2010年07月15日

バイオグラフィーBLOG 35

背が高い、給料が高い、学歴が高い
いわゆる「三高」という言葉がもてはやされ

車でもバイクでも会社でも
より高く、より早く、より大きいものが
カッコイイとされていた時代。

2度の転倒から奇跡的なカムバックを果たし
思い出がたくさんつまったシビ太を友人に譲り

CB250からCB400へと
より大きなバイクへと乗り換えたあの頃

誰もが上だけを目指す
そんなバブリーな時代だった。

当時、ジュリアナというディスコが全国的に大ブレークし
ワンレンボディコンというセクシーなファッションに
派手な扇子を振りながら多くのOLが踊りまくっていた。

世の多くの男性たちは似合わない高級スポーツカーと
似合わないブランド物スーツに給料の8割方をつぎ込み

女性に贈るプレゼントはブランド品オンリー。
12月24日のホテルは取りあえず1年前から予約で一杯。

アッシー君(車で送迎するだけの男)
メッシー君(ご飯をご馳走するだけの男)

という言葉が誕生したのも、確かこの時期だった。

ボーナスは保証され、右肩上がりの給与体系に
服も車もバックも食事も誰もが皆、高級志向になっていた。

いや、正確には高級志向の女性たちによって
世の男性陣が高級志向にさせられていただけかも
知れないけど・・・

ある日、昭和という時代から平成という
聞きなれない時代に変わり、セルシオという
今まで存在しなかった超高級車が鮮烈なデビューをした。

「いつかはクラウン」と言われるくらい
それまでの高級車は間違いなくクラウンだった。

ただセルシオのデビューによって
クラウンのポジションは大きく変わった。

それまで何十年と不動の高級車として
長年君臨して来たTOYOTAクラウンが

ポッと出の新人「セルシオ」にあっさりと
そのポジションを奪われたことで
世の中に絶対はないことを僕は知った。

これまでずっとNo.1だったから
これからもずっとNo.1という保障はどこにもないって。

またトレンディードラマの人気俳優の影響でか
それまで全く人気のなかったハイラックスやジープなどの
4輪駆動車が急に世の女性たちから
ワイルドでカッコイイというイメージを持たれたことで

4駆車の人気は一気にうなぎ上り!

その結果

クラウンは完全にアダルト=(40代以降の部長さん)
というイメージが出来上がってしまった。

どれだけ高性能の高級車であっても
たった1台の強力なライバルと
世の女性たちの圧倒的な支持率でそのポジションは
あっさりと変わってしまうことを僕は知った。

クラウン、マークUといった
それまで人気の4ドアセダンから

ソアラ、プレリュード、4駆、そしてセルシオと
車の人気は、世の女性たちの好みによって決められていた。

華の90’s
これだけは言える。

正しいモノが売れたんじゃない。
多くの女性が支持したモノが売れたんだ。

マ、マジで買ったんですか!?
ソアラの新車!!
しかもターボじゃないっすか!?

ちょっと高かったけど
現金(キャッシュ)で買ったんだ。

彼女いない歴6年、
それまで引きこもりの様に
独身寮を謳歌していた先輩の

全然、似合わないソアラの新車と
全然、似合わない超人気ブランドの
ファッション姿を見たことで

経済とは、世の女性たちのパワーが
作り出していると僕は確信した。

アッシー君に立候補するためだけに
400万オーバーの新車をもキャッシュで買わす

世の女性たちの圧倒的なパワーを
目の当たりにすることで

どんなに素晴らしいカウンセラーよりも
どんなに有名な先生なんかよりも
女性の色気に勝るものはこの世にないと思った。

19歳。

「美」が持つ偉大なパワーを
僕は感じられずにはいられなかった。













posted by Morii at 14:25| 日記

2010年06月24日

バイオグラフィーBLOG 34

社内規則を見事に破り、出世よりもファッションを
選んだ僕は、愛車「ジョニー」での通勤を
断念しなければならなくなった。

しばらくは車のない人のために
寮から出ているバスで通勤していたけど

使ってないバイクあるけど
良かったら乗る?


という
ありがたい先輩のお誘いに

もちろん乗ります!!
と超即答!

そうと決まれば気分一新
僕は速攻で自動二輪の免許を取った。

数年間、誰にも乗られずに
車庫に放置されっぱなしの
錆びきった青のCB250Rを見た瞬間

う、動くの? これ??

って感じだった。

キックを頑張ること10回
ようやくかかったエンジン音に無事を確認すると
軽トラの荷台に積んでいざ寮へGO!

錆を落とし、エンジンを磨き、オイルとテールを変え
青のタンクを真っ赤に全塗装することで
見違えるほどに輝きを増した。

名前を「シビ太」と命名。

こうして僕は、シビ太と
運命的な出会いを果たした。

車もいいけどバイクはもっと楽しかった。

エンジンがむき出しのバイクは車とは違い
アクセルを吹かす度に排気音を体で感じることが出来た。

何より風を体中で感じることが出来て
走っている感がたまらなかった。

走行中は永ちゃんのカセットを
聴くことは出来なかったけど、風こそがBGMだった。

若さなのか、あの頃の僕たちは
峠を攻めることに夢中だった。

休日は朝4時に起きて
まだ誰もいない早朝の峠を攻めるのが
当時の僕の日課だった。

今から思えば全く無謀で
今でもよく無事だったなぁ〜と思うことだけど

中一の時に観た草刈正雄主演の「汚れた英雄」と
マンガ「バリバリ伝説」の影響をもろに受けていた僕は

有りえない角度に車体を傾け、有りえないスピードで
コーナーに突っ込むことに命を懸け

ステップが地面と接触するほどにバイクを傾ける
コーナーリングに体中が熱くなっていた。

車と違い安定感の悪いバイクは
ほんの一瞬で転倒してしまうもの。

タイミングとバランス

この2つがこそが全てだった。

ブレーキングのタイミングと
体重移動させるバランスを間違えると
一瞬で転倒する世界は本当にスリリングだった。

コーナーに突っ込む瞬間の緊張感と
無事に曲がりきったという安心感が
何とも言えない爽快感を感じさせてくれた。

ほんの少し遅れても
ほんの少し早くても
ほんの少し強過ぎてもダメで

最高のコーナーリングには
絶妙のスピードと絶妙のバランス感覚が求められた。


ヨシ!今だ!
あの赤と青の服を着た二人組み・・・

あ〜 残念!
先、越されちゃったよ〜


次は・・・よし!
今だっ!!

