2010年10月18日

バイオグラフィーBLOG 45

九州を完全制覇?した僕は

さよなら〜

心の中で別れを告げて
一気に北上の旅に出た。

ホームグランドの三重を通過し
浜松でうなぎパイを食べ
花のお江戸、東京を抜け
ライダーたちに人気のいろは坂での
コーナーリングを楽しみながら
ついに辿りついた日光東照宮。

ブブー。
ここでタイムアップ。


当時サラリーマンだった僕に
与えられた時間はここまで。

栃木県を頂点に僕の一人旅は
ここで幕を閉じたんだ。

確かに日本一周という目標は達成出来なかったけど
でもそれ以上に出来たことの方が圧倒的に多かったと思う。

大切なのは結果ではなくプロセス。

大切なのは

行けるとこまで行き
やれるとこまでやり
走れるだけ走り切ることなんだと思う。

独身寮に戻るなり
バイクにも乗らない先輩たちからは

そんな無駄なことをして
いったいどんな意味があるんだ?


なんて言われ
まぁ確かにそれはそうなんだけど・・・

でも、それを無駄って言っちゃったら
先輩の新車の後部座席にまで敷いている
座布団だって無駄だし

時代はCDに変わろうとしているのに
いつまでも聞くことのないレコードを
大事にしていることだって無駄だし

彼女もいないのに毎週末ピカピカに
洗車しているのだって無駄じゃん!!

そんなことは思ってても
言えなかったけど(笑)

無駄で上等!
意味なんて必要ないんだ。

僕は意味がなければ動けないほど
まだ年はとっていないんだ。

意味があるから動くんじゃなく
動くことに意味があるんだ!

学ぶことなんてなくったって
感じることは十二分にあった旅だった。

あれから20年という歳月が流れたけど
今でも昨日のことの様に思い出される。

その後、九州の地に足を踏み入れたことは
1度もないけど、今でも僕にとっての九州は
優しくて美味しい街のまま。

旅での様々な出会いや経験が
僕に与えてくれた影響は大きいと思う。

あの旅がなかったら今の自分はないと思えば
そこには十分過ぎる意味があったんだと思う。

意味があるから動くんじゃない。
動いた後に、意味は生まれるんだ。

あの時の旅が20年経った今
僕にそう教えてくれたんだ。

僕にとって最初で最後の
日本一周一人旅編

これにて完結。

(パチパチ〜)

やっとの思いで旅を終えた僕に待っていたのは
ある女性との出会い。

ケータイを駆使する今では有りえない
超アナログな爆笑恋愛ストーリーに
ぜひご期待下さい。












posted by Morii at 16:11| 日記

2010年10月07日

バイオグラフィーBLOG 44

風が吹くまま気の向くまま
僕は阿蘇山を目指し再び走り始めた。

誰と待ち合わせをしている訳でもないし
何時までに着かなくてはという制限もないし

そもそもどうしても阿蘇山に行かなくては
ということもないだけに気楽な一人旅だった。

ゆっくりと、時には最高速で
自分のペースを乱すことなく
楽しく走り続けた。

対向するライダーたちとVサインで
合図を交わしながら止まる先々で
多くのライダーたちと交流を深めていった。

当時もかなりレア物だった
僕の火の玉カラーのZ2は

カッコイイっすね〜 と

止まる先々のパーキングでいつもたくさんの
ライダーたちに囲まれ写真をせがまれていた。

やはり本物は違う。

並みのバイクでは絶対にこうはいなかい。

やっぱ、Z2という名車でなければ
こんな経験は絶対に出来ないと思った。

走れば良いという訳でもなく
性能が良ければ良いという訳でもなく
また古ければ良いという訳でもなく

Z2が醸し出すオーラというか
カリスマとでも言うのだろうか

やはり本物は違うと思った。

当時の僕はまだ右も左も分からない
二十歳の青二才だったけど

Z2という名車に乗っていたお陰で
多くのライダーたちから
僕は「名車を乗りこなす青年」になっていた。

事実
「今回は400で来たけど普段は
900ccを乗っているんだ。」

と豪語している人の前には
誰も集まりはしなかったことで

たとえライダーが偽者でも
本物を乗りこなすことで
世間の評価は本物になり

たとえライダーが本物でも
それなりのを乗っていたら
その様に評価されるんだって思った。

誰が乗っているか?

よりも

何に乗っているか?

世のライダーたちにとって
これが全てなんだと思った。

人は、見た目が8割。

昔、母親から

靴を踏まない様に。
ポケットに手を入れない様に。
身だしなみをちゃんとしなさい。

と、口うるさく言われた意味が
ようやく良く分かった気がした。

本物になりたいなら本物に触れること。

現在でも名車と言われるZ2を乗ったことは
20年経った今でも僕の中での強い誇り。

そんな僕の目の前に
意外な人が飛び込んで来た!

あれーーーー!!!!!

それは以前、鳥取砂丘で乗っているバイクが
同じカワサキの750ccということもあり

意気投合して、しばらく一緒に走っていた
カワサキ750FXというバイクのオーナーさんだった。

こんな広い日本でまた会えるとは!!

こんな広い日本だもの、一度別れてしまったら
もう二度と会うことなんて絶対にないと思っていただけに
再び会えた偶然にもの凄い運命的なものを僕は感じた。

と、同時に
世の中に絶対はない!!
ということを僕は知った。

もしかしてこの人は
僕にとって運命の人なのか?

