんですか?

・・・・・

ミポリンこと中山美穂とは、当時月9の
人気ナンバー1を誇る大人気女優。

そんな可愛い彼女と、この万年床と天秤にかけて、
あろうことか自分から別れ様としている先輩が
僕はどしても許せなかった。

でも、やっぱり・・・

バシっ!!

最後のセリフを聞き終える前に
2発目のミドルが再び直撃した。

痛て〜な〜
痛て〜な〜じゃないっしょ!!

彼女が先輩でいいって言ってるんだから
そんなの関係ないっしょ!

“やっぱり俺みたいな男じゃ釣り合わない”
なんて言いながら
結局、つき合い方がわからないだけじゃないっすか!

いいっすか?
先輩の活躍にはマジでみんな期待してるんすよ。
先輩の活躍は独身寮に住むみんなの夢なんですよ!!

頑張ればこんな先輩でもこんな美女と
付き合えるってことをみんなに見せてあげて下さいよ!

そ、それって褒めてるのか・・・??

あれ程まで欲しい欲しいと願っていた彼女。
しかも夢にまで見たミポリン。(似)

ミポリンと万年床を天秤にかけて
万年床を選ぶなんてことは絶対に有り得ない。

まともに考えれば先輩がフラれることはあっても
自分から別れ話を切り出すなんてことは有り得ない話だ。

でも現実に、今それが起ころうとしている。

人間はストレスを避ける生き物なんだ。
だから慣れない女性と過ごす時間にストレスを感じるより
自分だけの空間で気楽に過ごしたいんだ。

この時、僕は思った。
世の中には「引き戻りの法則」が働いているってことを。

それがどんなに待ち望んだ素晴らしい暮らしであっても
それに慣れるまでは必ずストレスが発生する。

そのストレスを避けるがゆえに
全くストレスのない万年床を自ら選んでしまうという
「引き戻りの法則」

慣れとは恐いものだ。

でも逆に考えれば
この部屋に居心地の良さを感じている訳だから
人間の持つ適応能力はすごいものなんだと思った。

大事なのは

ミポリンに適応するか? 万年床に適応するか?

だけであって
この適応能力をどう適応させるかが問題なんだ。

換気も掃除もせず、足の踏み場もない
この散らかった部屋にストレスを感じながらも
僕の必死の説得は続いた。

世の中に絶対なんてことはないかも知れないけど
でもこれだけはハッキリと言える

こんなチャンスもう2度とないってね。

そんな僕の必死の説得に
先輩の中の魂にスイッチが入ったのか

その後は先輩なりに必死に頑張ったお陰で
本当なら何もなく終わっていた恋が
1年ほど延長できることとなった。

ただ、最後の別れは予想通り
先輩がフラれるというパターンだったけどね。

恋の素晴らしさを知った先輩はホッとするどころか一転、
悲しい涙に変わったけど、それはそれでイイ恋をしたってことで
素晴らしいことなんだと思う。

ちなみにフラた原因は
それまでとは一転、手の出し過ぎにあったようだった。(笑)

何も手を出さないのは問題だけど
あまりに手を出し過ぎるのはもっと問題になるってことを
見た目だけでなく猪突猛進な先輩の行動から僕は教えてもらった。

簡単に諦めるのはもったいないと思う。

起こした行動に間違いなんかはないと思う。

ただ「必死」になり過ぎるのは
“必ず死ぬ”羽目になるってことを僕は知ったんだ。






posted by Morii at 08:10| 日記

2010年11月18日

バイオグラフィーBLOG 47

毎月25日になると自動的に振り込まれる
給料のほとんどを車の改造費に当てていた僕は
いつも月末金欠症候群だった。

せんぱ〜い♪
メシご馳走して下さいよ〜♪


寮にはたくさんの先輩たちがいることをいいことに
給料日前になると何かと先輩に助けてもらっていた。

ただ、これも度々ともなると
さすがの優しい先輩たちも渋い顔に・・・

うう。
ま、まずい・・・
このままでは餓死してしまう・・・

そもそもなぜ渋い顔になるのかといえば
いくら僕にご馳走をしても先輩にとっては
お金が減るだけで何のメリットもないからだ。

つまり、逆説的に考えれば
先輩にメリットを与えることが出来れば
ご馳走してもらえるってことに気づいた僕は

何かいい方法はないか?
と、ない知恵をしぼり出した。

同じ会社で同じ寮。
人生経験も多く物持もよく
給料も多く車も僕よりデカイ。

そんな先輩たちにメリットを与え
喜ばせられることと言えば・・・

女!!