道行く女性に声をかける
通称「ナンパ」にも

峠を攻めるコーナーリング以上のスピードと
絶妙のバランス感覚が求められた。

下手をすればトラブルに巻き込まれることもあったけど
上手く行けば一瞬で仲良くなれるかも知れないナンパは

社会人になったからといって何の出会いもない
独身寮の僕たちにとって本当にスリリングだった。

若さなのか?

あの頃の僕たちは
猛スピードで突っ込むコーナーリング以上に
道行く女性に熱くなっていたんだ。
























posted by Morii at 16:20| 日記

2010年06月16日

バイオグラフィーBLOG 33

自由を求めて社会人としての一歩を踏み出した僕に
今度は社会という見えないルールが待っていた。


18歳。
念願の自動車免許を取得したあの頃、僕たちの頭の中は
エブリデェイ・エブリナイト車のことでいっぱいだった。

毎日、矢沢永吉のカセットをガンガンに
フルボリュームで聴きながら

車を運転出来る事がただただ嬉しくて
いつも時間を忘れて走り回っていた。

車と言えば、やはりシャコタン。

「車高を短く」と書いてシャコタン。

F-1やフェラーリーの影響からか
車高を低くし、タイヤを太くするというスタイルは
当時、僕たちの一番のステータスだった。

という訳で

車を購入後、僕は迷うことなく
即、サスペンションをカット。

前輪は2巻きカット、そして後輪は1巻き半カット。

サスペンションとは地面との衝撃を吸収してくれる
足回りのバネの部分であり

この部分をカットして車高を下げてしまうことは
イコール乗り心地をかなり悪くすることに繋がったけど

見た目8割の僕たちにとって性能なんかより
見た目(ファッション)こそが全てだった。

さらにフルエアロパーツに
トランクにはド派手で巨大なリヤウイング。

タイヤはちょっと太目のピレリー202。
マフラーは渋めの低音フジツボの90パイ。

ホワイトボディーのボンネットは
真っ赤なファイヤーパターンで決まり!

き、決まった・・・

眩しいほどのシャコタンに生まれ変わった
僕の愛車は「ジョニー」と命名され
飛びっきりの笑顔を僕に振りまいてくれた。

今から思えば不思議で仕方ないけど

何故かあの頃の僕たちは、どうしても
車高を低くしなければいけなかったんだ。

ウルトラスーパーカッコよくなった
そんな僕の愛車ジョニーだったけど

当時、自動車メーカーで働く僕たちにとって
車の改造だけは絶対にあり得ないご法度で
あることは言うまでもなく

工場長に呼び出しをくらうまでに
そう時間はかからなかった。

君か?あのド派手な
クレスタのオーナーは!?


ダメじゃないかぁ〜
自動車メーカーで働いているのに
車を改造なんてしてちゃあ。

車が泣いてるよ。

は?はぁ。

工場長室に呼び出された僕は
白髪頭でカマキリみたいに線の細い工場長から
直ちにノーマルに戻す様に厳重注意を受けながら

(車はやっぱシャコタンでしょ!)

なんて思いながら

学生時代、教育指導の先生に
職員室に呼び出されていた時のことを思い出していた。

ダメじゃないか!
学生服は標準服って決まっているのに
こんなズボンなんてはいてちゃ。

思い起こせば小学生の時だって
近所におじさんに

ダメじゃないかぁ〜
ここは立ち入り禁止って書いてあるのに
勝手に入り込んで野球なんてしてちゃ。

とよく怒られたものだった。

振り返ると、僕はいつも
怒られていた様に思い出される。

成長したといっても学生服が車に変わっただけで
基本的には何も変わっていない自分自身に思わず苦笑い。

空き地で遊ぶ。
学生ズボンが太い。
車高が低い。


確かに怒られるということは
どれも悪いことなのかも知れない。

だけどそれが「良いこと」とか「悪いこと」
ということが問題なのではなく

ポリシーを持って取り組んでいるか
どうかが大事なんだと思った。


空き地で遊べないからといって、道路で遊んだがために
幼い子供が交通事故にあうことを思えば

“使っていない使用禁止の空き地”で楽しく遊んで
くれた方がおじさんだっていいでしょ♪

イジメを見て見ぬフリをして過ごしたり
他校のヤンキーになめられて終わるよりは

ズボンが少々太いくらいの校則違反なんて
先生たちにとってもどうってことないでしょ!

ルールを守ることも大事かも知れないけど、それ以上に
自分の起こす行動にポリシーと責任を持つことの方が
断然意味がある様に僕は思った。

子供たちに事故やケガがなく
毎日を健全に楽しく遊ぶためのルール違反。

イジメや争いがなく、教師を尊敬させ
皆が思い出に残る楽しい学生生活を過ごすための
校則違反。

日々、歩行者優先を実行し、そして暴走族の出没を減らし
より交通をスムーズにさせるための道交法違反。

規則やルールを守ることだけが
100%の正解だとは僕はどうしても思えなかった。

たとえ同じルール違反でも
“自分さえ良ければイイ”というベクトルの違反もあれば
他人を思いやるルール違反もある訳で

大切なのは、その行いよりも
どの様な気持ちなのか?
が何よりも大事なんだと思う。



ファン ファン ファン。

“前を走っているそこの車
直ちに停車しなさい!”


改造なんてダ〜メじゃないかぁ〜
改造とシートベルトで各減点1な。

マジっすか!?