そう思った僕は

ヒゲもじゃでメガネという彼のその顔に

いやいや
やはり運命の人は素敵な女性でしょ!!(笑)


そんなことを思いながら
2台で走りながら今日の寝床を探し始めた。

やはり駅にしますか?
そうっすね!

そんな会話をしながら僕たち2台は
野宿の定番、駅に向かった。

駅に着くなり、何故か5,6人の男性が
待ってたよ〜
と手を振って待ってくれていて

(誰だよ?あんたら?)

と思いながらも彼らに近づくと
彼らも同じ一人旅のライダーたちで
駅で野宿しようと集まって来た連中だった。

考えることは皆一緒なんだ。(苦笑)

一人旅も皆が集まればチームじゃん。

そう言えば、走っている時以外に
一人でいることって案外、少なくて
いつも誰かと一緒だった気がする。

考えてみれば1億2千万人もいる
この島国で一人になんかなれる訳がないと思った。

この世にいる限り
一人っきりだと思い込むことは出来ても

本当に一人っきりになることなんて
それは不可能なんだって
今回の旅が僕に教えてくれた。

全国各地から集まったメンバーと
自販機で買った缶ビールで乾杯をし
一夜限り限定の楽しい夜を過ごした僕は

翌朝、早朝から再び走り出し大分、熊本と
一気に九州各地のラーメンを食べ歩いて行った。

その結果、導き出した僕の答えは
紛れもなく

どの土地のラーメンも
めちゃめちゃ美味いっ!!


という事実だった。

それぞれにそれぞれの良さがあるラーメンたちに
グルメ雑誌の様に簡単にランキングを付ける様な
ナンセンスなことは僕には出来ず

今でも僕にとっての九州ラーメンは全てがNo.1。

でも本当はラーメンの味よりも
“こんな大変な思いをしてまで食べに来た”
という思いが、僕にとってのNo.1だった気がしている。

どの味を食べるか?よりも
どの様な思いで食べるのか?

それが自分にとって本当の味を決めるんだ
ってことを僕は体で学んだんだ。














posted by Morii at 18:55| 日記

2010年09月23日

バイオグラフィーBLOG 43

再び次の街に向けて走り始めた途端
僕のバイクは急に乗り心地が悪くなってしまった。

あちゃ〜 
パンクだぁ〜

仕方なく重たい750cc(ナナハン)を引きながら
修理してくれる店を探す羽目に。

暗くなり始めた時間帯だったけど
運良くバイクショップを見つけて一安心。

すいませ〜ん。
パンクしちゃったんです〜


ようやく辿り着いたバイクショップの店員さんは

すいませ〜ん。
うち、旧車のパンク修理出来ないんですよね〜


と一言。

う、うそ〜ん!!

そうこうしている内に陽も落ち始め
辺りのお店も閉店し始めた。

まだ24時間営業がスタンダードではなかった時代。

暗くなり始めると同時に数軒しかなかった
お店も次々に閉まり始めてしまった。

ま、まずい。(汗)

このままだと、ここで立ち往生してしまう。

取りあえず腹ごしらえしながら
食堂のおばちゃんにバイクショップの場所を聞くと
ここから20分ほど先にバイクショップが
あるという情報をゲット!

急いで食事を済ませた僕は
取りあえず、重いバイクは人目の付かない場所に隠し
いざバイクショップを探しに出た。

だけど全然見つからない。

確かに20分ほど走ったのに
おかしいなぁ〜と思いながら
ある重大なことに僕は気づいた。

「20分ほど先」とは

歩いて20分なのか?
走って20分なのか?
車で20分なのか?

で、その距離は大きく変わるということ。
更におばちゃんと自分の速度感覚も大きく違うハズ。

結果的には車で20分の距離にあった
バイクショップは運悪く定休日だった。

ガーン
こ、ここまで来たのに・・・(涙)

捨てる神いれば
拾う神もいるもの。

辺りが完全に暗くなってしまい
途方にくれて歩いている僕に

ガソリンスタンドのおじさんが

にいちゃん、どうした?

と声をかけてくれた。

理由を説明すると

ばってん
今日はウチの店に泊まっていけばよかたい!

と言ってくれた。

スタッフのお兄さんたちも
腹減ってるだろ?と
店長のおじさんが帰ってから

ビールと食料を用意してくれて
一人ぼっちの僕のために軽い宴会をひらいてくれた。

翌朝、僕のバイクを直すために
近所に住む自転車修理の達人という
73歳のおじいさんをわざわざスタンドまで呼んでくれた。

そのおじいさんは
カワサキ750RSZ2という僕のバイクを見た瞬間

よか バイク乗ってるねぇ〜

ゼッツーかぁ〜 懐かしいねぇ〜
ワシも昔乗ってたばい、と

いろいろ乗ったけどこのバイクが一番よかとよと
懐かしそうに昔話を聞かせてくれた。

本業は自転車修理だし、最近のバイクは
みなチューブレスタイヤだから
バイクのパンク修理なんて本当に久しぶりたい
と言いながらも

73とは思えない手際で見事に
僕のバイクを修理してくれた。

少し腰が曲がり、手足も細く白髪頭のおじいさんが
750ccという大型バイクを手際よく修理している
その姿に僕は「職人」というものを感じた。

この時が僕にとって「手に職を持つ」ということの
素晴らしさを初めてリアルに感じた瞬間だったかも知れない。

おじいさんの後姿は
いつか自分も

いつでも、どこでも、どんな状態でも
リクエストに応えられるそんな職人に
なりたいと僕に思わせてくれた。

ありがとうございます!!