そうだ!
彼女を紹介すればいいんだ!


考えてみれば独身寮に住む先輩たちの多くは
酒・車・バイク・パチンコ・競馬以外は
テレビ・音楽鑑賞といった寮内引こもり班。

彼女どころか、女性との会話もない生活を
している人がほとんどだった。

そんな先輩たちに女性を紹介するということは
お金に変えられない価値があり、とても喜んでもらえる
ことだった。

とは言っても、同じ独身寮に住む僕だって
女性には縁のない生活をしていることには変わりはない訳で

そんな僕に唯一残されたラストカードは「ナンパ」

17歳から始めた僕のナンパはこれまで失敗に次ぐ失敗で
断られることなんて数えきれないほどだったけど

断られるたびにその原因を解明し
断られるたびに今までとは作戦を試すことで
自分なりの法則を編み出していったんだ。

その気になれば出会いはどこにでもある、
ということを一人旅という経験で学んだ僕は

「恥ずかしい」というメンタルブロックを突破させることで、
今では僕の成功率はかなり高くなっていた。

今度、みんなでパーティーしようよ!
めちゃめちゃ楽しいから!!
よかったら友達もたくさん呼んでよ!


喫茶店のウエイトレス。
スタンドのスタッフさん。
歯科医院の受付さんなどなど

数少ないワンチャンスを確実に活かし
先輩たちに夢の合コンをセッティングすることで
僕の株は一気にうなぎ登り!

居酒屋なら1回、からあげ定食なら3回
という参加条件のもと

しばらく僕の食費は先輩たちの
お給料から支払われることとなった。(笑)

はじめは毎月の金欠から
ただご馳走してもらうために考えたアイデアだったけど
先輩たちの本気で喜ぶ姿に、いつしか僕も本気で先輩たちを
応援したくなっていた。

ただ、いくら飲み会に参加しても
会話が弾まならけらば意味がないってことで

恋愛経験の乏しい先輩たちを僕の部屋に集め
恋愛ミーティングを開くこともしばしば。

そんな中、奇跡ともいえるある出来事が起こった。

それは、あまりパっとしない、動物で言えば
サイとかイノシシ系にあたる先輩に

なんと中山美穂似の彼女が。

信じられないことに、かなりの美女が
寮内引こもり大臣とまで言われていた先輩を選んだんだ。

まさに「美女と野獣」とはこのことで
世の中に有り得ないことなんて1つもないってことを
僕は先輩から教えてもらったんだ。

そんなイノシシ先輩のクリーンヒットから

やれば出来る!
やらなけらば何も始まらない!!


ってことを学んだ僕は
その後も単なる飲み会で終わることなく

伊勢志摩日帰りドライブツアーや
小型バスをチャーターしての元祖あいのりツアー
男女ペア対抗☆ ラブボウリング大会
原チャリ厳禁! ラブ☆タンデムツーリング大会

などなど伝説の合コンを次々に企画していった。

出会いがあれば別れもあるし
楽しいこともあれば涙することだってある。

男女が織りなすリアルなドラマは、月9と比べれば
全然トレンディーではなかったけど
だけど、よっぽどリアルでドラマティックだった。

人と人が出合う素晴らしさ。
人と人が出合うことで
初めて未来が変わるということを感じながら

ドラマは観るものじゃない。
自分たちで創り出すものなんだ!!


ということを知ったんだ。















posted by Morii at 15:40| 日記

2010年10月30日

バイオグラフィーBLOG 46

も、もしもし〜

え、遠藤さんのお宅でしょうか?
あ、あの〜わたくし、も、森井と申しますが
マメ子さん(仮名)は、今ご在宅でしょうか?

あんた誰だ?