改造は仕方ないとしても
シートベルトはカンベンして下さいよ〜(涙)

ただ僕の「思いやりのあるルール違反」の数々が
当時の大人たちにあまり理解されることがなかった事実は
今でも残念で仕方がない。
posted by Morii at 14:11| 日記

2010年05月29日

バイオグラフィーBLOG 32

晴れて社会人となった僕は
エスカレーター式に社会人寮へと
移ることとなった。

2棟から5棟へという、それまでに経験した
部屋の大移動の教訓を活かし

持ち物のほとんどをキレイサッパリと
仲の良かった後輩たちに譲ることで
身軽になっての移動はホントに楽だった。

バスに揺られること1時間半。

それまでの町並みとは大きく変わって
海に面した見慣れない町が、僕が新しく住む町となった。

117号室。

これが僕に与えられた社会人としての部屋だった。

社会人寮とはいっても
夢にまで見た一人部屋。

ローンという存在を知った僕は
テレビにビデオに冷蔵庫と

今まで手にすることのなかったモノを
次々に大人買いすることで

お〜 大人だぁ〜
と実感した。

どうせならと、一気にステレオまで購入して
僕は夢のシングルルームを満喫した。

あ〜 快適やぁ〜

誰にも気を使うことなく
誰にも邪魔をされることなく

自分だけの時間をくつろげる空間に、僕は
今までに味わうことのなかった幸せを感じていた。

スイッチを押すと瞬時に映り出すテレビの画面に
「お〜 映ったよ〜」 とマジで感動し

オマエは昭和30年代かっ!!

と一人でツッ込みを入れがらも
数年ぶりに見るテレビを満喫していた。

社会人寮には、こまかい規則などなく
全て自由だった。

それぞれが、それぞれの生活をする社会人寮には
「縦のつながり」なんてなく

いちいち挨拶をしなければいけないなんて
ルールはどこにもなかった。

もちろん門限なんてないだけに
脱走する必要なんてこれっぽっちもなく

帰宅は自由。
まさに夢にまで見た自由な暮らしだった。

ようやく社会人になったんだ。
ようやく自由になったんだ。


学生時代からずっと
浜田省吾と尾崎豊に洗脳されていた僕は

親や学校に支配される暮らしから抜け出せたことに
ようやく自由になれた気がした。

何もかも自由になったことで
僕はしみじみと大人になったことを実感したけど

ただそんな生活もしばらくすると
何だか寂しく感じられ

一人で見る心から笑うことのない
超面白いバラエティー番組も
だんだん飽きて来た。

同じフロアなのに廊下ですれ違がっても
誰も挨拶を交わすことのない毎日にも
違和感を覚え始めた。

いじめもケンカもないかわりに
チームもグループも存在することなく
明らかにコミュニケーションは少なく感じた。

帰りが夜遅くなっても誰にも怒られることもなく
誰にも心配されることもない毎日はまさにドライ。

ただ規則がなくなることが
大人で

ただルールがなくなることが
自由なのか?


本当にこれが自由なのか!?
本当にこれが大人なのか!?

思い描いていた理想と現実に
ギャップを感じているそんな僕に朗報が。

夢にまで見た納車日が決定。

ヨッシャー!!!

僕が選んだ車は、クレスタTWINターボ。

もちろん大人買い。(ローン)

生まれて初めて踏み込んだ
社会人という未知なる世界に期待と不安を感じながら
夢の第一歩をスタートさせた僕だった。














posted by Morii at 07:04| 日記

2010年05月17日

バイオグラフィーBLOG 31

出会いがあれば別れがある様に
始まりがあれば終わりがあるもの。

長かった寮生活もついに終わりの時が来た。

辛くて苦しくて寂しくて
何度もやめ様と思ったりもしたけど
何とか3年間を楽しく乗り切ることが出来た。

入寮当初は1日が34時間くらいに感じ
1年が2年半くらいに長く感じたりもしたけど
終わってみれば、あっという間だったかも知れない。

デンジャラスでバイオレンスなことも
いろいろあったけど、だからこそ
学べたことも多かったと思う。

400名を束ねる権力者を中心に築きあげられた
まさに弱肉強食、男だらけのピラミッド世界。

少年院と自衛隊を足して2で割った様な
厳しい毎日の中では確かにストレスもあったけど

だけど人が生きて行く上においてもっとも必要な
メンタル力(思いやりの精神)と
コミュニケーション能力(世渡り術)は十分に磨かれたと思う。

お風呂は必ず体を洗ってから入ること。
自分一人の汚れが400名を汚すということ。

あらゆる人間関係において挨拶は何よりも大事であること。
そして絶対に時間には遅れないこと。

脱走を繰り返してのナンパ大作戦では
幸せは絶対に向こうからはやって来ないことを学んだ。

壁(フェンス)は乗り越えるためにあるってこと。

ケンカとは、相手に勝つことではなく
自分に負けないこと。

フラれることが恥ずかしいんじゃない
フラれる回数が少ないことが恥ずかしいってこと。

ルールは守るだけじゃなく
自分で創り上げるもの。

決して教科書には載っていない
大切なことを僕はたくさん体で学んだ。

10代というこの時期に経験した様々な体験は
その後の僕の人生に多大な影響を与えてくれた気がする。

ただ、こんなデンジャーな生活が待っていることを
事前に知っていたら、間違いなく200%の確率で
来ていなかっただろうけど。(苦笑)

昔から「知らぬが仏」って諺(ことわざ)がある様に
あまり先のことなんて知らない方がいいんだと思う。

大事なのは、先のことを考えるよりも
自由になりたい!っていう
今、目の前の気持ちを一番大切にすることなんだと思う。

後でも先でもなく
やっぱ「今」なんだってね。

卒業を直前に控え、長かった寮生活が
ついに終わると言うよりも

小学校から始まった12年にもおよぶ
学校教育がついに終了するんだってしみじみと思った。

この12年間の僕の学校教育を振り返ると
国語・算数・理科・社会
本当に勉強の「べ」の字もしなかった様に思い出される。

ただ勉強はしなかったけど
なぜ勉強しなければいけないのか?
は常に考えていたんだ。

なぜ学校はあるのか?
何のために勉強するのか?


昔からあまり規則は守らなかったけど

何のためにこの規則があるのか?
果たしてこの規則は本当に正しいのか?