代金を払おうとする僕に
金はいいから、事故だけはしない様に
気をつけて旅を続けて欲しいと言ってくれた。

なんていい人たちなんだ。

あれから20年という歳月が流れたけど
この一件によって
未だに僕の九州人に対するイメージは

有名人でもなく、知事でもなく
この時出会ったスタンドのスタッフと
自転車修理のおじいさんであり

九州=「超優しい人たちの集団」
とインプットされている。

わずか数名の人たちの行動や発言が
何十年もの間、僕の中で九州全域に住む全ての人の
イメージを作り上げているという事実に

その土地のイメージとは
自分の行動や発言で作られていることを知った。

再び走り出そうとした僕は
行くあてのないことに気づき
どこかいい場所がないかと尋ねると

九州という言えば阿蘇たい。

とおじさんが教えてくれた。

阿蘇山ですか?
(どんな山だろ?)

手を振って見送ってくれるスタンドの皆と
お別れをしながら、阿蘇山を目指し始めた僕は

この時、阿蘇での素晴らしき出会いが
かつてないカルチャーショックを与えてくれるとは
この時まだ知る由もなかった。




posted by Morii at 08:46| 日記

2010年09月14日

バイオグラフィーBLOG 42

ついに九州上陸を果たした僕は
念願の長浜ラーメンを口にすることに。

この辺りで一番美味しいラーメン店って
どこですか?

そう尋ねる僕に

ラーメンと言えば長浜たい。
九州ラーメンは長浜たい。
ばってん長浜はいつも満席たい。


誰もが迷うことなく
長浜ラーメンを教えてくれた。

そ、そんなに美味しいの!?

高まる期待に胸を膨らませ
手書きの地図を頼りに僕は長浜ラーメンを目指した。

迷いながらもようやく
長浜ラーメンに到着した僕は

これが有名な長浜ラーメン!??

とビックリした。

誰もがナンバー1というお店だから
さぞスタッフも多く立派なお店なんだろう
と想像していたけど

目の前の長浜ラーメンは
平屋の古くさい感じのお店。

だけど長蛇の列!!

良い意味で僕の期待を裏切ってくれた。

これが噂の長浜ラーメンかぁ・・・

お世辞にもキレイと言えないお店だけど
有りえない長蛇の列に、ただただ

スゲェー
の一言。

たしか30番目くらいだったと思うけど
列の最後尾に並んだ僕は

こんなお店でこんなに並ぶんだから
よっぽどスゴイんだよなぁ〜とワクワクした。

もしかしてアイドル並の可愛い子が
いるんじゃないかと、ちょっと期待も。

待つこと数十分。

さほど広くない店内の端っこに
ようやく座れた僕は

スキンヘッドで恐そうな大将の顔を見た途端
アイドルなんていないことを確信。

店内を見渡すと客でびっしり。
“へい 大盛りいっちょー!!”
威勢の良い声が飛び交うお店の雰囲気に

商売とは見てくれじゃなく
味や腕で決まるんだと思った。


どんな悪条件も繁盛さえすれば
好条件に変わることを知ることで

悪条件だからダメだったなんて言い訳は
絶対に出来ないと思った。

パーキングもなく、決して立地条件も良いという
訳ではない裏通りにも関わらず
これだけ繁盛しているという現実は

小さくても十分やれる。

僕にビジネスの醍醐味というものを教えてくれた。

額に汗をかきながら
忙しくラーメンを作る合間に

にいちゃん、ひとりか?

と大将が声をかけてくれた。

はい!
美味しいラーメンを食べるために
バイクに乗って一人旅でやって来ました!!


という僕に、一言

そうか。
じゃもう一杯食ってけ。


と、気前良く
かえ玉をサービスしてくれた。

決してサービスをしてくれたからって訳じゃないけど
2杯目を食べ始めた途端、恐かったスキンヘッドの笑顔が
もの凄く優しく思えたんだ。

長浜ラーメンを食べたのは
この時が最初で最後だけど
あの時の味と感動は今でも忘れられない。

大切なのは中身。

たとえ店が古くたって
大将の顔がスキンヘッドで恐くたって

本物の実力さえあれば
どんな悪条件でも勝負出来ることを
長浜ラーメンは僕に教えてくれた。

たかが一杯500円のラーメンだけど
遠く離れた町の人から九州一と言われる
大将の腕とハートに僕は心から感動したんだ。

いきなりこんなに美味しくて
どうするんだ!?

次なる九州ラーメンを目指して
走り始めた僕にあるハプニングが・・・

あれあれあれ〜
バイクが動かないぞ〜(汗)
























posted by Morii at 16:31| 日記

2010年09月01日

バイオグラフィーBLOG 41

西日本に突入した僕は
迷うことなく海岸線を走るルートを選んだ。

理由は単純に気持ちが良さそうだから。

街中を抜け出し一気に日本海を目指した僕は
走ること約40分・・

キター!!!