も、森井と申します。

だからよ〜
どこに住んでいるんだって聞いてるんだよ!(怒)

じゅ、住所ですか!?
○○町ですが・・・

で、仕事は?

○○株式会社ですが・・・

歳はいくつなんだ?

に、21ですが・・・

21かぁ〜 まだまだ若いな〜
で、ウチのマメ子に何の用なんだ?

よ、用と言うほどのことではないのですが
ちょっと話が出来ればと思いまして・・・

どんな用なんだ?あん?

ど、どんな用と言われましても・・・
(勘弁してよ〜 父親に言える訳ないって!!)

おらん。

はっ!?

マメ子は今留守だ。

る、留守って・・・
こんだけ聞いといてそりゃないよ〜(涙)

それにこの時間に電話をする約束だったから
絶対に居ないハズはないって。

受話器を切られると思った瞬間
受話器の向こうから

ちょっとーお父さん!
もう何やってのよ!!(怒)


お、おうマメ子かぁ
なんだ居たのか?

何言ってんのよ!
朝からずっと一緒に居たじゃないの!
もうっ!!(怒)

ホントごめんね〜
ウチのお父さんはいつもこれなのよね〜

危機一髪のところでセーフ。

まだ携帯電話のなかった時代、
異性とのコンタクト手段は100%「家電」だった。

家族愛が強かった時代。

あの頃の父親は本当にガードが固く
簡単に男からの電話を取り次いでくれなくて大変だった。

こちらとしても当時、寮の部屋には電話はなく
かかってくる電話は全て事務所経由でつながる
システムだっただけに、邪魔者がなく直通で会話が
できるということに強い憧れを持っていたことを覚えている。

それだけに当時、女性の電話番号をゲット出来るということは
マイケルジャクソンのコンサートチケット・・・
いや、それ以上のプレミア(超希少価値)が付いていたんだ。

やっとの思いでつながった電話で
待ち合わせの場所を決める。

じゃあ、10時に駅前で。

気をつけないといけないのは
安易に待ち合わせ場所を決めてはいけないということ。

いったん待ち合わせ場所に向かい外出するということは
その後の交信手段が一切なくなることを意味する。

じゃあ、10時に駅前で。

とは

果たしてそこは何駅なのか?
西口なのか?東口なのか?
遅れた時は何分待ってくれるか?

万が一、ほんのわずかでも待ち合わせ場所に
ミステイクが生じれば、会うことが出来ずに
その日を終えてしまうという悲劇につながる訳で

あの頃、待ち合わせをするということは
修学旅行の準備以上に入念な確認が必要とされたんだ。

ましてや、初対面ならば
服装や髪型、そして名前の確認も
忘れてはいけない。

時計は狂っていないだろうか?
これも大事なこと。

たとえベストを尽くしたとしても
あろうことか時計が狂っていたら
全てがパーになってしまう。

相手との距離が車で1時間もある様な時は
当然ながら交通渋滞や事故で電車がストップ
してしまう可能性もある訳で

そんな時は、軽く1〜2時間は
待ちぼうけをくらう訳で
精神的にはキツかったな。

あと5分したら来るんじゃないか?
いやいや、これはもう絶対に来ないよ。
あと5分だけ待って来なければ諦めて帰ろう。

そんな気持ちを繰り返しながら
結局、いつまでも待ち続ける羽目に。

って言うか、
諦めたところで行く当てがないしね。

待つこと1時間30分・・・・

ごめーん!!
事故で大渋滞だったの〜!!(涙)



いまどこ?

ボタン一つで直につながり
メールで簡単に居場所を確認できる
今の時代と比べれば

本当に不便でアナログな時代だったけど

それだけに会えた瞬間は本当に嬉しく
いっそう感動的だった。

あの頃の僕たちにとって、待ち合わせに遅れた時に
どれだけの時間を笑顔で待てるかが愛情の証であり

と、同時に

自分自信の本当の気持ちを確かめられる
唯一の瞬間でもあったんだ。

ケータイひとつで何でも出来る今の時代から思えば
超古くさいドラマの様なワンシーンも
あの頃の僕たちには日常茶飯事だったんだ。








posted by Morii at 06:42| 日記