は常に考えていた。

教科書は読まなかったけど
教科書に書かれていることは真実なのか?
は、いつも真剣に考えていた。

親や先生の言うことを聞くのではなく
親や先生の言っていることは正しいのだろうか?

ばかりを考えていた。

どんなに厳しいことを言う様な恐い先生でも
もしも同級生だったら、きっと今頃
僕たちと同じことをして怒られているだろうなぁ〜

なんてことを、怒られながら思ってた。


明日の朝には、寮を出るという退寮前日の夜に
オマエたちがいなくなると寂しくなるなぁ〜
と、いつもは恐い指導員が僕に優しく話しかけてくれた。

今までずっとバレていないと思っていた脱走も
実はバレバレで、でもいつも見逃してくれていた
という事実を聞かされたことで

マジっすか!?
バレてたんすか!?


と、驚く僕に

当たり前だろ!
オマエたちの考えそうなことなんてお見通しさ。
だって俺は昔「脱走のプロ」だったからな!

マジっすか!?
・・・ってことは!?


そうそう俺もここの寮出身だったんだよな。
昔は俺もよく脱走したっけな〜

何だかオマエを見ているとまだ若かった寮生時代の
自分を思い出してな。

“元気で頑張れよ”

そう言って優しく握手をしてくれたことが
今も忘れられない。

いいか、でも今夜だけは絶対に問題を起こすな。
さすがに今日問題を起こせば卒業は取り消しになるからな。

よほど信用がなかったのか
何人もの指導員にそう釘をさされた僕は

僕を信用して下さい。
今夜こそは絶対に大人しく寝ます!

と固い約束をした。

明日になれば厳しい規則もなくなり自由の身。
しかも待ちに待った車に乗れるっていうのに
問題なんか起こす訳ないっていうの!!

あと一日。
今晩を無事に過ごせば、ついに自由になれる。

ワクワクする気持ちを抑え
今夜だけは早く寝ようと思っていたのに
最後の最後に思いもよらない出来事が・・・それは

「お礼参り」

お礼参りなんて言っても本当にお礼を言われる訳じゃなく
要は僕に恨みを持っていた後輩が最後の最後に
仕返しに来たって訳。

後輩が会いに来たなんて言うから
てっきり花束でも渡されるのかと思いきや

あの時はよくもやってくれたよな。
という後輩を目の前に

今日だけは絶対に問題を起こす訳にはいかないのに
マジでありえねぇ〜(涙)

ちょっと前にあれほど指導員たちと約束したばかりなのに
後輩とケンカなんてバレたら本当にシャレにならない。(汗)

でも何で僕なんだ?
っていうかオマエは誰だ!?


なぜ後輩がお礼参りに来たのか
分からないって顔をしている僕に

今さら忘れたとは言わせないっすよ!
と、後輩のイライラは爆発寸前。

まぁまぁ君も落ち着いてさぁ。
と、何とか話し合いで済まそうと思った僕だったけど

すでに興奮気味の後輩を前に
さすがみこの状況で話し合いで済ませて帰すのは
いくらなんでも可愛そうってもの。

・・って言うか、絶対にムリだし。

え〜い。ままよ!

後先も何も考えず、先手必勝とばかりに飛び掛った僕には
最後の最後に後輩との乱闘が待っていた。

厳しかった指導員との手のぬくもりと
頬に受けたパンチの痛みを味わいながら

優しさと暴力に包まれた僕の波乱の寮生活は
こうして幕を閉じたんだ。



posted by Morii at 20:33| 日記

2010年05月07日

バイオグラフィーBLOG 30

3年になった僕の行動範囲は
それまでよりもグッと広くなった。

同期との横のつながりだけでなく
後輩たちとの縦(下)のつながりに
社会人となった先輩(上)とのつながりと
人的ネットワークは格段に広くなった。

あの頃の僕たちは常に後輩たちに
ご飯をご馳走するのが伝統だった。

自分たちがそうだった様に
お腹いっぱい食べさせてやるのが「先輩」だったんだ。

常にたくさんの後輩たちが
部屋に遊びに来ていた僕は
いつもラーメン&カツ丼貧乏だった。

そんな生活をしていることで
痛感したこと。

それはお金がいるってこと。

確かに給料はもらっていたけど
毎晩遊んでいたあの頃の僕には
いくらあっても全然足らなかった。

愛だの自由だのって言っても
やっぱ先立つモノは必要だって。

いやいや世の中は金じゃない!
お金では買えないモノを僕は買うんだ!!

子供でもなく、大人にもなりきれない僕は
理想と現実の間で葛藤しつつも

やはり生きて行く(楽しむ)ためには
どうしてもお金は必要だった。

権力者と仲の良かった僕たち一部の寮生には
代々「工場内の清掃」というオイシイ仕事があったんだ。

汚い、キツイ、危険

見事なまでに3Kがそろった仕事だったけど
日当12000円、しかも日払いは
あの頃の僕たちにはとても魅力的だった。

バイトに行く前は
12000円♪12000円♪と
テンションが高くても

バイト後は
もう2度とゴメンだぁ〜

そう思えるほどヘビーな仕事だった。

悪臭と戦い、体力を消耗させ
貴重な時間と引き換えに手に入れる12000円。

お金を手にするということは実に大変なことなんだと
しみじみと実感している僕に、ある転機が起こった。

それはある後輩が僕の部屋に遊びに来た時のこと。

先輩
この服、1万で僕に売ってもらえませんか?


それは
パンクロックの帝王「西尾先輩」から
譲りうけたGジャンだった。

(い、一万円!?)

尊敬する偉大な先輩から頂いた
Gジャンだったけど
僕は迷うことなく即売った。

3Kという、あれ程ツライ思いをして
やっと稼いだお金が、ものの1分。

たった服を売っただけで(しかも原価0円)
簡単に手に入ってしまったことで
僕の常識は根底から吹っ飛んだ。

それは僕にとって、生まれて初めて
ビジネスというものを知った瞬間だった。

考えてみれば超封建的な寮生活において
3年生はとてつもなく偉大な存在。

思い起こせば、そんな偉大な先輩の服は
僕だって欲しかったハズだ。

寮には1年だけで400名。
2年と合わせれば800名もの顧客・・・
いやいや後輩たちがいる訳だし

これは売れる!