目の前に広がる一面の海に
僕は心から感動した。

青空に下に広がる一面の海は
本当に神秘的で噂以上にキレイだった。

ヨッシャー!!
ここまで来ればもう地図なんていらない。

一気に行くぜぇい!!

広大な海を右手に当時、大人気だった
映画「トップガン」のカセットを
持参したウォークマンでガンガンに聞きながら

ノンストップで
僕はサンセットロードを爆進!

延々とどこまでも続く果てしない海が
超正確に僕をナビゲートしてくれた。

灼熱の太陽も風と海が癒してくれ
沈み行く夕日を体中に感じながら
時速100キロの世界を僕は満喫していた。

気分は完全にトムクルーズ。

気分が乗るとスピードも乗るもので
体の疲れもなくなり予想以上の好ペース。

ヨッシャー!
ばってん
ここまで来れば目標は一気に九州でごわす。


とばかりに

ついに僕は「九州」という地名を
心の中にロックオンさせた。

“取りあえず行ける所まで”

と思ってスタートさせた旅だったけど
九州という地名に随分遠くまで来たもんだとワクワクした。

九州と言えばラーメン。

そうだ!
九州中のラーメン食べ歩きっていうのも面白そう!

いつしか僕の目標は
九州ラーメン食べ歩きの旅に変わっていった。

関門海峡を渡り、いざ九州に到着。

生まれて初めて降り立った九州の地に
本当にここまで来たんだ〜とちょっと感動。

いろいろあったけど
ついに九州まで来たんだと
かなり感動した。

やればできるっ!!

誰もいない一人旅だけに
自分で自分を褒めてあげるしかなかった。

たとえ少しずつでも諦めずに前に進めば
いつか必ず九州まで辿り着けるってことは
誰でも分かる当たり前のことかも知れないけど

だけど頭で分かっていることと
体で体感することは全然違うってことを僕は知った。

本当に当たり前なことかも知れないけど

前に進むことで
本当に九州まで来れるんだってことを

実際に九州まで来たことで
初めてリアルに感じられたんだ。

頭ではどんなに分かっているつもりでも
実は全然分かっていないってことは多いかも知れない。

考えてたことと、感じたこと。
似ている様でもかなり違うって思った。

世の中に体感に勝るものはなく
考えたり読んだりして学ぶのではなく
体験してこそ初めて自分のモノになるって思った。

生まれて初めて降り立った九州の地は、それまで
僕が思い描いていた田舎的なイメージとは全然違い
超高層ビルが立ち並ぶ大都会だった。

大都会な街並みに圧倒された僕は
それまで抱いていた九州のイメージなんて
簡単に吹き飛ばされてしまった。

九州がこんなに都会だったなんて・・・

まさに「身の程知らず」とはこのこと。

自分の方がよっぽど田舎人だったと言うことを
身を持って思い知らされた。

昔から「九州男児」という様に
九州の男は皆男っぽい人ばかりと思っていたけど
意外と優しい人が多かった。

九州男児=西郷どん。

これも単なるイメージに過ぎなかった。

すれ違う人に

九州の男性って「おいどん」とか
「ごわす」って言うんですか?


と聞いて回ったところ

それって
西郷さんでしょ。


西郷隆盛の影響で良く言われるけど
今時、そんな言い方する人なんていないですよ。
まぁ「ばってん」は普通に使いますけどね。

とのことで、つまりこれも
単なる僕のイメージに過ぎなかったってこと。

自分が思い描いていた九州と
目の前にある現実の九州とのギャップに
戸惑いを感じながらも

でもどちらがホントかと言えば
間違いなく目の前の九州が本物であって

僕の頭にあった九州のイメージなんて
所詮、単なるイメージにか過ぎなかったことを痛感させられた。

どんなに分かっているつもりでも
実は全然分かっていないってことは
きっと多いんだと思う。

分かっているつもりでいたことの多くは
単なるイメージに過ぎないんだって思えたことで

自分の中にあるイメージを消し去り
自分の目で見たもの、そして自分の体で
体感したものだけをインプットさせること。

これが大事なんだってことを
九州の街が僕に教えてくれた。

聞いたことや読んだこと。
教えてもらったことや、学んだことなんかじゃなく
自分で体感したことこそが自分にとっての
真実なんだって思った。

大切なのは、他人の感じたことでも
世の中の一般論でもなく

自分にとっての真実。

多分○○だろう。
きっと○○だろう。

そんなまだ見ぬ先入観を捨て去り
目の前の現実を素直に取り入れることが大事なんだ。

九州に降り立ってから、ことごとく僕の九州イメージは
外れたけど、ただ名店「長浜ラーメン」の味だけは
唯一、僕のイメージ通り、最高の味だった。





posted by Morii at 17:52| 日記

2010年08月30日

バイオグラフィーBLOG 40

再び走り始めた僕だったけど
目的を持たずただ走り続けることは
相変わらず苦痛を感じ

いったいいつまで走るつもりなんだよ〜
って言うかこれからどこに行くんだよ〜

今ならまだ戻れる。
いやいや前に向かって進むんだ!

そんな気持ちと再び僕は戦っていた。

ただ、たとえ小さくても何かの目標を持つことで
前に進むモチベーションを保てるということを
いつしか身に付けていた。

兵庫在住の田中先輩以外、知り合いはゼロだけに
こらから頼れる人は誰もいない。

だから僕は旅の途中で出会う方々に

すいませ〜ん!

どこか有名な場所とか
名所とかありませんかぁ〜?

と聞いて回ることで
小さな目標をゲットして行った。

ある初老の男性から

だったら姫路城を見ておきなさい。

と言われ

ひめじ、じょう??

当時、知識のかけらもなかった僕は
それがお城であることに気づくまで
少しの時間を要してしまった。

お城なんて全然興味ないし
退屈そうだし、やっぱやめようかな??

なんて思いながらも
大切なのは前に進むことと

まぁ行く当ても何もないだけに
取り合えず姫路城を目指して僕は走り始めた。

これが姫路城かぁ〜

生まれて初めて見る姫路城の素晴らしさに
僕はカルチャーショックを覚えた。

それまでお城なんて・・・

と思っていた僕にとって
姫路城のクオリティーは想像以上に高く愕然とした。

お城や歴史を馬鹿にしていた自分が情けなくなり
姫路城の見学を機に僕は歴史ファンになったと言っても
過言ではない。

その後も鳥取砂丘や
その土地その土地の名物や名所を目標に
僕はひたすら走り続けた。

生まれて初めて見る
素晴らしい景色の数々に

それまで無理やりだった目標設定も、次第に

もっと見てみたい!!

という願望に変わって行った。

この頃から
自分の意識が変わったことを覚えている。

それは親戚や知り合いが全くいない
というだけでなく

今の今まで全く足を踏み入れたことのない
未体験ゾーンに突入した様な
そんな気持ちになったんだ。

初めて走るロード。

そして
知り合い&身寄りゼロ。

そんな正真正銘の未体験ゾーンに突入したことで
かつてない不安を覚えると同時に
初めて本当の一人旅をしているんだと僕は感じられたんだ。

事実、その頃から「帰りたい」とか「戻りたい」
といった気持ちにならなくなったことを覚えている。

かなりの距離を走り、全く知り合いがいない土地だけに
確かに不安もあったけど、だけど

見る景色の一つひとつが

そして
すれ違う人の一人ひとりがとても新鮮で

僕のハートはドキドキよりも
ワクワクが勝っていたんだ。

慣れない野宿も何度か経験する内に
次第にベストポジションの選び方も分かっていった。

今日は公園にしよう。

少し大きめの砂場を見つけた僕は
ひんやりとしつつもやわらかい感覚の砂場に
今、一人旅でのベストオブポジションをゲットした。

目を閉じ、ウトウトとしかけたその時
ザクザクという足音が聞こえた。

初めは、誰か来たな。
ぐらいに思っていたけど

だんだんと自分の方に足音が近づいている様に感じ
少し不安になって来た。

ま、まさかな・・・

と思い直し、再び熟睡モードに入った。

しかし、なぜか足音は僕の寝ている方に
近づいて来ている。(汗)

辺りは真っ暗闇。
しかも足音は複数。

そう言えば最近あった
「若者によるホームレス暴行事件」
という新聞記事を思い出し

ま、まさかな



も、もしかして



変わったその時、数名の足音が
ピタリと僕の頭の周りで止まった。

お、終わった・・・
僕の人生、ここで終わった・・・

あまりの恐怖で体がこわばり
目も開けられない状態でいる僕の耳元に

兄ちゃん。
ここは屋根ないから雨降ったら濡れるし
こっち来なよ。

!?!?

全く予想外の展開に
一瞬何が起こったのか分からなかったけど

そっと目を開けると

屋根付きのベンチを指さした
正真正銘のホームレスのおじさんたち3人に
僕は囲まれていた。

しばらく洗濯もお風呂にも入っていないだろうなぁ
というおじさんたちの姿に正真正銘のホームレスを僕は感じた。

い、いえ
ここで結構ですから。

そう断ったハズなのに

信じられないことになぜか僕の周りで
一升瓶と珍味を肴に酒盛りを始め出したんだ。

本当に嘘みたいな話だけど
3人のホームレスのおじさんたちは
僕を中心に楽しそうに酒盛りを始め出したんだ。(涙)

(寝れないよ〜!!)
と思いながらも

まぁ、兄ちゃんも一杯どうだ?