そんな僕の予想は的中して
僕の服は飛ぶ様に売れた。

去年3000円で買った服に
実に5000円もの値が付いた。

中学の時の服にまで値が付いたのには
ぶっちゃけ驚いた。

カツアゲは絶対に良くない。

でも欲しい物を売ってあげるんだったら
これは合法ってもの。

得意げに売り上げを伸ばして行く中で
僕は「あること」に気がついた。

それは

服そのものに価値があるのではなく
「3年の先輩が着ていた」
という所に価値があるってこと。

事実、どんなにカッコイイ服であっても
同期の友だちには簡単に売れることはなかった。

むしろ、商品としては全然価値のない安物の服でも
喜んで買ってくれる後輩たちがいたことからも

服そのものよりも
そこに価値があるかどうかが大事なんだって思った。

服が売れたんじゃない。
「偉大なる3年という価値」
お金に変わったんだ。

逆に価値がなければ、たとえそれが高価な服であっても
売れる保障はどこにもないってことを僕は知った。

その後も順調に売り上げを伸ばして行ったけど
なかなか1万円を超える値段を付けることは難しかった。

スタートが1万円だっただけに
どうしても腑(ふ)に落ちない。

色はあせ、痛んだ生地に落書きだらけのGジャンだけに
価値としては絶対ないハズなのに

なぜ西尾先輩のGジャンは
いとも簡単に1万円もの値段が付いたのか?


僕にはどうしても理解出来なかった。

考えても考えても
どうしても答えが分からなかった僕は

そうだっ!!
買った本人に聞けばいいんだ!!


それに気づいた僕は
早速、後輩のもとを訪ね

色あせて痛んだ生地に落書きだらけの
このGジャンのどこが良かったの??

と、聞いてみた。

すると

何言ってるんですか!
色あせて、痛んだ生地に落書きだらけの
ところがカッコイイんじゃないですか!

!?

ってことは
この落書きが良かったって訳!?

ガツンと来た!

マイナスだと思っていたことは
実はプラスでもあることを僕は知った。

だってこんなシブいGジャンなんて
絶対、店屋には売ってないですからね。

絶対に店では売っていない。
そして誰も持っていないオリジナル。

これが10000円もの値段を付けた正体だった。

元は卒業していった先輩のGジャンであり
伝説のパンクロックLIVEで着用していたこと。

何より買った当の本人が
大のパンクロック好きだったことが大きい。

いらないヤツには500円でも買わないGジャンも
欲しいヤツには10000円もの値段が付くってことを
知ることで

商品が値段を決めるんじゃない。
値段は買う人が決めるんだってことを僕は知った。

大切なのは適正価格でモノを売ることじなく
相手が欲しい物を相手が望む価格で売ってあげること。

それがビジネスなんだって僕は思った。

全てのモノが売れる訳じゃない。
価値あるモノがお金に変わるんだ。

考えてみればコンサートチケットだって
期限が過ぎれば何の価値も持たない
ただの紙切れだもんね。

大切なのは
いかに価値があるかなんだ。

そして価値あるモノに
オリジナル要素が入ることで
はじめて価格は上昇する。

価値あるものに
さらに“付け加える”こと。

これが付加価値なんだ。

まさかなぁ〜
なんて思いながらも

試しに僕も落書きやサインを
書いてみたら意外と喜ばれて
1500円くらい値が上がっちゃった。

この時はまだ将来自分で経営をするなんて
夢にも思っていなかったけど
僕のビジネスの原点はこの時にあった様に思う。











































posted by Morii at 18:00| 日記

2010年05月01日

バイオグラフィーBLOG 29

3年になった僕に

弟子にして下さい!

という後輩たちが現れた。

僕の噂を聞きつけた後輩たちから
(どんな噂だ!?)

僕たちもぜひ一緒にナンパに連れていって下さい
と悲願されてしまった。

ちょっと面倒だなぁ〜と思ったものの
一年前の自分を思い出し

見つかったらヤバイぞ。
それでも良かったら一緒に行くか?

ハイ!
お願いします!!


威勢のイイ返事に
即、弟子入りを認めた僕だった。

ヨシ そうと決まれば早速
今夜行くぞ!

いきなり今夜ですか!?
ちょっと心の準備が・・・

ドテッ。

準備するのは心じゃなくて
時間とお金とファッションだって!!

22:30

消灯の合図と共に
僕たちは裏のフェンス前に集合。

た、高いですよね〜!?

フェンスはちょっと高いけど乗り越える時に
鉄格子にさえ気をつければ大丈夫だ。

あとは着地で捻挫をしないこと。

ヨシ 登るぞ!!

モタモタすると指導員にバレるから
早くしろっ!!


ドサッ

鉄格子にジャケットを引っ掛けながらも
必死に鉄格子を乗り越え
フェンスを飛び降りる後輩たち。

オー!!!
自由だーー!!!


両手を夜空に突き上げ大声で喜ぶ後輩に

バカヤロー
大声出したら見つかるだろっ!!

と突っ込みながら

体中で自由を感じた初めて脱走は
僕にとっても今でも忘れられない思い出だった。

じゃ今夜はどこに行こうか?

と尋ねる僕に

マジっすか!?

もしかして行くところは
まだ決まってないんですか!?


驚く後輩たちに

行き先はいつも後決めがルールだって。

・・・ってことは

僕たちはまだ行き先も決まっていないのに
「脱走」っていうリスクを犯したってことですか!?

あったりめーじゃん!

いいか、よく覚えておけよ。

「脱走」ってものはなぁ
行くあてがあるから脱走するんじゃない。

“行き先を見つけるために”脱走するんだ。

そ、そうなんですか!?

それに
この先に女性がいたとしても
成功する確率はかなり低い。

っていうか相当低い!

そ、そうなんですか!?(2度目)

そもそも
この先に素敵な出会いが待っている
という保障すらない。

正確には誰もいないかも知れないし
時にはヤバイことに
巻き込まれてしまうかも知れない。

そ、そうなんですか!?(3度目)

ただ一つだけハッキリと分かっていることは
このまま男子寮で消灯を迎えても
120%の確率で素敵な出会いはないってこと。

(一同納得)

そう思えば勝率1%でも悪くないだろ?