と言う

そんなおじさんたちの楽しそうな顔を見ると
何だか今さら場所を変えるのも悪い気がして
少しだけ付き合うことにした。

当時どんな話をしたかはよく覚えていないけど
ただ久しぶりに若い人と一緒にお酒を飲めたことが
嬉しい嬉しいとしきりに言っていたことを今でも覚えている。

確かに見た目は良くないかも知れないけど
だけどとても親切で心の優しい人たちだった。

人は見た目で判断してはいけないと
小さい頃、よく言われたけどホントなんだと思った。

翌日、夜明けと共に目が覚めた僕は
ホームレスのおじさんたちと川の字になって
寝ている自分の姿に思わず(苦笑)。

嬉しそうに一升瓶を抱きかかえて
まだ気持ちよく寝ているおじさんたちを残し
僕は再び走り始めたんだ。

あれから20年の歳月が流れたけど
ホームレスのおじさん3人と酒盛りをしたのは
後にも先にもこの時だけ。

今から思えば一生忘れることの出来ない
とても貴重な経験だった様に思い出される。

















posted by Morii at 20:46| 日記

2010年08月17日

バイオグラフィーBLOG 39

「日本道路地図」だけを頼りに
再び走り始めた僕は、大都会神戸とは
180度違う暗闇だらけの峠道を走る羽目に。

街灯もない夜の山道は何とも不気味。

この時間、ここで転倒(コケたら)
マジでシャレにならない。

出来れば今夜の内に先輩宅に着きたい一心で
必死にアクセルを回したけど、延々と続く峠道に
だんだん不安になった僕は

さすがに体力の限界と身の危険を感じ
今一人旅、初の野宿をいざ決行することに。

そんな僕が野宿ファーストポイントに
選んだ場所は、何と「トンネル」。

山道だけに適当な場所も何もないだけに
取りあえず雨風をしのげるかな?と
トンネルの中で寝ることにしてみた。

慣れない寝袋で初めは寝つきが悪かったけど
ようやくウトウトしかけた・・・と、その時

ボオーー!!!!!
ゴオーー!!!!!


もの凄い爆音を響かせ
大型トラックがトンネルに入って来た。

それでなくても爆音なのに
トンネル内ではエコーも効いて
爆音量は2倍! 

しかも睡眠中だけに驚きは3倍!!

あまりの爆音に身の危険を感じた僕は慌てて
交通量のなさそうな場所に安眠ポイントを移動。

後で聞いた話だけど
トンネル内での野宿は
いろんな意味でご法度らしい・・・(汗)

あ〜 
マジで恐かった〜


と、ドキドキする心臓の鼓動にしばらくは
寝付けなかったけど、さすがに疲れもピーク。

気がつけば朝だった。

生まれて初めての野宿で迎えた朝は
とても気持ちのイイ朝だったことを今でも覚えている。

気分一新、朝日を味方に走り出した僕が
迷いながらも何とか「ホテル田中」に到着出来たのは
まさに先輩の朝食の直前。

「田中」という表札を見つけた時は

あ、あった!!

と、思わず声に出してしまったほど嬉しかった。

地元三重と比べれば大都会の兵庫県だけど
こんな山奥の田舎町。

別段、豪邸でも、町の有名人と言う訳でもない
ごくごく普通の田中家をよく見つけられたものだと
自分でも感心してしまった。

目的地さえ決めれば
たとえそれがどんな場所であっても
必ず辿り着けるってことを僕は知った。

遠いところよくいらっしゃいましたね。
朝ご飯まだでしょ?
よかったらご一緒にどうぞ♪


初めてお会いした先輩のお母さんは
とても優しい方で、当時まだ「遠慮」という
言葉の意味を深く理解していなかった僕は
いきなりおかわりまでしてお腹一杯ご馳走になってしまった。

久しぶりに会った先輩は
超ロン毛にあごヒゲまではやして
ワイルドというよりヒッピーな感じだった。

「本当に俺がやりたい仕事は
こんなことじゃないんだ!!」


という名台詞を残して

一早く退社した田中先輩は
未だやりたい仕事が見つからず、日々
ギターと麻雀に熱中している様だった。

それ、ロンっ!!
悪いなぁ〜
リーチ一発ドラドラでマンガンな。

旅の疲れもそこそこに
気がつけば何故だか僕も麻雀のメンバーに
組み込まれていた。

昼食後すぐに始まった麻雀大会は
夕食まで一気に続けられ

夕食後1時間後には男四人で
再び熱戦が繰り広げられた。

一人旅での予想外の麻雀。
お初のメンバー。
しかもアウエーということもあり
前半は押され気味だったけど

お母さんの美味しい夕食を頂いてからは
お袋パワー炸裂で一気に負けを取り返し
プラスにまで持ち返した。

(よしっ 運がこっちに回って来たぜ!
あと1回上がったらトップだ・・・)

そう心の中で思った瞬間

いったい何をしてるんだ!?

ぼ、僕は麻雀をするために
ここまで来た訳じゃないんだ〜


忘れかけていた「日本一周」という
壮大な目標を思い出した僕は

明日も泊まって行くんだろ?
という先輩のセリフに

いや、これでも一応
日本一周の旅に出てるんですよ!
という言葉を返した。

「日本一周」なんてことは
初めから信じることなく

わざわざ自分に会いに来てくれたとばかり
思っている田中先輩は、僕を楽しませ様と
いろいろ気を使ってくれていた。

明日は4対4(ヨンヨン)で飲み会だぞ〜♪
一人は確実に可愛い子が来るらしいから
期待しててもいいからな。

ご、合コンですか!?

その素晴らしいイントネーションに、一瞬
このままここに居続けようかな?
とも思ったけど

ダメだ!ダメだ!!
今、合コンなんかに参加したらマズイって!
きっと前に進めなくなっちゃうよ!!

「この先に何が待っているか全く分からない一人旅」と
「確実に可愛い子が参加する保障付きの飲み会♪」

という

究極の選択を下された僕は
断腸の思いで一人旅を選んだんだ。(涙)

翌朝、ちゃっかりと朝食だけ頂いた僕は

マジでもう行っちゃうの〜??
せっかく超可愛い子に来てもらうのにさぁ〜

先輩のそんな言葉に後髪を引かれる想いをしながら

いろいろお世話になりました。

そんな言葉を残して僕は
ゴールなき旅に再び走り始めたんだ。

20年経った今でも思う。

あの時、先輩の甘い誘惑に乗って
あの場所に居続けていたら
きっとその後の未来は大きく変わっていたんだろうなぁ〜

って。

朝から麻雀大会で盛り上がり
毎日、美味しい手料理を食べながら
夜には合コンで楽しく過ごしていたら

それはそれで
きっと楽しい時間だったと思う。

だけどそれは

その後の一人旅で経験した全ての出来事や
その後の一人旅で見た全ての風景を失くすことを意味するんだ。

何かを得ることは
何かを捨てること。

刺激的な甘い夜と引き換えに
僕は一生忘れることのない時間を手に入れたんだ。

今から思えば
それほど悩むほどのことではないかも知れないけど
でもあの時の僕にとってはホント究極の決断だったんだ。

起こした行動に間違いなんかないと思う。

どちらを選択していたとしても
きっと楽しい時間だったと思う。

ただ20年経った今でも時々思うことがあるんだ。

あの時の“超可愛い子”という女性が
いったいどんな人だったのかってね。




























posted by Morii at 16:39| 日記

2010年08月10日

バイオグラフィーBLOG 38

出発したと思った矢先

続けるのか?
それとも引き返すか?


という選択を叩き付けられた僕は

やっぱクーラーの効いた部屋で
ゆっくりするのも悪くないなぁ〜

それにせっかくの休みなんだから
海に行ったりして友達と楽しく遊ぶべきかな?

そんな自分と

いやいや、日本一周をするために出発したのに
いきなり引き返してどうするんだよ〜

部屋でゆっくりしたり
友達と遊ぶことなんていつでも出来るって!!

だけど二十歳で日本一周の一人旅なんて
絶対に今しか出来ないんだぞっ!!

楽な方を選んでちゃダメだって。

って言うか

まだ三重県じゃん!
諦めるにも早過ぎるって!!

という
もう一人の自分と戦っていた。

結果的には確かに
いくら何でも早過ぎるでしょ〜

ということで続行することに。

気を取り直してバイクを走らせた僕は
取りあえずの目標を決めることにした。

いきなり「日本一周」という
壮大な目標だけでは、やはり気が重い。

もちろんそれが最終目的地でないにしても
何かしら目指すべき目的がないことには
走り続けることは難しいと思った。

どこを目指そうか?

近過ぎてもテンションが上がらないし
遠過ぎてもモチベーションが続かない。

近過ぎず、遠過ぎず
それでいて行ってみたくなる様なところ・・・

そうだっ
六甲山を登ろう!!


18歳で車を買ってすぐにドライブに行った
六甲山の夜景を思い出した僕は
取りあえずの目標として兵庫・六甲山を選んだ。

よしっ!
今日の目標は
六甲山の100万ドルの夜景だ!!


ただ闇雲に前へ前へと走ることよりも
ちょっと頑張れば届きそうな

そんな小さな目標を立てることが
再び走り出すテンションに繋がることを知った。

走り出すこと数時間。
暗くなると同時に辿り着いた神戸の街並みは

山・川・木・空といった
それまでのカントリーロードとは
打って変わって片側4斜線の大都会。

交通量の多い街中を抜け
六甲山を目指した僕は

前方を走るディーゼル車の排ガスを
もろに浴びることで純白のTシャツが真っ黒に。(涙)

何だかんだと言って「小さな目標作戦」が功を奏し
無事、六甲山に到着することに僕は成功した。

100万ドルと言われる絶景の夜景も、男一人
排ガスまみれの僕には2万円ポッキリと不満足でも
小さな目標をクリア出来たことが満足。

辺りを見渡すと超ロマンティックな雰囲気の中
イチャイチャしたカップルだらけに場違いさを感じながら

僕の目標は日本一周なんだ!!

羨ましい〜!!
という気持ちを押し殺し
一気に山を下った。

どこに向かおうか?

寝るにはまだ少し早いし
お洒落な神戸で野宿は見合わないし。

いきなり目標をなくした僕は、次なる目的地として
一足先に退社してしまった兵庫在住の田中先輩宅をセレクト。

久しぶりに先輩にも会いたいし
出来ればお風呂にも入れて欲しいし

今夜は「ホテル田中」に泊まることにしよう!

再び小さな目標を立てることで
僕は前へと進み始めた。

「カー・ナビゲーション・システム」

通称“カーナビ”という超便利な代物が
まだ世の中に発売される随分と前の話。

と言うか

そんな便利なモノがこの世に誕生するなんて
考えたこともなかった時代の話。

目的地を「脳」にセットさせてから
おもむろにライト片手に「日本道路地図」を広げた。

う〜ん。
詳しい場所なんて
ゴチャゴチャしててよく分かんないや。

まぁ 何とかなるっしょ。

だいたいの方向だけを頼りに
僕は「ホテル田中」を目指して一気に走り始めた。

あの時の僕にとって

「ホテル田中」に着くことが目的じゃなく
「ホテル田中」に着こうと動き出すことだけが目的だったんだ。


posted by Morii at 15:46| 日記

2010年08月09日

バイオグラフィーBLOG 37

夜明けと共にスタートさせた
生まれて初めての一人旅は
期待と不安で一杯の一人旅だった。

これから何処に向かうのか?
何が待っているのか?
一人旅ゆえに会話のない孤独な旅なのか?