いいか、勘違いしちゃいけない。

楽しい夜が待ってる訳じゃない。
自分たちで楽しい夜にするんだ。


ヨシ 行くぞ!!

僕たちは少しでもネオンの明るい方へ
全力疾走して行った。

目の前を通る女性を指差して
よし、じゃあ、あの女性に声かけて来い。

マ、マ、マジっすか!?
そんなのいきなり無理っすよ。

あんな大人の女性を口説くなんて
いきなりそんな自信はないっす!

初めての経験なのに
自信がないのは当たり前だろ。

自信はナンパをした後に付くんだ。

お前にないのは自信じゃなくて勇気だ!

勇気を出してフラれて来い!!

ハ、ハイー!!

1人目
1ラウンド29秒
見事なKO負け。

情けないヤツだな〜
今度は僕が行って来ます!!

2人目
1ラウンド12秒
セリフすら言えずにあえなく撃沈。

世の中はそんなに甘くない。

99敗1勝

これが僕たちのナンパスタイル。

ナンパのコツ。
それはメゲナイこと。

断られるのが当たり前のナンパの世界において
断られるたびにいちいちナーバスになっていたんじゃ
話にならない。

断られても臆することなく
何度でもアタック出来ることが大事。

ケンタッキーで有名なあのカーネルじいさんも
70歳を過ぎてからブレイクしたんだ。

だから続けてさえいれば
いつかきっと素敵な出会いに出会えるもの。

かと言って立て続けに99回も断られると
さすがに精神的ダメージは大きい。

そこで僕が編み出した

精神的ダメージを一切受けずに
楽しく断られ続ける方法


それは「目的のすり替え術。」

目的のすり替え術!?

本当の目的は
もちろんナンパに成功すること。

だけど「ナンパに成功すること」を目的にしてしまうと
「ナンパに成功」以外は全て失敗となってしまう。

だからあえて目的を、本来の
「ナンパに成功すること」から

「見知らぬ女性と会話する」
に目的をすり替えることって訳。

お茶でもいかがですか?

ごめんねぇ〜 
時間ないの〜


「ナンパに成功すること」が目的ならば
本来、失敗で終わっていたナンパも

「見知らぬ女性と会話する」が目的ならば
たとえそれが断り文句であっても会話は会話。

つまり目的達成ってこと!

目的がナンパに成功するのではなく
見知らぬ女性と会話するのであれば

声をかけた結果がどんな結果になろうとも
確実に目的を達成し、かつ精神的に凹むこともない。

これが僕の考え出した
まさに一石二鳥のマル秘アイデア!

一般的に99敗1勝というと
1勝するために99回も負けた
となりがちだけど

だけど僕の中では
小さな99勝と大きな1勝だったんだ。


本当の目的を目的とせずに
あえて違うことを目的に設定することは

プレッシャーに打ち勝ち、失敗時に自尊心を守り
何より継続性を生み出す原動力になった。

120%の確率で出会いのなかった僕たちは
絶対に諦める訳にはいかなかったんだ。

大切なのは諦めないこと。
そして継続して行くこと。

継続して行くことが出来れば
いつか必ずたどり着けるもの。

昔から「失敗は成功のもと」なんて言うけれど
1度や2度の失敗なんて何の自慢にもならず
ただ自信をなくすだけ。

正確には
「たくさんの失敗が成功のもと」
これが正解なんだって僕は思った。

断られることが恥ずかしいんじゃない。
断られる人数が少ないことが恥ずかしいんだ。

2つ、3つの失敗には
大した価値なんてないけど

200、300の失敗には

とてつもなく大きな価値があるってことを
僕は夜の街で知ったんだ。







posted by Morii at 17:06| 日記

2010年04月21日

バイオグラフィBLOG 28

苦労してやっと手に入れた出会いを失くしても
僕は落ち込むことはなかった。

落ち込むどころか、むしろ
「失恋という経験」
を味わえただけでも感動だった。

失恋したということは
「出会いがあった」
という紛れもない事実。

そもそも出会いがなければ
失恋もヘチマも何もない訳であり

そう思えば

それが失恋でも、たとえ裏切り行為であったとしても
女性と関われていたという事実が何よりも嬉しかった。

失恋したてで、ちょっぴりハートブレイクの僕は
いつもより少し元気のない気分だったけど

失恋したという事実を誰にも信用してもらえず
ただの見栄っ張りに思われていたのが悲しかった・・・(苦笑)

嘘じゃないって!
本当にフラれたんだってば!!


だったら本当にフラれたっていう
証拠を見せてみろよ。

しょ、証拠は・・・ないっ(汗)

男だらけの生活をしていたあの頃の僕たちにとって
「失恋」とは、悲しいことなんかじゃなく

自慢であり、勲章であり、まさに奇跡だった。

結果的にはハッピーな経験は
何一つなく終わってしまったけど

たとえ男だらけの寮生活でも

自分の行動次第でいくらでも出会いは
あるんだってことに気付けただけで
僕には十分過ぎるほどの収穫だった。

とは言うものの、いつまでも
失恋ばかりに喜んでもいられない。

本当の幸せは
失恋することじゃなく、恋愛をすること!

それまで週末だけだった僕の脱走は
いつしか週5にまでペースアップして行った。

見つかれば罰の重い
「脱走」というリスクはあったけど

華のハイスクールライフを
“少年ジャンプに夢中”で
終わらせてしまうよりは、よっぽどマシだった。

最近、「脱走」多過ぎやしないか?
見つからない様にマジで気をつけろよ。


連日脱走を繰り返していた僕は
友だちから心配をされたりもしたけど

見つからなかったら
もったいないじゃないか。


それに指導員たちだって僕たちと同い年だったら
きっと今頃、一緒になって脱走してるハズだって!

せっかくの忠告をそう言って切り返すことで
僕の眠らない夜は途切れることなく続いた。

2年になった僕たちはすでに社会人として
立派??に仕事をし、給料を得ていた。

学費や食費に寮費を差し引いても
17の僕たちには十分過ぎるほどのお金が残った。

17歳という年齢だけを見れば
僕たちはまだ学生だったのかも知れない。

だけど、給料をもらい社会人として
働いているという目で見れば、立派な大人。

規則を守り、褒められて優等生で終わったところで
フラストレーションを溜めたまま
今、一番やりたいことをやらずに終わったんじゃ
いったい誰のための何のための人生だ!?

規則を守るということは
1%というわずかな可能性をなくすこと。


つまらない大人に人生まで管理されることなく
僕は僕だけの人生を歩むんだ。

あの頃の僕は罪も罰も恐くなんかなく
ただ何一つ「輝かしい青春」もなく
十代を終わらせてしまうことだけが恐かった。

ルールを破ることには
「罰」というリスクがあるけど

ルールを破らないことにだって
「後悔」というリスクが付くんだ。

人生という長い目で見れば
僕は迷うことなく「後悔」しない方を選んだ。

結果的には卒業するまで
僕は数え切れない程の脱走をしたけど
寮長や指導員たちに見つかることは1度もなく

そのおかげで数え切れない程の
エキサイティングでスリリングな経験を
僕は手にすることに成功した。

ナンパは圧倒的に断られることが多かったけど
それでも楽しい思いが出来たのも間違いのない事実。

かの有名な発明王エジソンだって
「1000回の失敗は1001回目に訪れる成功への準備期間」
って言っていただけに

“そこから”得られた様々な出来事(ドラマ)は
僕にとっても計り知れない「経験」となった。

時には

俺の彼女に何声かけてんだ!?

なんてちょっとヤバイこともあったけど

恐い思いも、痛い思いも、恥ずかしい思いも
全て生きているからこそ味わえる醍醐味。

ただ寝て過ごしていることと比べれば
どんなことでも全然楽しかった。

少年ジャンプに夢中になり
規則通りに就寝していたならば
間違いなく絶対に味わえなかった

甘くて切ないエネルギッシュで
エキサイティングな経験を僕は手にした。

振り返ると

まだ十代だったあの頃の出会いや経験の記憶が
今の自分を形成していると言っても過言ではないくらい

自分の起こした経験から
自分自身、強い影響を受けている


そんな気がしてならない。

男だらけで規則だらけ。
ヤンキーでファンキーな
フラストレーションいっぱいの毎日が

爆発的な行動力を生み出してくれたのなら
それはそれで結果オーライってもの。

学校に行くだけで出会いや偶然が自然とある様な
そんな“恵まれた環境”での毎日だったら
きっとこんな風には思えなかったに違いない。



時が流れ、数年後の同窓会で
あの日、僕の脱走をやめる様に忠告した友達から

出来れば僕も1回くらい
“脱走”を経験してみたかったな。


フェンスを乗り越え
暗闇に消えて行く君の背中を
僕はいつも見ていたんだ。

懐かしそうに、そしてちょっと寂しそうに
ポツリと漏らした彼のセリフが今も忘れられない。

(だったら一緒に来れば良かったのに)

なんてことを思いながら、後悔とは

起こした行動にあるんじゃなくて
起こさなかった行動にあるんだって、僕は思った。



posted by Morii at 11:08| 日記

2010年04月17日

バイオグラフィーBLOG 27

隔離された男だらけの寮生活の中では
「絶対にない」と思われていた出会い。

脱走という危険なリスクを負い
恥ずかしい思いをすること、ン十回。
断られ続けること、ン百回?

苦労と引き換えにやっと手にした出会いに

世の中に
「絶対ない」なんてものはない!!
って思った。


確かに男子寮内にいる多くの生徒たちにとっては
この状況で「出会い」なんてものは
絶対ある訳ないと思っていたかも知れない。

だけど事実

この生活の中で僕が彼女を作ったのは
紛れもない事実なんだから、やっぱ

「絶対に出会いがない」
なんてことは絶対ない!!
って思う。


むしろ世間では

眉毛をチョンチョンにしたリーゼント頭が
こんなにたくさんで寮生活を送っている方が

絶対にないって!!
(笑)


彼女が出来たことで
ヤンキールックを卒業した僕は、いきなり
チェッカーズと吉川晃司を足して2で割った様な
独特のファッションに身を包み

なんだそのダサい格好は!?

と仲間内からバカにされながらも
そんなネガティブな言葉はスルーさせ

小指を突きたてて
実はこれからデートなんだよね〜

得意げに自慢する僕に

オイオイ、ウソつけよ。
いきなりそんなオイシイ話がある訳ないだろ。


的な顔をされ
誰からも信じてもらえなかった。

そりゃそうだろ。
僕はみんなが寝ている間に必死に
頑張ったんだから!




これから始まる青春にひとりワクワクしていた。

そんな経験をしてみることで
テストになるといつも高得点を取っている様な連中は
きっと僕が寝ている間も必死に勉強していたんだろうな

な〜んて思ったりもした。

努力に勝る天才なし。

やっぱ寝ている間も惜しんで
努力することが大事なんだよな〜

ひとりニヤニヤしている
そんな僕の期待とは裏腹に
感動はそう長くは続かなかった。

自分の容姿やスタイルに自信が持てず
被害妄想の強かった彼女は

他人のイイ面ばかりを見つけては
自分をネガティブに捉えてばかりいた。

ダメダメって
いったい何がダメなの??


顔もお尻も大きいくせに
胸だけは小さいの。
それに下半身が太いのが嫌なの。

・・・そ、そうかなぁ??

女性と会話が出来るだけでも奇跡に思えていた
当時の僕には、十分なほど眩しく見えていただけに

いや、全然イイっすよ!
最高だと思うよ!


そんな僕の素直な表現に

嘘!!
絶対そんな風に
思っていないくせにっ!!