期待半分、不安半分。

ルートも宿も何も決めないままにスタートさせた旅は
誰に相談することもなく、誰の目も気にすることなく
走りたい時に走り、止まりたい時に止まる。

まさに自由気ままな旅。

時間も何も気にすることなく自分のペースで
思いのままに、僕は日本一周の旅に出たんだ。

心地良いバイクのエキゾーストと
汗を乾かしてくれる風を体中に感じ
気分はトムクルーズ。

これから起こる出来事や初めて見る光景に
ワクワクと胸を膨らませながら時速100キロの世界を
楽しんでいた。

右に曲がり、左に曲がり
自分の思う道を自分で選びながら
ひたすら前へ前へと突き進んだ。

どれ位の距離を走行したのか?

ある程度の時間を走行した頃に
ふと、あることを思った。

それは

いったい
どこまで走るの??


ってこと。

「日本一周」な〜んて言いながら
いざ走り出してみると
どこに向かえばいいのか分からなかった。

「自由・気まま」も長時間続くと
何だか刺激が弱くなって来るもので

ただ漠然と走り続けることは意外と苦痛だった。

「日本一周」という明確な目標を立てた様でも
実のところ「不明確な目標」だったことを実感。

風を切る様なスピードは刺激よりも
体力の消耗を感じさせ

「日本一周」という壮大な目標は時として
精神的プレッシャーを生み出した。

走り出したからこそ分かることがあるもので

思っていたことと、やってみることは
案外、違うことを僕は知った。

これだけの距離を走ったにも関わらず
地図で計るとほんのちょっと。

まだ乗りなれないバイクでの
「日本一周一人旅」は想像以上に
気力・体力・精神力を必要とした。

こんなんでホントに
日本一周なんて出来るの!?(汗)


旅をスタートさせた初日。

しかもまだ陽が明るい内から
こんな気持ちじゃ先が思いやられる〜

身の丈に合わない
「日本一周」という壮大な目標に
いきなり立ち往生してしまった僕は

続けるのか?
それとも引き返すか?


自由気ままな一人旅ゆえに
誰に相談することも出来ず
誰の目も気にすることも出来ず

僕はいきなり自分自身に
究極の選択を叩き付けられたんだ。



posted by Morii at 15:56| 日記

2010年07月22日

バイオグラフィーBLOG 36

中学を卒業すると同時に家を出てから
実に5年もの歳月が流れた。

無我夢中?の5年間。

気がつけば僕は二十歳という
メモリアルな年齢に達していた。

二十歳という人生の中で
もっともメモリアルなこの時に
僕にはどうしても叶えたい夢があったんだ。

それは憧れ続けた名車
カワサキ750RS ZU(通称、ゼッツー)
と呼ばれるバイクでの日本一周一人旅。

17歳の時に読んだマンガ「あいつとララバイ」の中で
主人公が颯爽と乗りこなすZUの姿に

いつか僕もZUに乗りたい!!
と、ずっと憧れ続けていたんだ。

そんな名車中の名車で一人旅をするだけでも
十分な思い出になりそうだけど

二十歳という人生のアニバーサリー的瞬間に
日本一周というテイストをブレンドさせれば
一生忘れることのない思い出になることはまず間違いない!!

こうして僕の「二十歳・ZU・一人旅」は決行されたんだ。

マジで買ったの!?
ホントに買うとは思ってなかったよ!!

当時、レアモノの旧車だけに超高額だった
ZUの購入に周りのみんなは驚いていたけど

だけど僕にとっては
3年前から綿密に計画されていた夢プロジェクト。

偶然なんかじゃなく、必然だったんだ。

・・・とは言っても

予定では二十歳になった地点では
費用・バイク・時間・知識・経験など
全てのモノがそろっているハズだったけど

現実には、「中型免許」と「やる気」以外は
何もそろっていない状況・・・(苦笑)

それでも僕には十分だった。

確かに現段階で夢を実現するには
不十分な状態かも知れない。

だけど

十分な時間と十分なお金が貯まるまで待っていたら
いったいそれがいつになるのか分からない!!

時間とお金とバイクがそろったから
旅に出るんじゃなく

旅に出るから
時間とお金とバイクをそろえるんだ!!

大切なのは

目の前の物的要因よりも
目に見えない熱い想い。

あの頃の僕は
若さと情熱だけが全てだった。

旅をするだけなら今のCBでも行けるけど
どうしてもZUでなければいけなかったんだ。

少し・・・いや、かなり無理をしての購入だったけど
あの頃の僕にとってZUで一人旅をするところに
大きな意味があったんだと思う。

二十歳でZUで一人で日本一周。

何一つ抜けてもダメだったんだ。

目的地があった訳じゃないし
どうしても今、行かなければならない理由もなかった。

ただ、二十歳となった今
17の自分に嘘はつけない。

ああしたい。
こうしたい。

そう思った17の自分に嘘はつけない。

親や先生に嘘はついても
あの頃の自分に嘘はつけない。

キュルキュルー ブォン!!

後部座席に寝袋だけをつんだバイクにまたがり

半ば強引にかき集めた「時間とお金とバイク」で
夜明けと共に僕は夢の日本一周一人旅へのスタートを切った。

どこに行くのか?
どこまで行けるのか?

目的もルートも何も決めないまま
ただ南の方角に向けて走り出したんだ。

意味があった訳じゃない。
意味を見つけるために走り出したんだ。



posted by Morii at 20:22| 日記