何故か褒めたつもりの僕は彼女を傷つけてしまい
苦労してせっかく掴んだ出会いは
こんなことが原因で儚く終わってしまった。

まだ何も始まってないよ〜(涙)

複雑な女心がまだ分からなかった僕は
何が原因だったのかよく分からないことで

ただただ、やりきれないエネルギーの
ぶつけ場所を探すしかなかった。

出発前の意気込みとは裏腹に意気消沈した顔で
仲間たちの待つ寮に戻った僕は

「フラれたという事実」があったことすら
信じてもらえなかったことは「言うまでもない事実」だった。

























posted by Morii at 07:43| 日記

2010年04月14日

バイオグラフィーBLOG 26

門限が21時の僕たちにとって
21時以降の夜の街はそれまで
全く見たことのない異空間だった。

「エネルギーの塊」の様なあの頃に僕たちにとって
夜の街ほど楽しいものはなく

週末になると、水を得た魚の様に
僕たちは夜の街を楽しんでいた。

良くも悪くも慣れることで
あれ程、高くて恐かった鉄格子も
いつしか笑顔でピョンピョンと飛び越えて行った。

見つかれば罰が重い脱走だけど
脱走をしなければ100%の確率で
出会いはなかっただけに

迷うことなく僕たちは
重い罰則なんかより
「青春」なく過ごすことを恐れた。

ルールは守るものであり
破っちゃいけない。


ただ大事なのは
決められたルールに従うんじゃなく
「自分のルール」を守ることなんだ!!


「1度きりの人生を楽しく過ごす」っていう
自分のルールだけは絶対に破っちゃいけない!

そんな自己中心的な
僕たちの眠らない週末の目的はただひとつ

「素敵な出会い」
という名のナンパ大作戦!!

いきなり体育館裏に呼ばれて・・・
とか

下駄箱にラブレターが・・・
とか

落とした消しゴムを拾おうとしたら
偶然、手が触れて・・・・

な〜んてことは100%の確率でなかった
男子寮の僕たちにとって「青春」を掴むには
ナンパしかなかった。

夜の街に繰り出した僕たちは
目の前を通り過ぎる女性に緊張しながら

お前が行けよ!
ダメだってオメーが先に行けってば!!

なんてことを言い合いながら

よっしゃ 行くしかない!
と腹を決め

よ、よ、よ
よかったらお茶でも、ど、どう?


生まれて初めてのナンパは
緊張のあまりかなりどもってしまい

はぁ?? (何言ってんの?)
という困った顔をされて見事に撃沈。

気分を変えて
今からどこ行くの?
とトライし続けるものの

今度は恐い顔でにらまれ、あえなく撃沈。

女性さえいれば簡単に出会えると思っていた僕は
続けざまの連続KOに完全に意気消沈。

女性がいることと、出会えることは
似ている様でも全然違うことを知った。

道行く見ず知らずの女性をナンパするなんて
何をどうしていいのか、さっぱり分からず
やっぱ無理だよ〜


諦めて帰ろうか?とも思ったけど
寮に帰ったって寝るだけ。

だったら1%の可能性にかけてみる方が
絶対イイに決まってる!

そう思った僕は

男だらけのタコ部屋に寝に戻るくらいなら
たとえ失敗のオンパレードでも
迷うことなくフラれ続ける方を選んだ。

何それ?
もしかしてナンパのつもり!?


僕たちごめんね〜(苦笑)

宿題が終わったら誘ってね〜

僕たちのナンパは見事なまでの失敗に終わったけど
久しぶりに生耳で聞く女性の声に僕たちは感動してた。

アタックしては断られるたびに

寝ているよりは全然マシ。

断り文句でも女性の声が聞こえることに感激。

成功する確率はたとえ1%でも
100%確率ゼロとは比べものにならない。


そんなポジティブシンキングで乗り切り
僕たちは片っ端から通り過ぎる女性に
声をかけていった。

中には楽しく会話をしてくれる女性も現れ

下手な鉄砲、数打ちゃ当たる

そんな言葉を体で体感した。

99%の確率で失敗していた
僕たちのナンパだったけど

ほんの少しでも女性と会話が出来ること

そして
香水のいい臭いをかげるだけで僕たちは十分に幸せだった。

「悪いのは自分の会話が未熟なせい」

それまでの僕は、上手く行かない全ての原因を
先生や親や友達など他の誰かのせいにして生きて来たけど

ナンパが上手く行かない原因だけは
相手の女性ではなく、自分自身のせいにした。

そう思うことで何度失敗しても
笑顔でトライ出来たんだ。

出会いがないのも男子寮のせいじゃなく
自分の行動力がなかったせいなんだって思うことで
行動パターンを大きく変えて行った。

ナンパに失敗することを恐れちゃいけない。
大事なのは、なぜ失敗するのかを見つけ出すこと。

アタックしてもアタックしても
何度も何度も断られ続ける内に
ある一つの断り文句に気付いた。

それは
“あなたのことを知らないから”

そんな「もっともな断り文句」に
僕は何度もKOされ続けていることに気付いた。

突破口は
キラートーク(断り文句)を見つけ出し
その対処方を探し出すこと。

あなたのことを知らないから・・・って

じゃあ、知ってたら
ホントに一緒に行ってくれたの!?

知ってたら声なんてかけてないよ!
知らないからこそ声をかけてるんじゃないか!!

って言うか
知って欲しいからこそ声をかけているんじゃないか!

そんなあなたは友達や家族のことを
一体どれくらい知ってるっていうんだよ!?

これまでの僕じゃなくて
これからの僕を見て欲しいんだよ!!

何回、何十回とそんな必死の努力と説得を繰り返す中
ついに僕は彼女をゲットした!!

人生はネバーギブアップ。

努力に勝る天才なし。
諦めなければ本当に夢は叶うってことを僕は知った。

決してキレイな出会いとは言えない。

脱走というリスクを侵し
傷つき、恥ずかしい思いをしながらの必死のナンパ。

いやナンパというよりも
むしろ説得や切願に近い交渉の末(苦笑)
やっとゲット出来たそんな泥臭い出会いに

わずか1%の可能性であっても結果を出せば
それは100%に変わるんだってことを、僕は知った。



あの頃の僕たちにとって彼女を作ることは
アルカトラズからの脱出よりも難しい
ミッション・イン・ポッシブルだった。








posted by Morii at 14:46| 日記